2006/12/29

僕が撮りたいと望む写真

After work

写真の一枚一枚には必ず5W1Hがついて回る。そしてそれらが写真の内容を示しているのなら、写真の一枚はどんなものであれユニークな存在でもあると僕は思う。

しかし写真は内容よりも様式(スタイル)の方が重みがあるとも僕は思う。様式を中心に見れば、僕が写す写真はどれも似たような写真に見える。しかもそれらはテクニック的に言えば、どれもこれも今までの写真の真似でもある。だからこそ、その中で自分のスタイルを確立することの難しさが見えてくる。

今から80年ほど前、「新即物主義」という美術運動があり、写真の世界も少なからぬ影響を受けた。彼らは「世界は美しい」との標語の元、様々な写真を写した。「新即物主義」の精神は、表現方法の道具としてのカメラと相性が良かったと僕は思っている。主観を廃した物の美しさへの表現はまさしく写真にとっておあつらえ向きだったにだったに違いない。

「世界は美しい」という発想は、今でも脈々と写真家の中に生き続けているように思える。ただアルベルト・レンガー=パッチュの写真集「世界は美しい」に掲載されている写真は、彼の主観を伴う美意識と構成したスタイルで貫かれている。それらを「新即物主義」の美術運動に組み込むこと自体、正直に言えば多少の抵抗が僕にはある。

さらにこれもよく言われることだが、ヴァルター・ベンヤミン「写真小史」からの「世界は美しい」に対する批評は、写真の対象への意味を露わにせず、またその現実さえも無視することを痛切に切り込み、未だにその力を失っていない。


僕自身が写真の内容(意味)よりスタイル重視と語る先に、「新即物主義」への再帰が当然の帰着として在るのだろうか。いやそういうことではない、おそらく写真のイズムの中にスタイルへの道程が導き出されるように思える。そしてその写真のイズムには、人間の現象界の境界線を乗り越えることは難しい。写真における新たな地平への模索は、僕にとっては悲観的なのである。おそらくそれは、新たなスタイルの構築だけではなく、人間を核とした新たなテクノロジーとネットワークを持ってしか実現可能性はないのでなかろうか。そんな気さえしている。


誰もが単純に「美しい」と思える写真ではなく、衝撃的な報道写真でもなく、それでいて人間の感性の枠を広げてくれるような写真。現有するカメラのシステムで、偶然でも良いし、一枚だけでも良いので、奇跡的な写真を撮してみたい。僕が密かに願っている事である。

2006/12/25

クリスマスの話題

Do Pigs Dream of Electric Sheep?

図書館に行く途中に、綺麗にガーデニングしている家がある。道路に面したその家は、正面は狭いがガーデニングに工夫を凝らし、道行く人を楽しませてくれる。垣根の隙間から中庭を観ると、様々な草木が愛情細やかに育てられているのがよくわかる。

工夫を凝らしたガーデニングが楽しかったので、持っていたカメラで何枚か写真を撮る。じっくりと見れば見るほど面白い。夕暮れ時、通りを何人かが歩いている。夢中で写真を撮っていると、突然に背後から声をかけられた。

「こんにちは」

振り返るとそこに一人の婦人がたっていた。年の頃は60の半ばと思える婦人は、僕を見てにこにこと笑い、「お好きなんですか?」 と聞いてきた。
咄嗟に、この家の方だとわかる、立ち上がり、「ガーデニングがとても素敵だったので、写真に撮らせていだきました。」と答える。
彼女は笑顔で僕の言うことを聞いている。そして再び「お好きなんですね。」と話す。

「はい、いえ・・・あの、ガーデニングが好きと言うわけでもなくて、草花の緑とか色の美しさが好きで、あ、そういうことが好きと言うことですよね。」
と、意味不明なことを語る僕。

そして彼女と家の前で少し話をする。5月になれば、家の周りはバラの花で覆われるのだそうだ。
「その頃にも来てくれると嬉しいです。」と彼女。
12月は家の外観をイルミネーションで覆う。でも年々とイルミネーションは質素になっていくとのこと。

彼女たち、つまり彼女とその夫が家の外観をイルミネーションで覆ったのは、今から35年くらい前との事だ。結婚早々の時、同居する親と一緒に家を建て直すことになった。その時に、新婚夫妻の新たな家への要望は一つだけあった、それはとても強い要望で、親の反対にも負けることはなかった。その要望とは、家に煙突を設けること。

かといって、暖炉を作るのではない。年に一度のクリスマスの時、夫がサンタクロースの格好をして煙突から降りるために、たったそれだけのための煙突なのである。
しばらくして夫妻に子供が産まれる。その頃から、家をイルミネーションで覆うようになった、一つには夫が日が暮れてから煙突に登るための明かりとしての役目もあった。その頃は、イルミネーションなど殆ど見かけない時代だった、だから夜の闇の中で、その家が輝くのが一際美しく、そして目立ったのだそうだ。

家の前で子供たちと、サンタクロースの姿をした夫の写真を撮り、イベントは終わる。
そのイベントは今でも続いているとのことだ、ただサンタは代が変わり、現在は娘さんの夫がその役目を担っているそうである。

「でもね」と婦人は語る。
「でもね、昨年のクリスマスの時、孫がサンタクロースがお父さんであると疑ってしまっているんですよ。今年はどうなるか」

昨日の24日、その家でサンタクロースが煙突から降りてきたのか、少し気になっている。

2006/12/23

HOYAとPENTAXの合併について思うこと

PENTAXのデジタル一眼を持つ僕としては、この話題に若干の興味を持っている。

両社の企業価値を考えれば、HOYAのPENTAX吸収合併が実際のところだと思う。株式の割り当て比率もそれを現しているし、今のところ表向きは対等合併の様相を見せてはいて、新社名にPENTAXの名前が残るそうだが、実態として対等だとは誰も思っていない。

合併経験者であればおわかりの通りに、新会社での力関係は、元のどの会社が人事権を掌握するかでわかる。新会社のCEOはHOYAのCEOがそのまま引き継ぐことを考えれば、管理部門の担当役員もHOYAの人材がなるように思える。

新会社の最重要課題は医療機器事業との事で、シナジー効果は研究部門に期待しているらしいので、おそらく旧PENTAXはカメラ事業のみ人事の体制を維持することになるのであろう。まぁ、それも中長期で塗り変わっていくことになるとは思うが。

それに、会社の業務の流れ、それぞれの役職ごとの決裁権限などの決めごともHOYAに準ずるとなれば、徐々にPENTAXらしさ、それが会社の規模とカメラ業界の位置づけからくるにせよ、変わっていくのかもしれない。

最近のデジタル一眼Kシリーズは、韓国との共同開発ではあるが、PENTAXの会社の規模とシェアからくるカメラ業界の位置づけ、つまりは背水の陣的な状況の下で可能な製品だったと思う。後発の商品だけに売れる機能を満載しているが、それでも例えば他の会社で製品化できたかは疑問だと思うし、PENTAXだからこそ商品化できたのだと僕は思う。

HOYAは高収益企業として知られている。それは企業の体質として悪いことではない。でも仮に、HOYAと合併後にKシリーズの製品化ができたかと言えば、高収益企業体質ゆえに、それは難しかったのではないだろうか。

これも僕の想像だが、おそらく、PENTAXは今回のHOYAとの合併は織り込み済みで、その前にK10Dの製品化を計画したのだと思う。販売実績は当然に新会社での部門の評価につながる。K10Dの成功は、それが一時的にせよ、新会社におけるカメラ事業の旧PENTAXの強みにもなるし、資本の再配置においても有利に展開できる可能性がでてくる。

こう考えていけば、現在のPENTAX社員たちのマインドは、したたかで強いようにも思えてくる。まずは来年10月の新会社までの準備期間が、ユーザが期待するPENTAXらしさが新会社で残るか否かのハードルになると思うが、なんとか頑張るような気もしてくる。

2006/12/20

新宿 照明器具販売店




どうも自分が気に入った写真というのは、他の人からは大したことがない様に感じられるようだ。根拠としてはFlickrのVIEW数なのだから、根拠がないと言えばそうなのだけど、これは自分の他の写真と較べての経験則から来る実感なので、当たらずといえども遠からずだろう。

この写真も気に入っている。最近、カメラを向ける対象が光りと色彩の多い方に偏ってしまう。やはり写真も様々な光と色だろうと思うからである。

できれば、被写体深度が浅いレンズが一本有れば、もっと自分のイメージに近い画像が得られると思うが、無い物ねだりは無意味な事だと思う。それぞれに今ある環境で行うしかないのは何事にも言えることだ。

ただ、僕の思考の中では、この写真はもっと違う。もともとこの写真を撮る際に持ったイメージ、こう撮りたい、があって、それと較べてみるとやはり違う。(写真は人に見られるためにあるのは間違いないと思う。僕のイメージ通りであれば、もっと多くの人に見てもらえたかもしれない。)

カメラが表象の世界を有り体に写すしかないのであれば、僕はこれほどにカメラに熱中することはなかった。逆に、カメラは世界の表象と僕の精神を繋ぐ事が出来る道具だと思えばこそ、できれば、結果的に表象を出力するのであっても、どちらかといえばより精神的な方に偏っていて欲しいと願うし、そういう写真を撮りたいと思うのである。

勿論、僕の精神が表象することはない。さらに上記のカメラに抱く願いも幻想に近いことかも知れない。ただ、例えば、美しさの意味を知らなくても、それを指し示すことが出来るように。哀しみの意味を言葉で伝えることが出来なくても、それを指し示すことが出来るように。僕の精神の僅かな一片でも、写真で指し示すことが出来たらと思うのである。

指し示すことに、どのくらいの意味があるのか、僕には解らない。ただ多様な世界の多様な人々の中の私の多様を知ることが、人間の複数性を知ることに繋がると思うこと、そして各々がその一助を行うことで、世界は少しずつ良くなるような、そんな気がしている。

2006/12/18

写真はスタイル

sunset

写真にとって一番重要な事は何かと問われれば、僕は「スタイル」であると答える。どの様なモノでも、写真家はファインダ越しに対象を捕らえるとき、スタイルを考えざるを得ない。光線の加減、構図の模索、色彩の配置、等々と写真家が考えることは多い。

写真の内容が重要視される場合でも、スタイルの重みが消えることはない。無論、写真の内容に重みが行くほど、選択するスタイルの幅は少なくなるとは思うが、決してスタイルの重みが軽くなると言うことではない。

写真に内容が求められるのは、いかなる場合だろう。例えば、親密度が高い関係の者の写真はそれに該当する。誰でも自分の愛する者の写真は、写真のスタイルの善し悪しとは関係なく、常にそれを見る者にある種の情感をもたらせる。

風景写真を内容重視でみれば、それは絵葉書に近いものになる。女性の裸体はポルノとなり、ある種の状況を撮した写真は内容重視で報道写真となる。いずれにせよ、そのスタイルは内容をより際だたせる方向となるのは間違いない。


写真は表象した世界を対象としている。よって写真のスタイルは、あくまでもその表象を崩すことには向かわない。例えば、椿の葉を撮すとき、写真家によっては葉の色をオレンジにするかも知れない、しかしその場合葉の形を変えることは殆どないだろうし、他者が撮された写真を見ても「椿の葉」であることが理解できるように配慮することだろう。

写真を撮す対象が表象した世界である限り、その枠を越えることは難しく、あくまでもスタイルは表象界の中で常識の範囲を超えることはない。Flickrなどの写真サイトで多くの人が「美しい」と感じる写真は、それ故に民族を越えて美しいと感じられることになる。

僕が写真を撮ることに熱中してからしばらく経つ。始めに興味を持ったのは「写真を撮る」という行為であった。

だから結果としての写真には、それほどの興味がなかった。ある対象を写真に撮りたいと思い、それにカメラを向ける。そしてカメラを通して対象の見つめ、色々と構図を決め、その中でピントを合わせるポイントを定める、実際にシャッターを押すかどうかは、それらの試行錯誤が、対象を見たときに抱いた朧気なイメージに近く、より具体性を帯びた内容になったと確信してからである。

スタイルが定まったとき、僕はシャッターを押す。無論、それで写真が出来たとは思えない。現像という処理が後ろに控えている。つまり、写真を撮るという行為には、写真に撮りたいという情動、その対象をどの様に撮すかの模索と確定、そして現像処理、の3つの段階が有ると言うことになる。そしてそれぞれに、写真家は「思考」と「意志」と「判断」という精神活動を行うことになる。

カメラという不思議な機械は、表象界(及びその身体性)を対象にしながら、強く精神活動にも結びついていることにあると、僕は思っている。時々僕は、「写真を撮るという行為」は「行為」もしくは「行動」と言えるのだろうかと疑問を持つ時がある。よく聞く、 「写真は対象と語りながら撮っている」という言葉、それは実際面では、一体誰と語り合っているのだろうか。

これらのことを含め、僕は写真についての思索を、時折、本ブログに書いていこうと思う。つまらぬブログで、さらにつまらぬ内容、でもカメラ、写真について、その技術面以外の話は僕にはとても大事なことのように思える。

2006/12/16

マクドナルドで隣の席での会話に耳がダンボ状態になった話

マクドナルドは一人の時はよく利用する。手洗いに行きたいとき。少し休みたいとき。一杯100円のコーヒーは、美味しいというわけでもないが、とりたてて不味いというわけでもない。それよりもトイレ使用料、もしくは座席使用料として考えれば、かなり安い。

昨夜も帰りに少しだけ本でも読もうと、帰宅途中にあるマクドナルドに立ち寄った。思いの外混んでいた。僕は適当な席を探す。奥まった場所に一席だけ空いているのを発見した僕は、コーヒーを持ち、周囲にぶつからないように注視して進む。

その席は、店の一番奥に位置し、テーブルの真上に明かりがある。少しの時間とはいえ、読書をするには丁度良い。
座って気がついたのだが、隣の席には女性が二人座っていた。ちらりと、二人を見る。一人は年配者、でも着ている服は若く明るめである。そして上着に皮のジャケットを羽織っている。もう一人は若い感じで、少し地味な印象を持った。

それから僕は持っていた本を広げコーヒー片手に読み始めた。何故か、時として喫茶店の方が読書がはかどる時がある。丁度、通勤電車で読書をするのと同じ感覚である。図書館などの静まりかえった場所も良いが、喫茶店での読書も悪くない。

本を読み始めて間もないとき、年配の女性の声が聞こえた。少しハスキーな声だ。若い相手に丁寧な言葉を使って話しかけている。
「私ってギャンブラーなの、だから土日の仕事は絶対に嫌なの。土日は競馬に全時間をかけるのよ。もうそれしかない」

若い方は、ハスキーと言うより、柔らかく張りがある声で答える。
「私、最近auに切り替えたんです。」

(ん・・・)と僕は内心つぶやく。「競馬の話の答えが携帯・・・」

「え、どうして」と年配者。そして続けて、「私の名前のパチスロがあるのよ、凄いでしょ!」
年配の女性の髪の毛は長い。それを頻繁に手でかき分け話をする。

「本当ですか!今度教えて貰おうかな、パチスロ。auの前はソフトバンクだったんです。髪の毛綺麗ですね。」

(何故・・・こういう会話が成立するのだ)、とは僕の内心の言葉。その時点で既に本など読んでいない。

「ありがとう。なんでソフトバンクからauに切り替えたの。パチスロの名前にね私の名前がついているのよ。パチスロは随分と投資したわ。おそらく家が買えるくらい」

「ギャンブラーですねー。ソフトバンクはアンテナの状態が悪くて、通話できない状態が多いんです。それで私、以前に離婚したんです。髪の毛綺麗ですよ、でもすこし乾燥しているようですよね。」

(パチスロが造られるほどのギャンブラー、え、携帯のアンテナ状態が悪くて離婚・・・・、それに髪の毛の話題、しかしなんでこれで会話が続く・・・)

でも「離婚」の言葉は二人にとってキーワードだったらしく、それから続く二人の男性問題。無論、携帯の話とギャンブル談義と髪の毛の話、それに後から新たに追加した洋服の話も織り交ぜて、会話は続くのである。
どうやら、二人とも自傷男運が悪く、波瀾万丈な男性との付き合いがあったらしい。携帯はauに切り替えてから満足しているらしい。ギャンブルは今まで投資したおかげで極意をつかんだららしい。洋服の話は、誰それが派手で自分たちには同じ服は着れそうもないらしい。
それらをお互いに出し惜しみすることなく、声を落とすわけでもなく、話し続けた訳である。隣に本を読もうとしている、一人の男性がいるのも無視して・・・・

僕は何度、本とコーヒーに集中しようと思ったことだろう。でもそう思えば思うほど、耳がダンボのように大きくなっていくのがわかる。でもね、聞く耳を持っていなくても、隣だから普通に聞こえてくるんです、二人の会話の全てが・・・・

それで僕はいそいそとコーヒーを飲み終え、本を鞄にしまい込み、マクドナルドを離れた。多少、果てがなく続きそうな二人の女性の会話に後ろ髪が引かれたが、聞いてどうなるわけでもない。それに、早く家に帰りなさい、ということなのかもしれない。

喫茶店での読書は悪くはない、でも時として読書が出来ないときもある。

写真に撮されると言うこと




誠に勝手な話だが、僕は撮されるのが苦手だ。だから出来れば撮す方に回りたい。カメラを構える人に、おそらく同様の意識を持ち方も多いかも知れない。いわば、酒を飲みたくないが故に、酒を人につぐということと同義だと思う。

カメラを向けられると、所在のなさに、落ち着かない。いわば、自分の思考の世界に退き安住しているのに、強制的に内容もわからぬ舞台にいきなり放り込まれたような、そんな気分。台本があり、自分の役割が明確であれば落ち着くことも出きるのだろうが、それさえもない。そして、カメラを構えいる観客、その目を意識する。

一番良いのは、観客であるカメラを構える人を無視すればよい。自分の舞台をあくまで崩すことなく、その中で自分を演出する。丁度この写真の、花屋の主人のように。

でもどうしてもカメラを向けられると意識が過剰となる。こればかりはどうしようもない。だから、カメラを向けられる嫌気もわかる。しかし、カメラを構えると人を撮りたい衝動に駆られ、そしてその衝動に負けてしまうのである。誠に勝手な話だ。

2006/12/15

公衆電話ボックス




Flickrからのテストを兼ねたブログ投稿。

携帯電話がこれほど普及すると、公衆電話を利用する方を見ることが滅多にない。たまに見かけると、ボックスの中で公衆電話を利用するのではなく、自分の携帯電話で話している。ボックス内の明かりを、電話で話しながら何かを読むために利用しているのだ。

それでも夜歩くとき、特に人通りも明かりも少ない時、公衆電話ボックスの明かりが嬉しくなるときもある。

そう言えば家の付近は公衆電話ボックスが意外に多い。この写真は、その中の一つ。普通に見かける明るい緑色の電話機ではなく、ウグイス色の電話機が、ボックス内の明かりに照らされ、より色が映えて見えた。

ボックスの横を少なからぬ車が通りすぎる。人が使わぬ公衆電話は何故か寂しく見える。いずれこの公衆電話も撤去されていくかもしれない。時代によって産まれ、時代の流れの中でなくなっていく。それは致し方ないことだのだろう。

それでも、流れゆく時代の中で、立ち止まって会話し思考する、そういうことが必要なのも間違いない。公衆電話の写真を撮りながら、そんなことを思う。

2006/12/12

ビューティフル・ジャパニーズ・ランゲージ

「日本のカルチャーとヒストリーを十分マスターし、ビューティフル・ジャパニーズ・ランゲージが話せること。その後でフォーリン・ランゲージはマスターする」――伊吹文部科学相は11日、日本外国特派員協会で講演し、カタカナ英語を多用して小学校での英語教育に否定的な考えを展開した。
(2006/12/12 asahi.comより)

この突っ込み所満載の語りを現場で聞きたかった、というのが正直な気持ち。何せ権威ある文部科学相殿のお言葉である。おそらく、「カタカナ英語を多用して小学校での英語教育に否定的な考えを展開した」、冗談とも思える語りも深い思惑があっての事だと思う。

日本外国特派員協会での講演と言っても、来られる方全員、日本語が理解できるとは限らない。しかし、日本に特派員として来られる方の前で、その国(日本)の言葉を話さなければ失礼かもしれない。この配慮が文部科学相殿の語りに繋がっているとすれば、相手の立場を思いやる気持ちがあってのカタカナ英語の多用と言うことになる、のかもしれない。逆に、その上で思うのは、カタカナ英語で語った単語は、文部科学相殿にとって鍵語なのだろう。
しかし、この短い語りの中で、これほどカタカナ英語を多用すると、逆に日本語(標準語)を母語とする僕からしてみれば、非常にわかりづらい。ここは文部科学相殿の博識をもって、「ビューティフル・ジャパニーズ・ランゲージ」で話をして欲しかった。

上記の語りを日本語にすれば、「日本の文化と歴史を十分に習得し、美しい日本の言葉が話せること。その後で、外国の言葉を習得する。」、となるのかもしれない。文部科学相殿は「話し言葉」に限定されて語っている。言葉には、それを母語とする人たちの文化と歴史が宿っている事に、僕は異存はない。ゆえに、まずは文化と歴史を十分に習得する、との言葉もそれなりに聞こえる。しかし文部科学相殿は何かを誤解されているのではないかと、誠に失礼ながら思うのである。

話し言葉としての日本語の多様性を文部科学相殿は過小評価されてはいられまいか。
例えば津軽弁という言葉がある。津軽弁とは失礼な言い方かもしれない、明治以前はお国言葉として、津軽の言葉は、その土地のいわば標準語として日常生活に使われていたのだから。津軽弁の言葉自体に、その言葉が方言であることの意味がでてくる。方言とは権力により成立された標準語との対比により成立されるのである。

しかし国の権力が、その枠を広げ、共通語としての標準語の制定を行うのは当然だとは思う。僕はそこまで言うつもりはない。ただ、これほどメディアが発達した時代(明治と比べて)でも、現に残り続けている「方言」の存在をどのように考えられているか、と僕は問いたいのである。

津軽の言葉にも、当然ながら文化と歴史がそこに宿っている。「日本の」という括りの中に、それぞれの土地に根付き育っている多様性を全て包括できるのであろうか。おそらく、誰かが「ビューティフル・ジャパニーズ・ランゲージ」と規定しない限り、この国の懐の深さで包み込むことができると僕は思う。そう、誰かが「美しい日本語とはこういうものだ」と言わない限り。

「美しい日本語」のコインの裏には「貧相な日本語」が隠されている。それは過去の言語学者たちが、日本語の貧しさを嘆いてきたことからもわかる。「美しい日本語」と何ゆえに連呼をしなくてはならないのだろう。いわゆる標準語を母語とし、その言葉で、考え・思考し・対話し・感情の発露を表現し・発言する僕にとって、この言葉が特別なのは間違いない。文部科学相殿は「美しい日本語」なるものに、何らかの条件を付与されているが、その具体的な内容は一度も語られていない。ただわかるのは、小学校の課程において「美しい日本語」が構築しなければならないし、それは現行でも不足している、ということだけである。一体具体的に何が小学校の課程において不足しているのだろう。皆目わからない。
それがコミュニケーション能力であるとすれば、それなりの仕方がある。「愛国心」を育てるとすれば、お隣の中国様に仕方を教わればよい、画一的な「愛国心」の育成は「日本の問題」を「他の問題」に転嫁できるかもしれない。

相手を思いやる気持ち、であれば・・・・この国の大人たちでそれを教えられる人たちがいるのだろうか。僕なりの言い方をすれば、「話し言葉」と「書き言葉」は違う。「話し言葉」は概ね「魂」からの表象だが、「書き言葉」はどちらかといえば「精神」からの表象と言ってもいいかもしれない。ゆえに完全なる言文一致は、どこの言葉でもあり得ないと思う。つまり「美しい日本語」の規定とは、僕にとっては「美しい魂」の規定に意味合いとして近い。誰が自分の「魂」を規定して欲しいと願うのであろうか。

おかしなことに「美しい日本」と首相が言い始めてから、教育の現場では「いじめ」を原因とする自殺の対応に大忙しである。皮肉で言えば、文部科学相殿の言われることは正しい。英語よりも、もしかすれば「美しい日本語」よりも、先に何とかしなければいけない事が教育の現場には沢山ある。そのほか「プアーワーキング」の実態、知事らの汚職、そして多くの殺人事件。

「美しい日本」そして「美しい日本語」は、大人たちがこれらの問題に真摯に取り組む姿勢の先にあると、僕には思えてくる。一言でいえば、言葉だけの「美しい日本語」などない。相手を尊敬し思いやる気持ち、それは言葉だけでなく、相手の表情、言葉の調子、息遣い、身振り手振り、その文脈、などからも自ずから表象されてくるものなのだ。無論、言語である限り、他者とのコミュニケーションの道具の側面は否めないと思う。そして道具としても、その深さは、小学校の課程だけでなく、生活の中でも学ばれる。でも結局は、その人の他者への眼差しによって決まるのだと思う。

いい加減「ビューティフル・ジャパニーズ・ランゲージ」などという冗句は聞き飽きている。

2006/12/11

駒沢公園の紅葉

autumn colours

駒沢公園の紅葉が終わりを迎えようとしている。トウカエデの多くは、その葉を朱に染めることなく散り始めた。それでも何本かは葉の先端が朱色に染まる姿を見せ、緑と黄色、そして朱色の混じった美しさを見せてくれる。

公園にはイロハモミジもしくはオオモミジは少ない。イロハモミジはトウカエデと較べ紅葉する温湿度の境界が低いようだ。彼らは美しい紅の色を誇るかのように、見事な姿を惜しげもなくさらしている。しかし、どうだろう、他の土地のイロハモミジと較べて、少し黒い様にも思える。

autumun colour

何故に彼らは紅葉するのだろう。その問いは昔から持っている。答えとして、葉緑素がどうかとか、化学変化を中心とした仕組みとか、そういう事ではなく。彼ら、つまりカエデは何故赤く、イチョウは黄色く、その他の全ての紅葉する植物はそれぞれの色で、紅葉するのかと言う質問なのである。

その質問は、何故世界は多様性に満ちているのか、という問いかけと同種だし、そして損得を中心とした考えでは答えることが出来ないように思える。多様性とは外部の事であり、多様な外部への表象の為に、器官などの内部が機能するとすれば、生命とは表象そのものとは言えないだろうか。そう考えると、カエデ等が紅葉するのは、世界に表象するため、という思いが浮かんでくる。

無論、紅葉は人間のためだけではない。「美醜」の概念は人間にとっては恣意的だと思うが、世界に投じられた人間が、表象的な世界の中で「美醜」の概念を形成したとすれば、ある意味、人間の「美醜」を含む「審美的価値」の成立にカエデの紅葉が、一翼を担っていたともいえる。

2006/12/10

六義園

park at night

駒込にある六義園に行ってきた。東京でも紅葉で知られている公園である。紅葉の盛りの時に限り、夜間ライトアップがなされる。幻想的な夜の紅葉は一見の価値があると思い、出かけたのだが、この時期でも紅葉しているイロハモミジは半数くらいで、例年と較べると少ないとのことだった。

でも初めての六義園に僕はじっくりとその世界を堪能した。人は多かったが、細い道を行列が出来る程ではなく、所々知られている鑑賞ポイントが多少の人混みがあるくらいだった。おそらく、僕が言った日では紅葉は十分ではないことを多くの人が知っているのだろう。

来場者の半数以上が何らかのカメラを持っていた。三脚を持っている方も多い。確かにこの暗さでは三脚を使わずの撮影は苦労することになる。しかし時折の園内放送によれば、歩道の幅が狭いが故に、三脚での撮影を禁止しているようでもあった。僕自身はK100Dにメインカメラをしてから三脚は殆ど持たなくなった。

K100が搭載するブレ補正が強力で多少の暗さでは手持ちでも十分に耐える。ただ六義園の暗さではそれも適わなかった。そこで歩道の足下を照らす証明の上にカメラを置き、それを三脚代わりにして撮した。ライトアップする証明の影響で、明かりに照らされた紅葉は輝いて美しい。しかし写真では、その箇所が白飛びしてしまう。その為には露出補正をプラスの方向で変更しなければならないが、その時は確実に三脚を必要とする。

道々に安全のために立っている係員が、今年は昼に来た方が紅葉の赤を堪能できますよ、と話していた。それでも道を照らす明かりは細々で、全体ではとても暗く、その中でライトアップされた樹木を眺めているだけでも、その樹が紅葉していなくても、幻想的なその姿は十分に楽しむことが出来た。

今回は初めてと言うこともあるが、ライトアップされた紅葉が、写真となったときにこれほど色が白跳びするとは思わなかった。そして園内の暗さ。これら撮影時における問題への対応を考えれば、写真でさらに様々なイメージを構築することが出来るかも知れない。

写真において、自分が見たままを基本に画像を調整することは、僕には違う。僕が見たままというのは、それは誰が見ても、脈路自体が変わることはないが、細かに言えば僕にしか見えないイメージでもある。僕の目は、肉体的に言えば、眼を動かす6つか7つの筋肉が衰えているかも知れない。また眼球にあるレンズの解像度も悪いし、色彩に関する感覚も識別に関して多少自信のなさもある。それら実態を加味すれば、眼から脳内に流れる情報量とそれに基づいて作られる像は、僕自身だけの像であるのは間違いない。

故に、僕が見たそのままを忠実に写真イメージとして構築することは意味がない、と思うのである。逆の考えもあることは無論理解するが、個別から普遍性なイメージに昇華し、それを作ること、具体的には、現実的な可能性の中で、印象的な写真を作ること。それが今のところ、僕の現像時の方向となる。

六義園では比較的年配者が多かった。しかも一人での鑑賞は殆どいなかった。思いのほか寒く、シャッターを押す手が冷えてかじかむ。途中で、休憩所が幾つかあり、そこでは焼き団子とかうどんとか暖かい食べ物が売っていた。焼き団子を食べる。タレはどうするかと聞いてきたので醤油でと答える。美味しかった。

その休憩所から少し歩くと、六義園のメインとも言える大きな池があり、池の周囲に植えられている、松、モミジ、等がライトアップされて鮮やかに色が浮かび上がる。しばし見とれて眺めている。人が多くても話し声は殆ど聞こえない。音があっても、この風景の静寂の中に呑み込まれていったような、そんな感じを持つ。

nocturnal view of autumn colour

六義園への道程
  • 交通    JR山手線・地下鉄南北線駒込徒歩7分/地下鉄三田線千石徒歩10分
  • 開演時間 9:00~17:00(入場は16:30まで) ライトアップ期間は21:00まで。
  • 入園料  一般:300円 65歳以上:150円
  • 休み    年末年始

2006/12/09

K100Dを使い始めて約2ヶ月

flower

ペンタックスK100Dを使い始めてから約2ヶ月経つ。それまで使っていたSONYのサイバーショットが不調となり、もともとデジタル一眼が欲しかった事もあって購入した。その間にK100Dの上位機種であるK10Dが発売され、そのカタログを見たり、実機に触ったりして、それまで思いもしなかったK100Dの不足部分が逆に浮かび上がってきた。と言っても、K10Dに買い換えるという話でもないのであるが。

K100Dは、使い始め早々から二点ほど不満があった。一つはファインダーの倍率がカタログ値0.85とあり、現行最新機に較べ若干低いこと、二つめがISO感度をAUTOにした時、露出補正を行うとISO200に固定されてしまうこと、だった。一つめはK10Dでは倍率0.95倍に改善されている。でも後日、ファインダーオプション「O-ME53」を装着すれば倍率がさらに1.18倍することがわかった。僕の眼が近視のうえ乱視も混じっているからか、ピントを合わせるのに苦労していた。

だから、このオプションは僕には必須だと思っている。

二つめは、K10Dで改善されているのか確認していない。その他、細かな点では、デジタルフィルターがRAWでの撮影時には使えないとか、RAWファイル形式がペンタックス独自形式しか使えないとかあるが、それらは別途現像処理などで加工が可能なので、特に不満を感じているわけではない。

上記二つの不満を見る限り、僕にとってK100Dは、殆ど満足しているカメラであることが逆にわかると思う。でもK10Dが登場し、その仕様を知り、羨ましくなるのが二つあった。それは解像度の話ではない。防塵防水対策が施されているフレーム、RAWへの一時的な切り替えボタン、これらはオプションなどでは如何ともしがたい機能なので、K10Dを触った時、一瞬買い換えようかという思いが浮かんだ。

K100D購入時は、練習も兼ねて色々なモノを撮った。その時はJPEG形式での撮影が殆どだった。RAW形式は以前のコンパクトデジタルでは機能としてなく、正直言えばRAWがどういうモノなのかも全くわからなかった。でも試しに一度RAW形式での撮影をし現像処理を行ってから、その面白さ、写真を自分のイメージに近づけられること、等から離れられなくなった。今では殆どRAW形式となった。

そうなるとK100Dに標準添付していたRAW現像関連ソフトの性能が気になってきた。一言で言えば、標準添付ソフトは最低限の機能しかない。撮影だけでなく、現像処理によりイメージを構築していくのも、デジカメでの面白さの一つだと思う。

少なくとも僕はそうだ。その点で標準添付ソフトは不満が多い。そこで別途にSYLKYPIXを購入した。後は折角の一眼なので、色々なレンズを使っていきたいと思う。今のところレンズキットのレンズしか持っていない。レンズ購入で狙っているのは、とりあえずは固定焦点で明るいレンズ。出来れば被写体深度が浅く、絞りバネ枚数が多いモノが良い。

昔のレンズも視野に入れ、色々とネットで情報を見ている。その他、撮影対象としてネコが多いせいか望遠ズームも欲しい。それは200mmもあれば十分。それらもぼちぼちと揃えていければと思っている。

「セーラー服と機関銃」を見てジェームズ・ギャグニーを思い出す

TBSドラマ「セーラー服と機関銃」の最終話で、やくざから足を洗った佐久間は星泉に会うために上京してくる。約束までの時間、久しぶりの浅草を訪れた佐久間は、そこでヤクザ同士の喧嘩の仲裁に入り、逆に短刀で刺され死んでしまう。

佐久間の遺体を前に星泉は泣きじゃくりながら佐久間を激しくなじる。無論それは悲しみの表現である。そして最後に星泉は佐久間の遺体にすがりつき叫ぶ。

「なんでそんなに格好良いのよ!」

僕はこのシーンを見て、ジェームズ・ギャグニーのかつての映画「汚れた顔の天使」(1938年)を思い出した。ギャグニー演じる主人公ロッキーが、ギャングの顔役(なんと、ハンフリー・ボガード)を殺し死刑に処せられる最後のシーンと重なったのである。

ロッキーはギャングの一人として、貧民街の子供達の崇拝を受けていた。その街で牧師として子供達がギャングへの道に染まらぬよう世話をしていたのが、ロッキーの幼なじみであるジェリー(バット・オブライエン)。そのジェリーはロッキーに、子供達のため、死刑に処される際に、暴れ命乞いをして無様な姿を見せて欲しいと頼み込む。もとより、自尊心が高く、そのような姿を人に見せるのが出来ないロッキーはジェリーの願いを相手にしない。でも、死刑に処される時、ロッキーはジェリーの願いの通りに振る舞う。子供達はロッキーの最後を聞いて、彼の実態に落胆し、ギャングへの憧れをなくす。一人ジェリーだけがロッキーの事を知っている。

男は、時として格好のために自分を犠牲にすることが出来る、と僕は思う。昔から、今はわからないが、男は女性である母親から、「男は顔じゃない、中身だ」などと言われ育てられてきている。(実は僕はそう言われたことは少ない、かといって中身がある訳じゃない)

でもそれは、女性の直感として、男性に「中身が大事」的な事を云わないと、すぐに「外見」に向かってしまう傾向があると、知っているからではないかと思うのである。

と言っても、女性がなにげに言う「中身がある男性」について、それを具体的に聞けば、殆ど全て「外見」であることが多い。というか、「中身」を語る言葉を日常用語として持っているか、という疑問もある。実際は、女性も男性も外部・外見・表象的なものに拘るし、それが大事だと思っているようでもある。(少なくとも僕はそうだ)

その女性(母親)が、男性の根っこの部分の教育を行う際に「内部」に拘る所が面白い、が少なくともその母親の意図に関わらず、男性は結局の所、「格好」に強く拘るようになる。

例えば、佐久間もロッキーもそうだけど、彼らに共通するのは、恐怖を外部に現さない事の格好良さである。ロッキーはさらに複雑で難しい。彼が無様な姿を演じるには、単に恐怖を表に現すのではなく、彼はそう言う事が出来ない、しかし恐怖を隠す事で勇気を示すことも出来ない中で、恐怖を演じるのである。だからこそ、ロッキーの姿に、映画を観る者は感動するのだと思う。

まぁ「内面」とは「外面」に何を現し何を隠すかの規範を持つって事なのかもしれない。
なんか段々と違う話になってきている・・・・

でも、最近思うのは、その「格好の良さ」を見せない大人達が新聞を賑わせているなぁ、という事。同性としても、自分を振り返っても、「格好の良さ」を人に語れるとは思ってないが、彼らの姿を見るたびに、自分も気をつけようと思う、今日この頃(笑)。

2006/12/06

いじめを素人ながらネットワーク的に捉えてみる

いじめ問題について少し考える。と言っても多くの関連するブログを読んだわけでもなく、また新たな情報を仕入れたわけでもない。だから僕の書く「いじめ問題」については、おそらくありふれた意見に過ぎない、というのは重々承知している。ただ、社会の中で教育問題は重要なキーの一つだと思うし、ネットワーク的に言えばハブだと思うから、思うことをここに書こうとするのである。

当初「いじめ問題」は「いじめられる側」の問題について語られることが少なからずあった。しかし今では「いじめる側」の問題について語られることが多い。先だっての「緊急提言」では明確に「いじめは反社会的行為」と述べられている。しかし、誤解を与えるかも知れないが、僕にとっては「いじめられる側」から「いじめる側」へのシフトは、被害者保護の一環の中にあろうとも、それが中心の議論は、無くさねばならぬ「いじめ問題」の核心に辿り着くことは難しいと思える。

生徒をノード、生徒間の関係をリンクで現したとき、一つのネットワークを想定することが出来る。ネットワークにはハブがあり、そのハブがネットワークを維持している。ノード間には強い結びつきと弱い結びつきがあり、ここでは強い結びつきでのネットワークを一つのクラスタとする。いじめはおそらく一つのノードに対して行われる攻撃だが、その結果に現れることは、そのノードから見たときネットワークからの分断ということになる。しかしネットワークは存続している、故に分断されたノードは孤立感が深まり、一つの世界の崩壊という感触を持つにいたる。

いじめには幾つかの段階があると僕には思える。その事は、これも想像だが、多くの人が当たり前のこととして受け取っている事だろう。しかし、いじめをいじめの現象に従って、その中で象徴的な現象を洗い出し、段階を明確にしたものを、僕は今までに聞いたことがない。大抵話し合われることは、最終的な「いじめ」の事象であり、それも最悪な「自殺」によって表面化することになる。だからこそ「緊急定義」では、その時点での問題解決を中心に据えて取り扱うことになっているように思える。

学校においてハブとしてのノードの一つは、具体的に言えば教員であることは間違いない。
またクラスには教員以外にもハブが1~3は存在する、そして現実的にクラスの運営はハブを中心に行うことになる。ハブ同士の結びつきが強いほど、そのクラスもしくは学校は安定する。逆に言えば学校というネットワークを安定するために、ハブは問題となるノードを分断することもあり得ることになる。

特定のノードへの攻撃が如何にどの様な理由で行われるのか、それは現象としては様々であろう。しかしここで問題としたいのは、ハブから特定のノードへの攻撃は、既にその時点で致命的であるということである。故に、ハブの一つである教員の責任は重たいのは事実だと思う。またその他のハブも同様である。

しかし、基本的にハブはネットワークを維持する事を原則としている。だからハブが特定のノードを攻撃することは、全体から見ると割合は低いと、僕には想定できる。特定のノードへの攻撃はその他のハブ以外のノードの確率が高い。攻撃を受ける特定のノードは、通常であれば現実のクラスという枠に囚われること無く、強い結びつきのノード間でクラスタを作っている。

言うなれば、そのクラスタのネットワークが崩壊しない限りノードが分断することはあり得ない。攻撃をするノードが、同一クラスタ内に存在すれば、分断は簡単に起きる。別クラスタに在るノードからの攻撃の場合、攻撃を受けるノードのクラスタ内の結びつきに左右することになる。

問題は、その時点でのハブの動きである。ハブがネットワークの維持に努める場合、その攻撃を回避するか、もしくは攻撃を無効化するか、の判断に迫られることになる。その結果、一つのクラスタの分断は避けるという行動に出る。クラスタの分断はネットワークの崩壊への雪崩的現象を引き起こす可能性がある。よって攻撃が止まないとき、ハブはネットワーク維持のために、攻撃を受けるノードの分断へと行動を移す。

つまり、「いじめ問題」は過去に「学級崩壊」の問題があったが、それへの対応が引き金になっているのあるように思える。学級の崩壊を阻止する結果、いじめが増幅される。それは一つのジレンマであろう。

しかしこの僕の仮説が事実であるとすれば、現在問題化している「いじめ問題」の根本的な解決は、現行制度内では存在しないことになる。少人数での学級は、ネットワーク内のクラスタの数を減らし、かつ結びつきを強くする事に繋がるかも知れない。また、1クラス複数担任制度の導入(これは議論にも出ていないが)は、ハブの個数を増やすことにより、ネットワークの崩壊を防ぎ、かつ特定ノードの分断の可能性を減らす可能性も出るように思う。
なにより教員と生徒のハブ同士によるネットワーク構成でなく、複数教員の複数ハブ化によるネットワークと、チェック機能の期待は少なからずの「いじめ問題」対応の効果があると思う。さらに1クラス複数担任制は「学級崩壊」にも効果がある様に思える。

少しも従来の理論を駆使しての記事ではない。ゆえに僕の思いこみも多大にある。それは承知しているが、ネットワーク社会学的にこの問題を捉えるという視点からの記事も、それが拙いとはいえ必要と思い、ブログに載せることにした。

既に誰かがより精度をもって記事にしているかも知れない。そうであれば、それは僕の勉強不足であるとしか言いようがない。

2006/12/05

イェルサレムのアイヒマン

「イェルサレムのアイヒマン」(ハンナ・アーレント、いすず書房)を読み終える。2回読んだ。2回目はこの本の肝となる「十五章」「エピソード」「あとがき」を中心。ついでにアーレントの解説書も読んでみた。普段はこういう解説書は読まないのだけど、背景的なものを知りたいと思ったから。

これは感想にはなっていないが、凄く面白かった。それに読みやすかった。かつてミルグラムのアイヒマン実験の本「服従の心理」(河出書房)を読んだことがあり、その時からこの本を読みたかったが、アーレントの作品と言うこともあり、少し恐ろしさがあった。でも読んでみて、彼女(アーレント)の考えに同意出来そうな、そんな自分を発見した。そうであれば、続けて彼女の作品を読もうと思う。

ミルグラムと言えば「小さな世界」(六次の隔たり)で知られているが、おそらくアイヒマン実験の方が有名だと思う。「小さな世界」は最近「リーディングス・ネットワーク論」(勁草書房)の中に論文が翻訳され載っている。読んでみたが、思った以上に小論だったのに驚いた。

で、アイヒマン実験のことだけど、読み終えたときに、自分が組織もしくは社会の中で働くと言うこと、その中で「同調」とか「服従」とか、そう言うことを考えずにはいられなかった。

確か今から一年くらいまえに、スーダンの油田採掘権を日本のNGOが競争の末に得たと新聞に載っていた。その記事では、プロジェクトの立ち上げから権利を得るまでの苦労を一つの成功話として扱っていた。

会社員であれば、少なくとも知識レベルでプロジェクトに関する諸々の事は承知していると思う。故にスーダンの油田採掘権を得る迄にどれほどの苦労があったのかは多少なりとも想像できる。

問題なのは、その採掘権を取ったという嬉しい話の別面で、スーダン危機があり、人々が虐殺され続けていたそのさなかの出来事だったと言うことである。油田採掘権に支払うお金、もしくはプロジェクトにおいての必要経費として流れるお金は、一体何処にいくのであろうか。

アイヒマンは優秀な役人であり、効率よく業務をこなし、自分の仕事を満足に動かすために行動し発言した。様々な人物とあい交渉し、それをまとめた。そして、たたき上げの彼は努力で中佐まで辿り着いた。法律を守り、上司からの命令を把握し、その希望を叶えた。
彼の仕事がユダヤ人を虐殺する事でなければ、おそらく彼は善良な市民として一生を終えたことだろう。

この記事は、無論、本の感想ではない。感想を書くまで僕は消化し切れていない。

ただ、もし仮に、人間として守ってはいけない法律が施行されたとき、僕はその法律を無視できるだろうか。または、会社の業務が、大きな流れの中で人間の為にならないとき、僕はその業務を、周囲との孤立の中で阻止することが出来るだろうか。ある意味、周囲から傲慢とも見える姿勢を保ち続ける事が可能だろうか。

そんなことを考えた。

2006/12/02

都会に住む猫の立場で

The cat'll be there

猫について語るとき、僕は人間が総て悪いという考えに陥らない様に注意している。

確かに都会に住む猫たちは、かつて、その猫自身が、もしくはその猫に繋がる先祖が、人間に飼われていたことだろう。そうでない猫は日本には存在しない。そして多くの猫たちは、人間の都合(猫の都合に対して)で野良猫となる。

でも考えようによっては、猫たち種の存続をかけた戦略が、人間を利用することにあったとも言える。
人間は猫を利用することで、穀物を鼠などの小動物から守り、時には愛玩動物として癒され、また子どもの遊び相手にもなる。
猫は人間を利用することで、厳しい自然淘汰の中で、種の絶滅を免れるどころか、世界的に繁栄することとなった。

仏教経典を鼠の被害から守るために、中国から日本に初めて渡った猫の先祖は、当初、貴族達の間で屋敷内に紐に繋がれ珍重されたらしい。それが広く愛玩動物として飼われ始めたのは江戸時代になってからで、その時は外で飼うのが一般的だったそうだ。

時代によって人間の猫への対応も変わる。よく猫はそれについてきていると思う。猫の対応の広さが、人間のそれに近いのかも知れない。もしくは、彼らもきっと人間との付き合いの中で、色々と学んできたのだろう。

それでも、人間の環境の中で暮らす猫たちは、人間との対応の中で分は極めて悪い。追われ、いじめられ、殺されるのは、間違いなく猫の方である。

平成の教育法改正により日本の伝統音楽を学ぶ時間が増えた結果、猫泥棒が横行した。彼等は和楽器の材料として猫たちをさらった。動物愛護改正法が施行されてからは猫泥棒は少なくなったが、それでも猫たちを動物実験などの為に連れて行く人は今でもいる。

2001年から2年、公園では猫の殺害事件が頻発した。それを憂慮する有志が警察に被害届を提出した。しかし時は祖師谷の世田谷一家殺害事件捜査の真っ最中で、猫たちの殺害事件どころではなかった。

今でも時折公園で猫は殺される。傾向としては快楽殺害的な方向にいっているらしい。猫は殺され、そして人目の付くところに放置される。猫の死骸を目にした人の反応を楽しむのである。

つい最近も、自分の勇気の証明に猫を殺した若者がいた。

他にも犬に噛まれて殺される猫も多い。夜の公園で、自由に犬たちを遊ばせようと、犬の紐を外す飼い主がいる。飼い主の目の届かぬ所で、発作的に現れる犬の本能が、猫を追いつめ噛み殺すのである。

人間の社会に住む猫たちの動向は、人間社会の動向に敏感に反応する。むしろ真っ先に影響を受けてるのかもしれない。猫が殺される社会。そして今では幼児が殺される。その関係を結びつけるのは考え過ぎかもしれない。年間数万人が行方不明になるこの国で、猫が殺される事を過大評価するつもりもないが、やはり何かが繋がっているかのように僕には思える。

公園横の大学の先生が毎日決まった時間に猫たちの餌を与えに来る。その方によれば、多いときで15匹以上の猫が食事をとりにきたそうである。最近は2匹しか来ない。「公園の猫の天敵は犬と人間です」、先生はそう語る。

猫が人間と生活し、今では人間と共に暮らさなければ猫は生きてはゆけない。公園の猫にとって天敵は人間かもしれない、でも猫も人間も生きるためにお互いを必要としている。

The cat'll be there

今年は例年になく町中で多くの猫と遭遇した。写真を撮れる状況にあれば出来るだけ僕は写真に収めたが、その数は出会った数十分の一である。
町中で気がつけば彼らはそこにいた。しっかりとそこにいる彼らの存在を僕は感じた。考えてみれば、今年の一年はそういう年であった。

今年の秋は暖かった。そして知らぬ間に12月になり、冬の到来を告げるかのように段々と寒くなっていく。今年出会った全ての猫たちが無事に冬を乗り切って欲しいと、僕は密かに願う。

2006/12/01

再び教育再生会議からの緊急提言について

教育再生会議は10月29日にいじめ問題に対して「緊急提言」を行った。僕は29日前に教育再生会議事務局が発表した事前通知を聞き、それに対し提言より必要なのは具体的な施策であるとして、提言の内容に疑問を呈した。その気持ちは今でも変わらない。(Amehare's MEMO 前記事 「教育再生会議での緊急提言」)

何故に「緊急」なのか。それはいみじくも安倍首相の次の言葉が総てを物語っている。
「いじめによって命を絶つという連鎖を止めなければならない」
いじめを原因とした子供達の自殺の増加が、今回の「緊急提言」の背景であるのは周知の事実であろう。それであれば、不謹慎な仮定かも知れぬが、仮に数ヶ月前に今回のような「緊急提言」が行われていたとしたら、彼らが自殺を思いとどまったのであろうか。

一般論ではなく、実際に自殺をした子供達を思い浮かべ「緊急提言」を読んでも、彼らが思いとどまる環境になるとは想像することが出来なかった。
正直に言えば、今回の「緊急」と称する提言に目新しいものは何もない。ここに書かれていることは、教育関係者及び小中高のお子さんを持つ父母達が個々に、常々考え、意見を述べてきた事以上は何もないと思える。そしてそれぞれの現場では、そうは言っても現実的に難しい壁がそこにあるのを感じているのである。その中で徐々にだが、いじめ問題が報道されるたびに、彼らは何らかの歩みを行ってきていると僕は思っている。

それを「緊急提言」は大上段に、しかもいとも簡単に言ってのける。しかも、肝心な防止面については一般論で書かれ、発覚時の処置もしくは処罰については具体的に書かれている。この双方の語り口の違いが、いじめ防止について、教育再生会議での議論が一歩踏み込めなかった状況が透けて見える。しかし、「連鎖を断つ」ことが提言の目的だった事を考えれば、防止面に対し一般論で語る緊急提言の内容に、「緊急性」を感じる事は少ない。

例えば、「緊急提言」における最初の提言の言葉を読んでみる。
「学校は、子どもに対し、いじめは反社会的な行為として絶対に許されないことであり、かつ、いじめを見て見ぬふりをする者も加害者であることを徹底して指導する。」
「いじめを見て見ぬふりをする者も加害者」以外は、既に指導として教育の現場では行っていることだろう。問題は指導の具体的な内容であり仕方だと僕は思う。単に「いじめは反社会的」、「いじめを見て見ぬふりも加害者」と指導するというのではなく、そもそも「いじめ」とは何なのか、ということから子ども達が自ら考える力を育てる事が重要に思えてくる。

子ども達に対し、指導を行うとすれば、僕は徹底的な議論と討論、そして自分の意見を臆せずに語れる事、そういう場を常に与え、個々の考え発表する訓練を行うべきだと信じている。無視といじめという暴力での解決より、徹底した話し合いによる解決。それは「いじめ」という問題からだけでなく、身の回りの出来事から徐々に問題を深めていくことにより可能となるように思える。

子ども達に「いじめが反社会的」と指導する場合、子ども達を含め了解する「いじめ」の定義が必要となる。でもその定義の確定は難しいのではないだろうか。「いじめ」の有り様は、それぞれの場面によって違うように思えるのである。「いじめる者」の背景を一般論で括るのが危険なように、「いじめられる者」に対しても同様だと思う。「いじめ」とはこれだ、と大人が子どもに差し出すと、必ずそれとは違う「いじめ」の形態が現れるように思うのである。そうではなく、子ども達が自ら考え、互いにコミュニケートするスキルを育てること、そういう教育を大人達と共に行っていければと思う。

大人達の「止まらぬいじめ」に対する焦りが、「指導」という単語と「緊急提言」の語り口に出ている、と僕には思える。その余裕のなさは、少なくとも悪い影響として子ども達に伝播するのではないだろうか。さらに、「見て見ぬふりも加害者」について言うと、近代刑法において個人が善悪を判断し、たとえ周囲の殆どが正しいと信じ行っていることでも、それが悪だと認識すれば、その行っていることを止める、もしくは従わない、そういう事が根底にあるように思う。しかしそれを行える人間は少ない。仮にそれが出来る子どもがいたとすれば、その者は協調性に欠けると教員の指導を受ける結果になることだろう。それらは我々の歴史を振り返るまでもなく、現在の社会において常に見かける姿でもある。

無論、指導指針に対し針小棒大に意見を言うつもりはない。ただ、子ども達にとって学校は、大人達の社会に匹敵する世界なのであって、大人に十分に出来ないことを小中の子ども達に要求するのかと、思えるのだ。また、「いじめ」ではない状態での、通常の子ども達の悪ふざけや喧嘩があったとき、それを見ていた他の子どもが「見て見ぬふりは加害者」との気持ちより、教員に出来事を伝える事が常態化したとき、子ども達の世界がどのように変わるのかも気になる。

些末なことも上(教員)に報告する姿に、一つの監視社会の姿を見るとすれば、それは考えすぎであろうか。他にも、例えば40名のクラスで、15名がいじめに荷担し、残りの24名が見ぬふりをした時、加害者としては39名となる。それら39名の加害者に対し、どの様な対処を誰が何を根拠にして定めるのだろう。見て見ぬふりの子ども24名に対し、単に加害者意識を植え付けさせる、そういうのを教育というのか、僕にはわからない。

最初の提言1文に対して、少し考えただけでも幾つかの疑問がわいてくる。他の提言に対しても同様である。ただ一つ全体を通して言えることは、「いじめ問題を防止する為には」の問いは、「子ども達がどの様に育って欲しいか」の問いと同義であると言うことだ。その中で「いじめ問題」を考えていかなければ、本末転倒になる様に思えてくる。そして本「緊急提言」には、その「子ども達がどの様に育って欲しいのか」の視点が欠けていると思う。

提言の文章にあるのは意味不明な「美しい国づくりのために」の言葉だけのように思える。