2005/01/12

SF小説 2015年 性犯罪者Tの話

2015年、ここは東方の小さな島国。僕は夏のまぶしい日差しに目を細めながら車が通りすぎるのを待っている。道を渡った所にあるファーストフードの店で友人と食事をする約束をしていたからだ。今日は日曜日、子供を連れた家族が目立つ。そう言えば最近警官の姿をよく見る。犯罪が多くなったせいで、犯罪抑止効果を狙って警官の数を大幅に増やしたと、新聞に書いてあった。

電信柱には左右に首を振るカメラが終始僕らを守ってくれる。何かあればカメラを通じて、僕の行動が警察につながっているので、すぐに助けてくれる事になっている。カメラの横には小さな拡声器が付き、何か叫んでいる。最近空き巣が多くなり、家を出るときには鍵を必ずかけましょう、と言っているようだ。一瞬自宅の鍵をかけ忘れたのでないかと気になる。しかし、こんなに警官が多くなっているのに、社会には犯罪が多くとても不安だ。

カメラは、最初コンビニなどの店内を監視する為に設置された。そのうちに商店街のアーケードに、情報漏洩防止のために企業内にと、どんどん増え続け、そのうち警察がそれらのカメラをネットワークで繋げるシステムを構築した。日頃カメラ運営コストに頭を抱えていた人達は、国が代わりに監視してくれるので、そのシステムに喜んだものだ。検挙率があがったのかはわからないが、警察の発表では効果があると言っていたからそうなのだろう。

あ、カメラを見てはいけない、迂闊にカメラを見ると不審人物扱いになってしまう。

通り過ぎる人はみんな静かに歩いている。5?6人の学生達がその中で楽しそうに声高に話している。回りが静かだから、やけに目に付く。彼らは多分、他の場所から遊びに来ているのだろう。地元であれば、5?6人で歩きはしない。徒党を組んでいると判断され、やっかいなことになるからだ。注意してあげようかと思うが、見知らぬ人に声をかけるだけで、あらぬ疑いをもたれても面白くない。警官に注意されるのも、彼らにとっては勉強という物だろう。

目の前を歩いていた、乳母車を押していた母親のポケットからハンカチが落ちた。伝えようか少し迷ったがほっておくことにした。以前友人が、親切に落とし物を拾ったら、カメラを通じて警官が見ていたようで、危うく窃盗犯にされそうになった話を聞いていたからだ。

店に着くと友人のTが僕に向かって手を振って合図をよこした。Tは相変わらず髭が伸び、髪は手入れもして無く、外面を元々気にしない奴だったが、それがさらに拍車をかけたようだ。でも根はとても良い奴で、以前はある企業の研究所で何とかという遺伝子研究をやっていた。やっていたというのは、今ではある事情で会社を首になったからだ。

ある事情とは、彼は性犯罪者なのだ。これは大きな声で言えない。それを少しでも声に出し、誰かに聞こえるだけで大変なことになる。
彼は電車の中で痴漢行為を働いた。その日は徹夜続きの研究で、寝不足もあり、彼の近くにいた好みの女性に対し、一瞬に沸き上がった衝動を抑えることが出来なかった。勿論それは許されない事だし、言い訳も出来ない。彼はその場で彼は女性に謝ったが、女性は許してくれなかった。彼は逮捕され、性犯罪者矯正所に送られた。性犯罪矯正所とは、衝動を抑える薬を投与する場所だ。そこで彼はまず心理テストを受けた時、衝動を抑えることが出来ない性格であると認定されてしまい、薬の投与が行われた。

もともと頭が良く親分肌のTだったので、多分に血気盛んなところがあった。しかし、企業は矯正所に入所したTを雇っておく訳にはいかないので、逮捕時に首になっている。でもまぁ、なんとか研究の実績があったので、小さな会社だが、また勤めることが出来た。

