2006/04/17

櫻史

今年の春は桜のことを多く考えそして見てきた。そして一連の話題を「Amehare's Photos」に書いた。でも実を言えば少々書き足りない気持ちが残っている。日本の小説・エッセイ・詩歌で桜を僅かでも記されている作品を探すのは容易であるし、それを一定の考えで組み直すのも難しいことでもない。でもそれで何か意味のあるものが得られるかと問われれば僕は黙るしかない。それに今回、桜の話題で参照したのが佐藤俊樹氏の「桜が創った「日本」」だったが、話題として書けば書くほど、その本を中心とした世界に引きづり込まれていく印象を持ち、続けることができなくなったのもある。

今回の桜の話題で意識的に避けた書籍がある。それは桜好きであれば一冊は持つべきであるとも言われている山田孝雄著書の「櫻史」である。避けたとしても当然のことながら佐藤俊樹氏の著書にも登場してくるし、完全に避けることが不可能なのも事実ではある。
「知識の面ではさすがに古びたところもあるが、時代や立場のちがいをこえて、本当の教養とは何かを教えてくれる。復刊熱烈希望。」
(佐藤俊樹氏「桜が創った「日本」」)

「復刊熱烈希望」と佐藤氏は書いたが、実際にも復刊希望者が多かったらしく、講談社学術文庫の創刊30周年記念の一環として今年になり復刊した。僕は書店で偶然にそれを知り衝動的に買ってしまった。恐らく今回在庫がなくなれば再版はないだろうという気持ちと、以前に購入した「櫻史」が見あたらなくなってしまったのが理由である。久しぶりに頁をめくり文章を読む。こういう本は行き当たりばったりに読むのが面白いと僕は思う。つまりは適当に本を開いてその箇所を読むという仕方が似合っている。開いた箇所が偶然に自分に興味のある事項であれば尚更に面白い。
「徳川光圀一日儒臣を後楽園に召して櫻花を賞せしことありしに、朱舜水 櫻花の賦をつくれり。」
(山田孝雄 「櫻史」)

朱舜水は櫻が好きだったと書いてある。そして自宅に数十本を植え鑑賞したともあり、わが国(中国)に櫻があればと言っていたそうだ。
俄には信じられない良く出来た話であるが、それに対して何かを言うこと自体が無粋という気持ちの方が強い。そういう気分がこの本を読むと出てくるのである。それ以上に、例えば上記の朱舜水の話題に登場する彼が創った詩が良く、櫻を愛でる個人の心情が読み手である僕に染み渡るのであるから、ただ物語として楽しむ、そういう風に読むべき本なのだろうと僕は思う。
「群櫻をあつめて回廊と作(な)す
芬芳(ふんぽう)をふみゆきて 数里つらなる」
(山田孝雄 「櫻史」)

後楽園の一角には東京ドームがあり、ちなみに僕は会社から毎日眺めている。東京ドームに隣接する小石川後楽園が「櫻史」で引用した後楽園のことである。朱舜水は日本に初めてラーメンを伝えた人と言われているので、後楽園で櫻を眺めながら徳川光圀と一緒にラーメンを食べたかもしれない(笑)。勿論「櫻史」にはそういう記述は一切ない。

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