2005/07/02

記憶をたどってクレイグ・ライス

米国作家であるクレイグ・ライスのミステリーを、一番読める国は日本だと聞いたことがある。それほど日本ではライスの作品が愛されているということだろう。小泉美喜子は、小説の世界で実際に登場人物と一緒に交じり合いたいと思うのは、ライスのミステリーだけだ、みたいな事を言っていた。その気持ちは僕にもよくわかる。元新聞記者のジェイクとその妻ヘレン、二人の友人である酔いどれ弁護士マローン、とにかくこの3人が繰り広げる会話と行動が絶妙なのだ。

最初に読んだのが、「大はずれ殺人事件」、その軽妙な登場人物の語り口に夢中になり、続編の「大あたり殺人事件」で完全にはまってしまった。ライスの作品は、例えて言えば、P.D.ジェイムスの様な深刻さもなければ、ポーラ・ゴズリングのようなロマンス性も少ない。犯人捜しの面白みも、膝を打つようなトリックの斬新さも明快さも少ないかもしれない。でもライスには、それらを補っても余りある語りの巧みさがある。また魅力的な登場人物が多く、気がつけば彼女の小説世界の中にどっぷりとはまってしまうのである。

『恋人は「貴方なしでは生きてはいけない」という。殺人者は「貴方がいては生きていけない」という』
上記は「おおはずれ殺人事件」でのマローンの言葉だ。うらおぼえなので正確ではないが、意味としては合っていると思う。こんな言葉での会話が頻繁に行われる。

ところで、どっぷりとはまって読むミステリーは、ミステリー本来の読み方からしてみれば少し異質かもしれない。「ミステリーの社会学」(高橋哲雄)であったと思うが、確か小説世界に半分埋没しながら、後の半分は少し離れて、犯人とかトリックを考えながらミステリーは読まれる、みたいなことが書いてあった。それからしてみると、僕のライスの読み方は、ミステリー本来の読み方ではないようだ。でも僕にとっては、この読み方こそが「ライスのミステリー」の読み方と信じている。

ライスは1957年に49歳で急死する。原因として、離婚と仕事のストレスからアルコール依存症に陥った事があげられているが、実際は不明だと言う。作品の中に流れる一種の幸福感を持った軽さは、実生活では違っていたのかもしれない。それらは憶測でしかない。しかし僕としては、マローンとジェイク夫妻を書いているときは、楽しんでいたと思いたい。

0 件のコメント: