Amehare's MEMO

投壜通信としてのブログ

2012/08/31

写真覚書1

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西脇順三郎は彼の詩論「超現実主義詩論」の冒頭で以下のように語る。 「詩を論ずるは神様を論ずるに等しく危険である」 何故危険なのかはともかくとして「詩」を「写真」と置き換えても支障はないように私には思える。 西脇はこの詩論で詩を論ずることの不可能性を示唆している。写真とは何かという...
2012/08/28

グループ展「写真。」に行って

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大阪で開催したグループ展「写真。」に行ってきた。グループ展「写真。」はFaceBookで繋がった有志30名がそれぞれ2点の合計60枚の写真で構成されている。「B0サイズ、一人二点」のルールを設け、あとは各々の裁量に任せる。ただ「写真とは」という問いかけに対する30人30様の答えと...
2012/08/20

メモ ルーシー・リッパード

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「命名すること」(naming) 「語ること」(telling) 「手に入れること」(landing) 「混交すること」(mixing) 「転倒すること」(turning around)  「夢見ること」(dreaming) 他者によって規定されたことを自らが表象し「命名」するこ...
2012/08/17

撮る欲望

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人間の見ている風景・モノをそのまま残したい(「記録」したいという意味でもなく、「したい」という欲望の意味で)欲望の発動は人類発祥からかもしれないが、写真の登場によりその欲望は変質したと思う。つまりは絵を描いたり文章で記録したりする欲望と写真を撮る欲望は何か根本的なところで違う様な...

「写真とは」とは 2

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僕が最初に購入したデジタルカメラはAppleのQuickTakeだった。35万画素のカメラは双眼鏡のような形をしており大きかった。さらに内蔵メモリに画像を蓄える方式だったのでメモリの拡張も出来ずカメラ本体とパソコンをつなげての伝送は使い勝手が悪かった。それでも画像がそのままパソコ...
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