2008/02/27

「タスポ」その導入経緯 メモ

今年から開始する「taspo(タスポ)」について書きたいと思う。きっかけはnikkeiBPの記事「たばこカード「タスポ」、その導入経緯に怒れ!」(政治アナリスト 花岡 信昭氏 2008年2月14日)だった。花岡氏の記事は概ね正しい。ただ一つ意図的かもしれないが書いていないこともある。
「それにしても、2700万人がかかわる個人カードの導入、たばこ小売販売店への行政指導が、業界と財務省の意向 だけで決まってしまうのは、いかにも無神経すぎる。国会で大問題になったという話も聞かない。たばこ購入カー ドを強制され、たばこを買うことだけの番号が勝手に付けられる。国民としては怒りの声を上げていいはずだ。これは昨今の嫌煙ブームとは別次元の話である。」
カード導入の契機になったのは、花岡氏の記事にもあるように「2005年2月に発効した「たばこ規制枠組み条約」で未成年の自販機でのたばこ購入を防ぐ義務が締結国に課せられたことによる」。日本は本条約に2004年3月9日に96カ国目に署名した。その後衆参両議院で全会一致で承認をされ、同年6月8日に条約の受諾書を国連事務総長に寄託した。19カ国目だったという。条約は同年11月29日に批准国が40カ国になったので、90日後の2005年2月27日に発効となった。

本条約は1999年に起草されたが、起草段階からアメリカと日本など反対により採択が危ぶまれた経緯があった。ちなみにアメリカは署名はしているが現在でも批准はしていない。日本が急転し採択と署名を行ったとき、時の財務大臣 谷垣禎一は「国民の命には代えられない」と語ったという。

「タスポ」導入経緯は財務省審議会である「たばこ事業等分科会」(2005年3月29日)の議事録を読めばある程度会議での空気感を読み取ることが出来る。そこでは条約を批准するにあたり、自動販売機を全て撤去するか、もしくはICカード販売機を設置するかの瀬戸際の中で、業者と財務省がICカード販売機実現への舵取りをしている様が現れている。日本たばこ産業からの出席者はICカード販売機を「成人識別機能付自販機」と呼び、鹿児島種子島での導入検証において未成年のたばこ購入に関して効果があったかのように語る。

「タスポ」導入検討は、たばこ業界で1999年から開始している。これは条約の起草が開始した年でもある。たばこ業界単独での導入検討を開始する事は考えようもなく、ここでも財務省との緊密な連携が想定される。つまりは、条約起草時に反対していた日本の立場は、財務省にとっては自動販売機の撤去をすることなく、条約を批准する仕方を模索するための準備期間であったと思えないこともない。

花岡氏の記事では、国民の議論なしでの導入経緯に問題があるとしているが、仮に議論があったとして、その方向は喫煙率が約30%のこの国では概ね流れは定まる。たばこ事業等分科会では警察が自販機の撤去を将来求める発言もしている。また、2005年3月29日の第九回分科会の後に、「子どもに無煙環境を」推進協議会会長の名前で、ICカード自販機の導入中止、全自販機の撤去、たばこ税率の引き上げ等を求める要望が谷垣禎一財務大臣宛に提出されている。その時点での方向は、自動販売機の段階的撤去の流れが確かにあったのである。

また、国民の議論なしと花岡氏は語るが、それを言えば、条約への署名と、その後の衆参両議院での全会一致による承認をどのように捉えるのであろうか。この問題は常に言われている代表制の矛盾でもあるが、いまここで語ることでもない。結局たばこ業界は、たばこの需要が減っていくことが世の流れとしても、急激な変化を求めなかった。そこが税収の立場から同じように考えていた財務省と利害が一致した、というわけだ。そこで準備を怠らなかった両者が全自動販売機撤去の危機を「タスポ」で乗り切ろうとし、ひとまずは乗り切った、ということだろう。

