2004/10/23

バべルの塔



塔の定義を一言で表すと「有用だけど実用的目的を持たない建築物」となるらしい(注1)。有用だというのは、人の精神的目標を持つからであり、実用 的でないのは、そのほか以外の目的を持たないからであるらしい。又、西洋の塔に関しては「塔は塔である限り、それは常に高見を目指すため未完である」とも 言われる。

西洋の塔と東洋の塔は、両方とも定義の面では共通するが、その塔が持っている根本の思想はだいぶ違うような気がする。西洋の塔は天をめざす。そして 天を目指す事で権力とか力を誇示する、権力を得ると人はさらに権力を得ようとする、それはあたかも塔がさらに高見に向かう考えに似ている。それに引き替え 東洋の塔は地を目指す。未完であることは美しい事ではなく、限りなく天に向かう姿ではない、そこにあるのは自然との調和であると言っていた人がいる(注 2)。

バべルの塔は、その中でももっとも有名な部類に入る西洋の塔かもしれない。 ここに有名な絵がある。ブリューゲルの「バべルの塔」だ。バべルの塔とは、旧約聖書創世記に出てくるバビロニアで作られた塔の事である。人は自分の力を誇 示するため、天を目指す塔を建築するが、神は人間の尊大を懲らしめる為、人の言葉を乱し、お互いの意志が通じ合わないようにした。その結果、建築は中止さ れ人は各地に散っていった。

ブリューゲルは絵を描く時、その題材を深く掘り下げてから描く事でも識られている。その為に現代の状況にあわせてこの絵を解釈する人もいるが、芸術 家が時代の洗礼を受けて創作するように、ブリューゲルも彼の時代の中で、この絵に意味を持たせた事は間違いないと思う。それを承知して、僕はこの絵から受ける印象を少し書きたいと思う。

僕がこの絵を見てまず感じるのが、複雑なシステムそのものだと言う事だ。ブリューゲルのバべルの塔は、見るからに複雑な姿をしている。ローマのコロ シアムを幾層にも積み重ねた姿だ。一つ一つの入り口は、どこに通じるのか皆目わからない。一歩でも中に入れば、巨大な迷路となって、行く手を阻む事になり そうな印象を受ける。作っている所から、すぐに塔は崩壊し始めている。その為、塔の完成がいつになるか全くわからない。そのような姿が、僕にとって現在の 社会システムを表しているように思えてくる。

絵の左下に王様が描かれている。いわばバベルの塔を企画発注したクライアントでもあり、計画を進めるプロジェクトリーダーでもあるかもしれない。王 様の傍に描かれている人達は、色々な行動をしている。無視して仕事を進める人、寝ている人、跪く人。王様は、高台でバべルの塔の建築状況を見ようともしな い。一目でも状況を見れば、混沌がさらに混沌を増殖している姿が、すぐにわかるはずなのに。

ブリューゲルのバべルの塔は港に作られている。しかも街の中央に。塔の近くの街並みを見たときに、この塔の巨大さが浮き彫りになる。それは、この実 用性目的を持たないバべルの塔(しかも完成することのない)の建築が、人の愚かさを全体を通して象徴させているかのような感じもする。

ブリューゲルには、このバべルの塔の絵は3枚あったと言われている。一番有名なのがこの絵だが、後に書いた「バべルの塔」は建築が進んでいる。しかし背景は暗く赤く、暗雲が立ち込み始めている。そして最後の1枚の絵は、残念ながら発見されていない。

よく摩天楼などの高層建築を塔に見立てる人がいる。特に、9・11の米国同時多発テロの時は、攻撃を受けて崩壊した時は、比喩的に「バべルの塔の崩壊」をイメージした方も意外に多かった。 その方のイメージとして、天を目指す高層建築の姿に、塔を見立てる感覚は僕にもよくわかる。 でも、例えばゴミ焼却場の煙突を、それと知ることなく遠くから眺めると、塔に見える事があるが、煙突である事を知ると、それは「塔」に見えるけど、誰も 「塔」とは言わない。実用性として、処理場の排煙を出すための目的に作られているからだ。高層建築においても同様だと思う。面積効率を高めるために、高さを求めているだけに過ぎない。

僕にとっては、高層建築は「塔」ではない。ましてや9・11米国同時多発テロは「神」の逆鱗に触れたわけでもない。どちらが善いか悪いかなどの、政治的問題を言うつもりは全くないが、あれは人間同士の話であることは間違いない。

ただ、神の逆鱗が人々のコミニュケーション能力を奪う事だったとすれば、「バべルの塔」の表現は的を得ているかもしれない。ただしその場合は人の歴史全般に言える事かもしれないが。

注1)マグダ・レヴェツ・アレクサンダー著「塔の思想」(河出書房) 既に廃刊している。僕は図書館で借りて読んだ。この書の中にもバべルの塔の所感が書かれていたけど、読んだのが随分昔の話で忘れてしまった。主要な部分はコピーで残したけど、その中にバべルの塔の部分がなかった。今思うと残念。又借りに行きたいと思っている。

注2)梅原猛 著「塔」(集英社文庫) 梅原猛氏はこの書の中で「塔」に関する様々なイメージを与えてくれていると思う。例えばこの文はどうだろう。
「限りなく高所をのぞみ、限りなく天上へと接近を意識する西洋の塔すら、その背後には死への恐怖を含んでいるように私には思われる。昇天の意志は、死からの脱出の意志なのである。」

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