2005/09/16

一年近く前に渋谷で

一年近く前のことの話だ。休みに渋谷を歩いていた。確か公園通り近くにあるバイク屋に行く途中だったと思う。僕は少し大きめの手提げ鞄を持って歩いていた。人は多く、互いに接触しないで歩くのが難しいほどだった。ここで書こうと思っている話は、僕がセンター街から公園通りに向かうためスペイン坂の方へと曲がった時に起こった。背後に視線を感じたのだった。頭だけ振り返ると、そこにはアフリカ系と思われる褐色肌の男性が強い目線で僕のことを睨んでいた。目線が合ったとき、僕は彼が自分の事を睨んでいるとは全く思えなかった。でも彼の視線は僕を捕らえて離さなかった。勿論僕にとっては未知の人である。それに見知った顔かと伺い観る目線ではなかった。それは僕にとっては、理由はわからないが、強い非難を込めているかのように感じられたのだった。

身に覚えのない僕は即座に人違いだろう、彼は何か勘違いをしているのだろうと受け取り、関わらずに先を急ごうと再び前方へと顔を戻した。でもどうあっても、彼の目線の強さが脳裏に浮かんだのだった。数十メートル歩いてから、再び後ろを振り返った。彼はその場に止まり、僕を睨み続けていた。紛れもなくそれは僕に対してであることは間違いなかった。

歩きながら僕は一つの筋書きを想像した。道を曲がったとき、僕が左手に持っていた鞄が彼に当たったのではないだろうか、ということだった。でも当たったのなら僕にもその感触が伝わるはずである。それは全く感じなかった。でも例えば、鞄を前後に振ったとき、人混みの中でそういう風に鞄を持つことはないが、かすかにかすったとすれば僕は気づかなかった可能性はある。さらに彼自身も道を渡ろうとし、僕と一瞬の交差の中で接触が起きたとき、彼にとっては渡るのを阻害されたことと、鞄をぶつけられたことの、二重の意味で僕の行為を不快に感じたのかもしれない。ただそういうことは渋谷の街路では頻繁にあることだろう。彼から受ける目線の強さはそれ以上のものを感じられたのも事実だった、それはたまたま偶然の出来事と解釈することで、己の不快を解消する事さえ出来ない、という目線だった。

仮に鞄が彼に当たったとして、それを彼が僕が故意にしたと考えたとすればどうだろう。その想像だと彼の目線の強さは僕にも理解できる。しかしそれであれば彼は僕のことを人種差別加害者として観ていたことになる。つまり僕は知らないうちに言葉でなく行為によって差別していたことになる。この想像は彼の状況を僕なりに理解する事が出来たが、少しも僕の気持ちを晴らすことはなかった。

以前僕自身は差別に対し、差別と感じたらそれが差別だ、みたいなことを考えていた。でもそれであれば、差別と感じた者が「これは差別だ」というだけで差別が成立することになる。それはそれで無茶な話だと今の僕は思う。そこには差別を受けた者と与えたと思う者とのコミットが存在しないし、「差別」を共有化するプロセスを行うことも出来なってしまう。

「天皇の責任問題」(加藤典洋、橋爪大三郎、竹田青嗣 径書房)の中で、竹田氏は差別について以下のことを話している。

「近代的な法やルールの根本は、それが何故悪いのか、何故罰せられるべきものなのかを、社会の成員がよく理解でき納得出来るものである、ということです。被差別者とされる人々がこれは「差別」だと異議申し立て、一般の人が市民的原則から見て、なるほどそれはひどい、とかそれはたしかに傷つく、という理解と納得が生じる、そういうものが「差別」と呼べるものです。」
(「天皇の責任問題」から竹田氏発言を引用)

さらに、その行為・言葉が「差別」かどうかを確認するプロセスが大事で、そのプロセスの中ではじめて市民的合意が成立するとも言っている。差別される人が「差別」を決定する場合、普通の人が自分の生活の中につねに生きて少しずつ考えるべき課題であることを、完全に覆い隠してしまい、昔のお上の「お触れ書き」の様になってしまうとも言っている。僕は全面的に竹田氏の発言に同意する。

渋谷での出来事が僕の想像通りだったとして、僕の行為は差別的行為だったのかと自問すれば、その答えは「否」となる。でも彼が差別的行為と感じたのだとすれば、僕と彼とのズレはどう解消すればよいのであろうか。一つ間違いないのは鞄を当てたとき、もしくは後で気がついたとき、一言謝れば済む話なのだと思うが、その筋書きに気がついたときは既に彼はいなかった。

この話は差別が生まれた瞬間なのだろうか。少なくとも僕と彼とでは、その点についても(おそらく)認識は違う。僕にとっては不慮の出来事に対し謝意を伝え、行為に意図は全くないことを語ればそれですむ話である(そうもいかない場合もあるが、それは良心の問題もしくは相手との関係性によって説得も変わるかもしれない)。その認識を埋める事は今では出来ないが、少なくとも僕にとってはズレが生じる瞬間だったとは思うが、差別というところまで思い浮かばない。僕の想像通りだとして、鞄の接触に気がつかない自分の鈍感さに呆れるばかりだ。

僕自身は差別に対し鈍感にも敏感にもなりたいとも思わない。そうではなくて、できれば両者の意識のズレを解消するために、お互いの話を聞きあい了解する、そういうプロセスを持続する力を得たいと思うのである。
一年近く前の話だが、最近思うことがありこの事件を思い出した。多少の自戒を込めて僕はこの記事を書いている。

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