8月は不思議な月だと、僕は思う。祖先の御霊が戻り、甲子園球児達が白球を追う、広島・長崎の平和祈念の日も忘れてはならないし、玉音放送が流れた時も蝉の声だけが聞こえるうだるような暑さの日だったと聞く。先だって読んだ「八月十五日の神話」(佐藤卓己)では、夏の話題に事欠く新聞社が記事作りのために始めた夏の甲子園について、「高校野球の社会学」(作田啓一)を引用し国民的宗教儀礼としていた。だから極度に「不浄」が忌まれるということになる。そういえば高知県の明徳義塾が喫煙と暴力で大会を辞退したとのニュースが流れた。たかが喫煙ではすまされないものが高校球児には今でも強く残っているのかもしれないが、このニュースに少し違和感を感じてしまった。喫煙の背後に重大な事件が隠されているのではと勘ぐってしまうのである。でもそういう事はなく、やはり高校球児に求められる姿が依然として変わっていない証左なのだろう。
昔から思っていたことだが、僕は人が多く亡くなる月は2月と8月だと思っている。2月は寒すぎ、8月は暑すぎ体力を消耗する。統計的なことは見たことがないので正直不明ではあるが、特に8月は死者の近くまで生者との境界線が動いている感を持つ。これもお盆などで培われた感性と言えばそれまでの話ではあるが。
会社から予定通りにしばらくの休暇を得た。それで今日は久しぶりに図書館に行ってきた。実は昨夜トーマス・ベルンハルトの事を知りたいと色々とネットで検索をしたが、思うように資料を得ることがでいなかったのだ。出来ればドイツ文学者のベルンハルトに関する論文を多く読みたいと思ったのだが、アカデミックの世界は僕のような一般人には門戸を開いていないようで、得られるものといえば目次案とかそういったもので、少しも面白いものはなかった。彼等学者達がドイツ文学を広めようとする気持ちはあるのかもしれないが、それであれば彼等の研究成果の多くを公開してほしいと僕は思う。
8月という時期によるものだと思うが、僕にはトーマス・ベルンハルトに関して一つの直感を持っている。それは今のところ仮説にもならない話なので、それを少しでも確証の種でも得ようと図書館に行ってきたのだ。成果は殆ど無かった。でもその時間、僕はあれやこれやと様々な空想の中で楽しい時間を過ごすことが出来た。
直感とはベルンハルト文学の解釈はオーストリアの歴史の中に鍵を持つと言うことだ。それを言ってしまえば当たり前のことかもしれない。でも僕の言いたいことはこういうことだ。オーストリアは1938年にナチスドイツに併合される。その後第二次大戦ではドイツ兵として徴兵され各地で連合国と戦うことになる。終戦後オーストリアは連合国側にナチス最初の犠牲者として承認され、ドイツ兵として戦ったことについては不問にされる。ただ、ナチスがウィーン入城の際はオーストリア人に熱狂的に受け入れられ、ナチス党幹部にもオーストリア人が多くいたことは事実なのである。だから、戦後オーストリアではナチス大物が長く政界に生き残ることになる。なおかつ東西冷戦状態が中立国としてのオーストリアを有利に導いたのも事実だと僕は思う。
いうなればオーストリアでは戦後の総括がなされないまま過ごしてきたと言うことになる。悪いのはナチスドイツで、自分たちは被害者である。殆どのオーストリア人達はそう思っていることだろう。その中でワルトハイム事件とハイダー現象が起きる。ワルトハイム事件とは、元国連事務総長のワルトハイムがナチスに関わり合ったという過去事実の暴露の中で、1986年にオーストリア大統領になったことからくる世界のオーストリア批判のことである。あり得ざる事が起きた事により、オーストリアの過去の克服は不十分ではないかという批判が世界各国からわき上がる。ハイダー現象とは、オーストリア政治家ハイダーがナチス賛美を演説の中で行った事からくる一連の騒動を言う。
ベルンハルトは1989年に亡くなっている。つまり彼は、ナチスドイツの併合時代、戦後の連合国占領時代、中立国時代、の流れの中でオーストリアが曖昧としてきた、敗戦か開放かの問題、そしてそれらの問題を克服することなく安易に犠牲者であり解放された事で過ごしてきた欺瞞を本質的に彼の文学の中に現しているのでないか、という事なのだ。
彼の文学に現れる、「愚痴」「悪口」「皮肉」とも言える文体、「死」「狂気」「病気」を中心とした展開は、それらの内容をこの方向で子細に読み解くことが可能だと僕は思うのだ。
そしてこの構図、ドイツ人は悪く自分たちは被害者である、は僕たち日本の姿をそのまま投影しているかのように思えてくるのである。この場合、ドイツ人は日本軍閥と政府ということになるのだろう。つまり僕にとってはベルンハルトを研究することは、そのまま日本に跳ね返ってくる事になる。それであれば、日本にベルンハルトのような小説家がいるかと言えば、僕の乏しい知識では思い浮かばない。要するに、僕等に足りない何かがそこにはあるのかもしれない。そんな予感さえしている。