確かに「タスポ」は不完全で中途半端でしかもコストがかかる。たばこに関する規制(アーキテクチャ)としては寿命が短そうなのは誰でもわかる。ただ「タスポ」により得られるデータは、今後のたばこ税引き上げによるたばこの需要と税収予測、さらには個人まで追いかけることにより、様々な疫学上のデータ取得にもなり得て、今後の施策への貴重な根拠となることだろう。そして両者にとってはそれだけでも「タスポ」の役割は十分に満足するように思える。

僕は「タスポ」の導入経緯で怒りを覚えることはない。これは様々な環境管理のなかの一つでしかない。

(参考)
「たばこカード「タスポ」、その導入経緯に怒れ!」
「たばこ規制枠組み条約」(外務省)
「たばこ事業等分科会」(2005年3月29日)議事録
Wikipedia「たばこ規制枠組み条約」
「子どもに無煙環境を」推進協議会
「導入中止の進言要請書」

2008/02/13

相撲の様式、朝青龍、そして時津風部屋の悲劇

「相撲」の様式を考えるとき、そこには歴然とした幾つもの表象が離れがたく結びつき構成されているのを意識する。髷を結う髪の毛、「まわし」以外は何も身に付けないほぼ裸体の姿、そして勝負までの一挙一足に至るまで、何から何までもが相撲の様式として成り立っているかのようだ。力士たちはそれらを無視することも外れることも出来ない。

2008年1月場所千秋楽の横綱同士による優勝決勝戦は見事だった。僕は夜中のダイジェストで試合を見たが実におもしろかった。二人の異国の青年力士による闘いは大相撲の醍醐味を直接に伝えていた。あの試合に解説は全く無用だった。

サッカー問題により二場所出場停止を受けた朝青龍は1月場所の序盤で土が付いていた。取り戻せない勝負勘、そしてモンゴルで傷ついた足、さらには風邪による発熱。しかし朝青龍に休む選択肢は全くなく、その結果二日目に稀勢の里に土俵下に送り倒された。このまま白鵬の全勝で有利のまま千秋楽を迎えると思われた。しかし十日目で白鵬は苦手の関脇安馬の上手投げで初黒星を喫した。そして両者一敗のまま千秋楽を迎えたのであった。

2008年1月場所千秋楽の横綱決戦時の瞬間視聴率が34%を超えていたと後日発表されたが、相撲人気が再燃するかどうかは別にして、1月場所の人気が朝青龍による所が大きいと少なからずの人が思うことだろう。
「1月27日の初場所千秋楽。13勝1敗同士の横綱相星対決に48本の懸賞がかけられた。横綱同士の相星決戦は約5年半ぶりだった。47秒間の大相撲で白鵬が左から上手投げをきめて、朝青龍を1回転させた。国技館に飛び交ったざぶとんは、ベビーフェースがヒールに勝利したことを祝福するものだった。「休んでいた横綱に負けられない。それだけでした」。白鵬は繰り返した。(2008年02月08日 朝日新聞)」
朝日新聞では善玉と悪役との闘い、千秋楽決戦での勧善懲悪、これらが衆目を集めた要因の一つとする。その一方で朝日新聞では以下の意見も載せている。
「日本相撲協会の再発防止検討委員会委員で漫画家のやくみつるさんは「朝青龍は土俵外の態度など何も変わっていない。みそぎは終わっていない。これで土俵の第一人者の座を白鵬に奪われた」と手厳しい。大相撲にヒールの存在など必要ない、という立場だ。(2008年02月08日 朝日新聞)」
朝青龍に付きまとう横綱としての「品位・品格」問題。漫画家のやくみつるさんの意見は一つの朝青龍の好転を見ることが出来る。それは彼の行動を問題視する範囲から「土俵内」が消えたことだ。再起後の一月場所であれほどの相撲を見せられれば「土俵内」での行動に異を唱える者は少ないことだろう。

