母は僕が3つの頃に夫と死別をした。彼女の生きるための厳しい戦いはそれから始まったと言っても過言ではないと思う。でもそういう母にも幼い頃、そして学生時代とそれに続く時代があったのは紛れもない事実だ。でも僕はそれらを殆ど知ることはない。
幼い頃の母、そして学生時代の母、夫である僕の父との結婚生活、その時々に彼女がなにを見て、なにを聞き、そして肌でなにを感じたのだろう。
時折、年が離れた母の姉、僕にとっての叔母から、学生時代の母のことを聞くときもある。学生時代はお転婆で勉強よりはスポーツに熱中していたそうだ。彼女は卓球の選手だった、そしてクラシック音楽が好きだった、その中でも特に「アルルの女」が好きだった。そういうことを断片的に僕は叔母から教えられた。
父は、その叔母が学校教師だった頃に初めて受け持ったクラスの生徒だったという。父は叔母の教えに感銘を受け、たった一年の担任期間にもかかわらず、毎年の賀状は欠かさなかったそうだ、そしてそれが縁で父と母は結婚をした。
父は土木技師だったので現場が決まると半年間は家に戻らなかったそうである。そして父は33歳の若さでガンを患いこの世を去る。それからの母は今までの生活とはうってかわってて苦難の連続だったらしい、父の退職金と保険、そして幾ばくかの借金で、現在すんでいる場所で下宿屋を営む。下宿屋を撰んだ理由は幾つかあるだろう、でも最優先だったのは幼かった僕と姉のそばにいて生計を得れるということ。 それから今に続く母の事は僕も知っている。しかし母の気持ちまで知っているとは言い難い。
映画「JoyLuckClub」は4組の母と娘の物語である。この映画には8人の女性の、彼女たちの母への記憶が現在に結びつき語られる。映画のあらすじは調べればすぐにわかる。僕にとってはあらすじは問題ではない。映画を見て、まず思うことは、原作者エィミ・タンがこの小説を書かなければならなかった気持ちの強さだった。映画の脚本にもエィミ・タンは加わっている。
それほどこの作品は彼女にとって重要な作品なのだと思う。そしてそのメッセージは男性である僕にでさえ十分に伝わる。8人の女性、母の母も加われば計12名の女性の生き方は勿論一様ではない。僕の母の生き方がそうであるように、人と較べることができる人生などどこにもありはしない。そしておそらくこの国には、数千万の母親がいて、その一人一人に「JoyLuckClub」が存在している、と僕は思う。そしてその数千万の母親たちは、それぞれに愛する者たちが存在する。愛の連環の中で、互いに幸福を味わい、時として誤解を招き、場合により憎しみに変わることもあるかもしれない。
それは途方もない思いなので、目眩すら感じる。いまのところ僕にできることは、人を、人との関係の中で認めようと努めること、そして自分を生かすこと、そのくらいしか思い浮かばない。
小説「JoyLuckClub」の方は十年位前から読もうと思い続けていて、それでいて、読書の待ち行列では優先順位が後回しになりつづけていた。実は映画で公開(1993)していることさえ知らなかった。今回レンタルで映画を見て、やはり小説も読もうと思い至り、図書館に予約を入れた。
映画の監督はウェイン・ワン、僕の好きな映画「スモーク」(1995)の監督でもある。「スモーク」の方は、これまた好きな作家ポール・オースターの原作だったので、確か恵比寿ガーデンまで公開時に見に行った記憶がある。とても丁寧に映画を造る監督だと思う。僕にとって、「JoyLuckClub」は今後も何回も見る映画のひとつになるのは間違いない。
0 件のコメント:
コメントを投稿