2006/06/16

隅田の花火


hydrangeaOriginally uploaded by Amehare.

駅までの道程に紫陽花が見事に咲いているお宅があった。その中で今まで僕が見たことがなかった紫陽花の品種が咲いているので、一度写真に撮りたいと思っていた。先日その機会を得た。還暦を迎えそうな年齢の男性が庭いじりをしていた。僕は彼の背中越しに声をかけた。

「すみません」

何事かと思ったのだろう。彼は訝しげに僕を眺める。

「お宅の紫陽花がとても綺麗なので写真を撮らせて欲しいのですが」

僕も少しだけ緊張して言葉を続ける。事が紫陽花のことだとわかったとき、彼は笑みと頷きで僕に答えた。それがこの写真となる。
「隅田の花火」という園芸品種なのだそうだ。最近特に人気が出て品薄状態だという。話を聞いていると、どうもこのご主人が紫陽花好きで手をかけて育てたらしい。


「額紫陽花の一種ですけど、上から見ると隅田川の花火のようでしょ」

なるほど、確かにそう見える。星形の白いガクが二重三重になっていてとても美しい。それでいてガクの白さが清々とした印象を与える。夏の花火の姿に似ているのであるが、それ以上に川辺で花火を見るような一種の清涼感がこの紫陽花にはあるように思えた。

写真を撮っていると別の男性が近寄ってきて、友人らしい語り口でご主人と話を始めた。

「見事に咲いているなぁ。家の紫陽花はどうも今年はダメみたいだ」

お互いに紫陽花好きらしく、専門的な単語も幾つか出る。ひときり紫陽花の話が終わったとき。主人がおもむろに自身の健康のことを語り始めた。

「俺、明日から入院するんだよ」

「えっ、どうして」

「心臓が悪くて、ペースメーカーを埋め込むんだ。今日もね調子悪くて、会社に行ったんだけど途中で戻ってきた」

「そんなに悪いのか」

「ああ、悪い」


僕は写真を撮りながら二人の会話を聞くともなしに聞いている。このお宅は溢れんばかりの植物が家の前で育っている。そして一つ一つの草花は初夏の陽光を浴びて、その命を謳歌している。きめ細かな気持ちがなければ、これほど美しく花を咲かすことはないだろう。ご主人の思いを僕は植物を通して感じている。

写真を撮り終え僕はご主人と友人にお礼を述べ、見知らぬ男が厚かましいかとも思ったが、「お大事にしてください」と言って頭を下げた。

それっきり振り返らずに僕は歩き去ったが、「隅田の花火」のイメージとご主人のイメージが重なり忘れ得ぬ紫陽花となったと思うのである。


hydrangea


「隅田の花火」を近寄って花部分を撮ってみた。星形のガクだけでなく、中央の花部も趣があるように思う。

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