朝青龍の横綱としての「品位・品格」を問題とする人たちに、特に相撲関係者に聞きたいことがある。それでは横綱審議会は何故彼を横綱にしたのか、ということだ。彼の「ヒール」振りが横綱になることで緩和されるかもしれないという思い込みがそこにあったのだろうか。いや違う、と僕は思う。サッカー問題は別にして、朝青龍の態度に、周囲が求める横綱としての「品位・品格」が身につくことなど誰も考えていなかったのではないだろうか。

そもそも「相撲」の様式の中に既に「品位・品格」は内包されているのではないだろうか。「相撲」は様式の世界であり、逆に言えば「様式」しかない。そこに主観的な「品位・品格」を求めること自体に無理がある、なぜなら、繰り返すようだが、既に様式に内包されているのだから。

様式は「表象」される。そして「表象」を規定するのは、この場合一連のルールでしかない。「品位・品格」に問題があるとすれば、具体的にどうすべきかをルール付ければ良く、抽象的である限り現実的には議論のしようがない。
「協会最高責任者の目が土俵の上だけに向けられていると、「強ければ何をしても構わない」と、師匠の言いつけに耳を貸さないモンスター横綱が出てこないだろうか。また「強い力士を育てさえすれば」という風潮は、常軌を逸した過酷なけいこを弟子に課す親方が出てくる危険性もある。(2008年2月9日 毎日新聞)」
上記の毎日新聞社説の意見は誤っていると思う。相撲は「相撲の様式」の中で、つまり定められたルールの中で行動する限りにおいて、強ければ何をしてもよい。朝青龍が横綱に昇格したのは彼の強さからではなかったのだろうか。また、「「強い力士を育てさえすれば」という風潮は、常軌を逸した過酷なけいこを弟子に課す親方が出てくる危険性もある。」とあるが、過酷な稽古により強い力士が育つと考えているのだろうか。そうではない、と僕は思う。「相撲」の稽古は「強さ」を追い求めるのが主たる目的ではない、それはいわば「相撲」の「様式」を力士たちに身をもって伝えることにある。

いわば、「過酷な稽古」は相撲の様式、つまりは「相撲」の伝統継承にこだわる姿勢によって発生する。強い力士を育てるためには、力士が必要とする筋肉を鍛えるための効率的なトレーニングと、適度な休息により達成可能なのは、ほかのスポーツと同等のはずであろう。「相撲の様式」を守るため、部屋の独立性維持と、親方主導による稽古が存在するのだと思う。毎日新聞の社説は、「品位・品格」という抽象的な、あたかも日本社会で共有されていると誤解している道徳性が根本に横たわっているかのようである。
「大相撲の時津風部屋の序ノ口力士だった斉藤俊(たかし)さん(当時17歳)=しこ名・時太山(ときたいざん)=が急死した事件で、愛知県警捜査1課と犬山署は7日、制裁目的で2日間にわたって暴行を繰り返して斉藤さんを死亡させたとして、元時津風親方の山本順一容疑者(57)(元小結双津竜)と兄弟子3人を傷害致死容疑で逮捕した。また、県警は同署に特別捜査本部を設置した。大相撲にかかわる事件で当時の親方が逮捕されたのは初めて。」(2008年2月7日 読売新聞)
あえて2008年時点における相撲を「近代相撲」と呼べば、その起源は明治四十三年の国技館の開館時期付近となることだろう。維新直後の相撲存続の危機を脱し、政府・軍部中央にいる好角家たちの力により人気と勢力を持ち直した。その過程において、浮かび上がった課題は屋根付きの常設館設立のほか力士たちの行状改善(相撲道改革)であった。
明治四十三年の相撲道改革は多義に渡っている。「相撲、国技となる」(大修館書店 風見明著)によれば、改革の内容は以下の範囲となる。
「土俵のルール、力士が取組みを行う際のルール、行司と勝負検査役が判定を下すルール、団体戦のルール、報酬のルールなどプロスポーツとしての相撲に当然に要求される諸ルールのほかに、行司や力士の服装や番付け方法、相撲関係者や観客のマナーに関するルールなどから成るものとしてよい」 (『相撲、国技となる』 大修館書店 風見明著)
その後幾度と変わったルールも多いが、目的としては力士としての品格を規定づけることを主としている。相撲節絵の宮中行事が途絶えてから約千年、それから明治に至るまで相撲は武道だけではなく、余興であり芸能であり続けた。逆に言えば芸能であればこそ途絶えることなく歴史に存在し続けたともいえる。ある意味「相撲」の神話への回帰は、芸能からの脱却であり、まずは力士の意識を変えることでもあった。そしてそれらはルールと、時には警察の介入により行われていったのである。