彼の不幸は、それから数ヶ月後に訪れた。かれが出勤時にまた痴漢行為で捕まってしまったのだ。今度は彼は無実を主張した。しかし、女性は譲らなかった。痴漢被害を受けたと言うだけで女性にとっては恥ずかしいことなのだからと、回りもTの言うことを信じなかった。そして2度目の逮捕となる。逮捕後も自分はやっていないと言い続けたが、結局裁判にも負け、彼は3年の実刑判決を受けてしまった。

出所後の彼は、入所時の投与された薬の副作用のせいで、以前の彼の利発さは微塵も感じられなかった。なにか行動が遅いのだ。勿論、再就職会社も首になっていたし、同じ業界では彼は勤めることも出来なくなっていた。それでも彼は何とか勤め口を見つけた。でも、どこかで性犯罪があると必ず警官がTを尋ねてアリバイを尋ねるようになった。それが頻繁にあると、折角勤めた会社も首になった。そんなことが何回か繰り返された。

転居するときは、警察に住所を届けることが義務づけられていた。近所に住む住民達には、勿論その事は伝えられていないが、頻繁に現れる警官によって、性犯罪者であることが噂になり、結局その事が原因で転居も数回している。

「俺はこの国を出ようと思うんだ・・・」彼は唐突に言い始めた。
「出るって・・・どこに行くんだ?」
「うん、ベトナムあたりかな」
「向こうに行っても、仕事はあるのか?」
「その点は大丈夫だ、なんとかやっていけると思う。なにか俺が以前にやっていた研究を向こうでも出来るらしいんだ」
「え、それは良かったじゃないか。でも向こうはこっちらに比べて安全ではないって聞いているぜ、その点は大丈夫なのか?」
「・・・・・・・・・、お前は平気なのか・・・・」
「え、何が?」
「いや、何でもないんだ。ただ、今では何処に行っても監視されている感じがして、実際そうなんだけど」
「監視されるのが嫌なのか?おれは全然平気だぞ。国が監視しているから俺らは安心して生活できるんじゃないか。変なこという奴だな」
「そうか・・・・、そう思っているのなら別に良いけど」
「お前変わったな・・・」

彼と別れてからも彼のことが気になった。でも新天地で以前の彼に戻れるのだったら、それはそれで良いかもしれない。

自宅に戻る最中に、後ろから僕についてくる男がいた。気になって後ろを振り向くと、そこには身体が大きい短髪の男が、にこりともせずに僕を見詰めていた。

「****さんですね」かれは僕に向かって尋ねた。
「はい。あなたは?」
「******署の刑事です。失礼ですが貴方は先ほどまでTと一緒でしたね。」
「はい、それが何か?」
「いや、Tをいつも監視しているのですが、最近彼の様子がおかしいので気になっています。もしかして、Tはこの国を離れる算段でもしているのではないですか?何かその様な話でも出ていましたか?」
「え?、何故そんなこと聞くんですか?」
「いや、最近外国からうるさく言われているんです。我が国で監視している程の凶悪な性犯罪者を、他の国に渡航させても良いのかってね。それで、今度新たな法律が出来るんです。その法律では性犯罪者に渡航させてはいけない事になっています。」
「え?だって、彼は既に出所してから3年も経っているんですよ」
「知ってます、でもね性犯罪者は再犯するんです。これは常識ですよ。」
「・・・・・」
「今度彼にあったら、それとなく聞いてください。そして、渡航するつもりの様だったら、我々に教えて欲しいんです。」
「・・・・・・」
「社会の安全の為ですから。みんなのためにも教えてください。では頼みました」

そう言うと彼は離れていった。でもどこかで僕を監視している事だろう。
心配しなくても、彼のことは後で警察署に行ってちゃんと言うつもりだ。それが国に対する国民の義務というものだ。彼には悪いけど・・・結果的にみんなの安全につながるのだから、彼もわかってくれるだろう。

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