相撲部屋の名門時津風部屋の事件は、伝統・文化を守る意識から、残念なことだが起こるべくして起こった。「相撲」の歴史を紐解けば、「相撲」の改革は外部からの圧力によって、協会は致し方なく行動をとっているのがほとんどである。明治時代の危機脱却と、国技としての認知までのあいだ、協会は力士の行動をルールとして規範を設け改革してきた。今回どのような改革を行うのか僕にはわからない。

でも朝青龍の登場が、それがヒールとしての対抗軸としてでも、変革の兆しとして在るように思える。朝青龍と今回の事件との関連性は全くない。ただ、朝青龍は「相撲」が単なる「様式」であることに直感的に気がついていた。それは彼の育ってきた文化的背景の違いによるのかもしれない。そして「様式」は時として外すことも可能な「仮面」として彼に写ったとしても不思議ではない。 しかし「仮面」を「仮面」であることを認識できない人が多いように思える。

「仮面」が引き離せないほど密着し、それが主体としての自己を確定する時、名門時津風部屋の悲劇が起こるのである。事件の発覚はたまたま行われた司法解剖による所が大きい。故に過去において、それが実証困難であったにせよ多くの斉藤俊さんが存在したことは想像に難くない。

今回の事件への相撲協会の対応は様々な意見を呼んでいる。多くは協会対応の遅さであり、非難となって現れている。協会がどのような動きを見せるのか僕にはわからない。でも協会の動きは、我々が「相撲は国技」という認識を持ち、「相撲」から日本の「伝統」と「文化」を抽出し、さらにそれらの再生産を要請する姿勢にこそ、根本的な問題が隠されているように思えてくる。

何故「相撲」は日本の国技といえるのか、さらに「相撲」を日本の国技として在り続けてよいのだろうか、という素朴な問いかけこそが、「相撲」の改革を促し、しいては今回の事件を繰り返さない「考え」になると僕には思える。そしてその「問いかけ」への鍵を朝青龍と白鵬の異国の青年が握っているようにも思えるのである。

補足:「相撲、国技となる」(大修館書店 風見明著)によれば、相撲が国技となった理由は、明治四十三年の国技館開館による所が大きいとのことだった。
「国技なる言葉が初めて使用されたのは、江戸時代の化政期に、隆盛した囲碁に対して使用された時であったという。明治時代に入ってからの使用は、「国技館」が初めてだった。「国技館」は響きのよい名称と受けとめられ、各地に国技館が開館するに及び、「相撲は国技」の認識が出始め、これを一歩進めた「相撲が唯一の国技」の認識も出てきた。」(『相撲、国技となる』 大修館書店 風見明著)

2008/02/04

ある産業医との会話で思うこと

理由は忘れたが、あることで産業医と話をした。産業医とは企業の社員数規模に応じて法律で定められている嘱託・専属の医者のことで、専門家として社員の健康管理を行っている。
例えば社員が何らかの病で休職が必要なとき、産業医は企業の厚生部門と連絡を取りあい、社員が受診した外部の医者の診断書を元に休職是非判断を行う。彼が扱う情報はきわめてセンシティブなので、僕との会話の内容は一般的な内容だったが、あらためて考えることも多少あった。

これも法律で決まっている話だが、社員が休職をする場合1年半は期間に応じて基本給の100~80%の特別手当が支給される。ただ休職期間が3年間経ったとき、企業での雇用継続義務は消失するので自動的に退職することになる。そういえば「鬱病」による休職が最近多いと新聞で読んだことがある。何故このようなことを書くかと言えば、産業医との会話が休職制度に流れたからだ。

「復帰される方の割合はご存じですか」と彼は僕に聞いてきた。
休職をすると言うことは、会社を退職する気がないと言うことだから、少なくとも3年間で復職するべく養生に努めるのだろうと、何も考えずに僕は答える。
 
「そうですね、5割くらいではないでしょうか」
5割に根拠はない、本当はもう少し多いと思っていたが、質問をされたと言うことは、逆ではないかという気がして若干少なめに答えたのだ。
 
彼は苦笑して答える。
「3割に少し足りないくらいです」 
「えっ、そんなに少ないのですか」
「はい、これでも最近はあるトレーニングを取り入れて劇的によくなったのです。以前は2割くらいだったのですよ」

あるトレーニングというのは他企業の産業医でも取り入れている「図書館トレーニング」という方法であるらしい。つまりは擬似的に図書館を会社に見立て、9時-17時の間、図書館で何らかの作業をする訓練を一定期間続けるということである。

「図書館トレーニング」とその効果について彼は語る。僕は想像がつくので彼の話を上の空で聞き始める。僕は思う。おそらく彼は正しい、そして違う。正しいと思ったのは「図書館トレーニング」なるものが一定の成果を出していることだ。産業医である立場から言えば、彼は企業の世界に属している。つまり彼にとって社員が復帰するかしないかが問題なのであり、復帰率はそのまま彼の成果につながる。

会社に復帰しなかった約7割の人を思う。一つ言えるのは、その中の何割かは別の道を見つけ出し歩いていると言うことだ。そして残りの人々もいずれは自分の道を見つける。復帰した約3割の人がそれを立証している。2割と3割の違いは確かに図書館トレーニングの成果だろう。しかしそれは復帰すべきか否かについて迷う人を復帰に向けて後押しをしただけで、戻られたのは彼らの生きる力なのだ、と僕は思う。人間は単純な一つのスイッチがあるわけでもない。何かを押しただけで稼働するというわけではないと思うのだ。

ここまで書いて僕はまた別のことを思う。自分の道を見つけて歩き出すと書いたが、それも違うのかもしれない。人は他人がその立場で価値観を唱えようと唱えまいと関係なく、生きていること自体すでに歩いている。彼の意志でとか、選択しながらとも言わない。ただそこに在ること自体がすでに最善の結果なのだと思うのだ。

「コミュニケーション能力が落ちているのです」
彼の言葉が突然に耳に入る。僕は思わず「えっ」と聞き返す。
「離職されていた方が復帰したとしますよね、その時まで長期間仕事を離れていた方がいきなり業務に就けるかと言えば、それはできないのです。まずコミュニケーション能力が落ちている。それに計算能力、そして文章作成能力とかもね。これらの能力低下によって、復帰してからまた自信をなくされて退職される方も多いのです。」
もっともな意見だ。仕事を中心に考えればそういうことになるのだろう。僕は黙って聞いている。

会社でコミュニケーション能力が重要な能力であることはその通りだと思う。でもそれらの能力は復帰をすればそれほど時間がかからずにある程度は短時間で元に戻ることだろう。問題と思うのは、会社の中の特殊な価値観を共有できるかと言うことだ。そして自分と折り合いをつけられるかと言うことだろう。

折り合いを付けると言っても、確固とした自分を持っていることが前提というわけでもない。折り合いを付けられる自分は、おそらくその会社の中の特殊な価値観と対峙して始めて問題として浮かび上がると思う。対峙により浮かび上がった問題と、如何に上手く付き合えるのか、それはかつて休職以前に無意識でしてきたことでもある。その「こつ」を思い出せれば、彼は会社の中でなんとか過ごすことができるだろう。それでも無理なら別の世界を見つければよいのだ。

無論会社に残ることは生活の糧を得るのが最たる要因であると思う。しかしどうしようもないこともある。産業医の彼は人間を病気と健康の二元論で世界を見ているのかもしれない、ふと僕はそう感じる。医者は病気を治療し健康な状態に戻す役目を負っている、ことから病気と健康を分けて考えやすい。でも実際はそうではない、と思う。僕らは健康でもなければ病気でもない、と思うのだ。健康と病気の状態を人数分布で仮に現せば、病気側に限りなく長く伸び続けるロングテールの曲線を描くのではなかろうか。

3年間の休職期間があるという体制は悪いことではない。さらにそのシステムを利用できる人は恵まれているともいえる。そしてシステムを利用するために、休職者は積極的に医者が望む姿になるのだろう。

ひとしきり休職期間による能力低下の話を聞いてから僕は挨拶をして別れた。それから彼とは出会っていない。

2008/02/03

日本学術会議の代理出産の禁止案で思うこと

厚生労働省と法務省の審議機関である日本学術会議の代理出産の禁止案は一つの限界を示している。禁止の理由は、代理出産する女体のへの危険性であり、胎児に問題があるときのトラブルの発生への懸念である。いずれの理由も反論が出ることは必然であるにもかかわらず、具体的にはそれくらいの理由しか得られてないのだ。逆に言えば代理出産への流れが出来上がりつつあるということのように僕には思える。日本学術会議でも十分にそのことは認識されているのかもしれない、それが矛盾する「試行」制度の盛り込みに現れているのだと僕は思う。
代理出産の是非を議論している日本学術会議の生殖補助医療の在り方検討委員会(委員長・鴨下重彦東大名誉教授)は31日、東京都内で公開講演会を開いた。不妊夫婦が妻以外の女性に子供を産んでもらう代理出産を法律で原則禁止する報告書案に対し、参加者や委員からは賛否両論が出た。この日の議論を参考にして検討委は2月にも最終報告書をまとめる。(2008/1/30 日本経済新聞)
結論から言えば、日本の出産母胎による親権付与の背景には血統主義があるのでないだろうか。帰化以外の日本国籍所有者は概ね血統主義から日本「民族」と見なされる。つまりは日本人女性から産まれた子供は確実に「日本人」なのだという、今では根拠が薄い考えがあるように思えるのだ。無茶を承知で直感だけで僕は書いている。でも代理出産可能な国の多くは、調べてはいないので無責任な意見なのは承知でいえば、出生主義を持っている国が多いと思うのである。

それであれば代理に出産する女性は日本人にすればよいという反論も真面目に出てくるかもしれない、でもそういうわけにもいかない。なぜなら日本の血統主義は「家」という概念が密接に絡んでいるからだ。逆に言えば日本が血統主義から出生主義に切り替わるだけで、日本のコンテクストが大きく変わらざるを得ないことがわかる。

日本学術会議の出席者たちは何を守ろうとしているのだろう。代理母の肉体だろうか、それとも出産後に起きる様々な個別問題からだろうか。いやそうではない。守ろうとしているのは彼らの中にある括弧付きの日本なのだ、と僕には思える。だから容易には代理出産を認めるわけにはいかないだろう。

でもその戦略は間違っているとは言わないけど、少し違うように思う。彼らが代理出産を禁止するためには、逆に代理出産を賛成すればよい。そしてその賛成の条件により実際に稼働が難しいように持って行くのだ。何事もそうだが、禁止の主張は全面的な受諾の可能性を秘めているものだ。論議の中で注意しなくてはいけない意見は、全面禁止の主張ではなく、「一定の条件付き容認」を語る者の「条件」なのだと思う。

僕は代理出産は制度的に概ね全面的に認めていくべきだと思っている。最初からワーキングコードを作ることは難しいので、当初はバグだらけのコードであるのは間違いない。バグコードの対処で経験を積めるし、何をフォローすべきかの知識も構築できるだろう。仮に「条件付き容認」しか現実的でないとすれば、「条件」は緩やかにすべきだと思う。

当事者同士の金銭の授受がなくても、間接的に経済に影響を与えることだろう。新たなコードはいかなるものであろうと僕らに影響を与えぬものはない、と思う。代理出産を認める新たなコードが仮に書かれたとすると、そのコードは他の一見何の関係性を持たないコードの矛盾を露わにするものだ。おそらくその先にある何かをどのようにみているかが、日本学術会議と僕との違いにあるように思える。

2008/02/01

ブッシュ大統領の一般教書演説と万能細胞

最大の焦点を経済においた米国ブッシュ大統領の最後の一般教書演説で、経済以外で気になる事項が二つあった。一つは環境問題に関すること、もう一つは所謂「万能細胞」の研究促進を国是として改めて主張したことである。
「大統領は受精卵を壊さずに万能細胞を取り出せる新たな研究を「過去の論争を乗り越える突破口」と高く評価し、受精卵を使う胚性幹細胞(ES細胞)の支援法案に拒否権を発動した姿勢を大きく転換した。議会に対し「倫理上問題が大きい」とみる細胞関連の実験や研究成果の取引、特許の流用などを禁じる法整備も求めた。(2008/1/30 日経新聞)」
ES細胞の作製には受精卵を使う方法とクローン技術を応用する方法の二種類があるが、どちらの共通項は卵子を使うと言うことだろう。受精卵を使う方法のみが大きく取り上げられ、そこに「倫理上の問題」を組み込むことで「万能細胞」の研究に一定の歯止めをかけていたとも言える。皮膚から「万能細胞」が作製可能とする研究は、始まったばかりで多くのハードルがあるが、「倫理上の問題」という歯止めを取り外すことで、将来における新たな国力の礎となりえる可能性を持つことに誰も疑いを持たない。

ブッシュ大統領の演説でわかることは、「倫理上の問題」を「受精卵を壊さない」こと、さらには「人間の生殖系」に適用しないことに取り纏めたことだろう。倫理上の問題とすれば、その他にも様々な問題があるのは事実だと思う。それらを、ES細胞作製の方法としてのクローン技術の応用を無視したように、除外して「倫理上の問題」を一つにまとめた発言ともとれる。逆に言えば、ブッシュ大統領にとっても、支持基盤である保守層の意向を無視することは出来ず、しかしそれらが将来の米国における国益に対してボトルネックになりつつあると感じていたように思う。その中で新たな研究成果(iPS細胞)が発表されたので彼は飛びついたのではないだろうか。

共有する倫理問題であれば、ES細胞の研究当初より生殖系の「細胞関連の実験や研究成果の取引、特許の流用などを禁じる法整備」が行われてしかるべきだ。iPS細胞の登場によって法整備を行うとするのはどう考えても順番は逆であろう。つまりは「倫理上の問題」といっても「将来の国益」の視点からみればその程度の問題なのだ。

日本でも1月28日に万能細胞(iPS細胞、ES細胞)における生殖系研究は「当面」禁止とする方向で動いているので米国と同様である。
「iPS細胞や胚性幹細胞(ES細胞)から展開が考えられる生殖系の研究には(1)精子や卵子を作る(2)作った精子や卵子を受精させる(3)受精させた胚を子宮などに戻す、などの段階がある。研究が先行していたES細胞では、現在(1)からすべて禁止している。 文科省は、iPS細胞はES細胞のように受精卵を壊すことはないが、当面はES細胞と対応をそろえるのが妥当と判断した。(2008/1/28 朝日新聞から)」
映画「アイランド」(2005年米国)では、顧客の細胞から移植用の各臓器を作製しようと試みるがことごとく失敗する。臓器が臓器として作製されるためには器としての人間が必要だったのである。そこで科学者は顧客のクローン人間を造り一カ所に集めて管理し育てる。そこではクローン人間は人間ではなく、人間の言語を使う心臓だったり、肝臓だったり、子宮だったりとなるわけであるが、クローン人間達は自分が何者かは知らない。クローン人間達は自分たちが最終戦争の生き残りであり、最後の楽園「アイランド」に行くための準備をしているのだと洗脳されている。「アイランド」に行くことは実際は彼らの心臓・肝臓・子宮などを摘出することであり、器としての役目を終える時でもある。

iPS細胞から臓器だけの製作は将来において可能と科学者たちは語る。リセットされた細胞は特定コードの挿入により、コードに見合った姿に製作される。おそらく語るほど単純なことではなく、様々な関係要素により実際は何ができるかわからないのが本当のところだろう。もしかすればネズミの姿をした心臓、ウサギの耳を持つ肝臓、人間の内臓を持つ猿がそれらを代行することになるかもしれない。人間のために製作されたモンスター。現代のフランケンシュタインは継ぎ接ぎだらけではないはずだ。仮にそうなった時、倫理上の問題はどの様な姿で浮上するのだろう。

宮沢賢治の童話「フランドン農学校の豚」では、人間の言語を覚えた豚がなまじ人間とコミュニケートできてしまうことで、食肉になる契約をするように仕向けられる。童話の中では、動物は食用と言えども権利が認められ、食用のため屠殺される場合、動物の任意同意書が必要なのである。契約はあくまでも自発であり、人間たちは動物たちが自らの犠牲的精神で持って、その身を供することを疑わない。
作中のヨークシャイヤは「私儀永々御恩顧の次第に有之候儘、御都合により、何時にても死亡仕るべく候」なる奇怪な文章に前肢の爪印を捺すように求められ、どうにもブタらしからぬやり方で最後には屠られるのです。なまじニンゲンの言語を理解し、文字能力を身につけたばかりに、ヨークシャイヤは擬人化されないままのブタには要求されるはずもない武士道的従順さを強いられ、かといって擬人化の恩恵にたいして浴するわけもなく、ただ無残に、ニンゲンを肥やすための食材とされるわけです。(『擬人化の未来』西成彦)
宮沢賢治の童話における擬人化はあくまでも状況の比喩である。しかし僕らは比喩ではなく、動物が人間の言語を操る、内臓が走り回る、オリジナルと複写の区別がない生命が在る時代を迎えようとしているのである。米国と日本が生殖系の研究を「倫理上の問題」として禁止したとしても、誰かはその一線を踏み越える。そして米国と日本の研究者たちも彼らに追従して研究可能な場へと流れてゆくことだろう。だから日本でも生殖系の研究を解禁すべきと言っているのではない。止めることは難しいと言っているのだ。僕らは「禁止」だと叫ぶだけでなく、それに対応した考えを構築する必要もあると思うのである。

iPS細胞やES細胞を「万能細胞」と誰が名付けたのであろう。「万能」であると言うことは無限定であると言うことだ。つまりは無限と言うことだろう。万能で無限である存在、僕はその存在を「神」しか思い描けない。「万能」は限定で有限な僕の中に存在している。無限を有限が包括できるのかと一瞬とまどうが、それは「限定で有限な僕」という例えが誤りなのだろう。おそらく「万能細胞」は無限ではなく、僕は有限でもないのだ。人間の生を物質レベルで考えれば、誕生から死までの線分で捉える必要もない。僕を構成する物質は死んでもなお残り続ける。

おそらく万能細胞は言葉通りに「万能」ではない、と思う。しかし先々は整形医術・サイボーグ技術と一体もしくは棲み分けて、人間の欠損を補い、機能を拡張し、さらには新たな生命を創ることだろう。「万能」細胞に対する期待は、現在語られているような内容だけに収まりきれないのも事実だと思う。それが人間の精神にどのような影響を与えるのか、このことについて僕は間違いなく内部にいる。