上記のような僕の直感というか空想の線で、既にドイツ文学者の誰かが研究をしているのであれば、僕は是非とも読みたいと思う。
こんな事を考えるのは、やはり8月のなせる技かもしれない。高気圧に覆われた日本で、暑くうだるような図書館の前で、僕は半分目眩を感じながら青い空を見上げる。
2005/08/04
2005/07/14
書籍「八月十五日の神話」感想でなく雑感
「八月十五日の神話」(ちくま新書 佐藤卓己著)はメディア論を中心にし、八月十五日が「終戦記念日」として日本人に受け入れられてきた理由を実証的に解明している。佐藤氏は学究者としての立ち位置を崩すことなく、あくまで実証的な態度で書いている。少なくとも僕にとっては良書だと思う。この問題を扱った他の書籍を読んでいないので較べることができないが、この書籍を出すのに日本は戦後60年の時間を必要としたのではないかという思いを持つ。
実証的な態度で書かれていると僕は言ったが、佐藤氏の背景に「敗戦後論」(加藤典洋著)の影響があるように思える。それは本書中に「八月十五日の神話」が重要な箇所で引用され、その考えが了解されているから感じるのであるが、だとすれば研究する佐藤氏の意識の中に加藤氏のいうところの「ねじれ」があったとしても不思議でない。多くの批判と論争を呼んだ「敗戦後論」について、僕としては加藤氏の意見に全てではないが納得することが多かった。だからこそ僕が佐藤氏のこの書籍に違和感を覚える事が少なかったのかもしれない。
八月十五日が終戦記念日となった理由の一つとして佐藤氏は以下のように書いている。
『進歩派の「八・十五革命」は保守派の「八・十五神話」と背中合わせにもたれあう心地よい終戦史観を生み出した。』
(「八月十五日の神話」 佐藤卓己著 P256から引用)
進歩派の革命とは丸山真男の「八月十五日革命論」のことであり、保守派の方は九月二日の敗戦を象徴する降伏文書調印を忘れ、敗戦を終戦に変える意味である。さらに佐藤氏は、「八・十五革命」は戦前から戦後への連続性を見えなくする効果があるとも言っている。具体的には、敗戦によって破綻したメディア企業はほとんどなく続いているのである。この点が佐藤氏がさらに追求したい核みたいなものだと僕は思う。ただ、この書籍ではこれ以上は続かない。
「八月十五日の神話」の感想とは、具体的な本書の内容を書き表すことではないと僕は思っている。何故僕が今この本を読むのかという問いかけ、それは時代の雰囲気が僕に要請しているかだとは思うが、その問いかけに対して僕がどのように答えるかだと思うのだ。そして読んだ後に何が自分に残ったのかという事。その二つの質問に答えることが、この書籍の感想に値するのではないかと思う。でもそれにはしばらくの時間が必要なのは間違いない。
歴史は政治でもある。以下に本書に現れた主な日にちを記した。どの日を選択するかは、その人の考え方によって変わることだろう。佐藤氏は、沖縄の「慰霊の日」と「平和の日」から以下のように言っている。
『お盆の「八月十五日の心理」を尊重しつつ、それと同時に夏休み明けの教室で「九月二日の論理」を学ぶべきだろう』(同書 P258から引用)
1945年6月23日 沖縄 守備軍組織的戦闘終結「沖縄慰霊の日」
7月2日 沖縄戦米国側終結宣言
8月6日 広島原爆
8月9日 長崎原爆
8月14日 ポツダム宣言受諾
8月15日 玉音放送 1963年閣議で実質「終戦記念日」と法的に定める。
8月16日 日本軍への戦闘停止命令
9月2日 ミズーリ艦上での降伏調印 米国等の対日戦勝記念日
9月3日 旧ソビエト北方諸島ほぼ占領 ロシア・中国の対日戦勝記念日
9月5日 旧ソビエト歯舞群島占領完了
9月7日 沖縄 残存日本軍降伏調印 「沖縄 市民平和の日」
1951年9月8日 サンフランシスコ講和条約調印
1952年4月28日 サンフランシスコ講和条約発効 日本占領終了
1972年5月15日 米軍沖縄占領終了
ちなみに僕は、8月15日のラジオ放送において、玉音放送(4分37秒)の他に放送委員の解説と再朗読、さらに内閣の国民に対する告論、ポツダム宣言受諾までの経緯と各文書の内容などを放送し、総放送時間は37分30秒に及ぶ時間であったことを知らなかった。終戦詔書の漢文混じりの難解な文体を、即時理解できる能力があったのかと単純に思っていただけだった。その意味では僕は全くこの件に関して無知であったと思う。
実証的な態度で書かれていると僕は言ったが、佐藤氏の背景に「敗戦後論」(加藤典洋著)の影響があるように思える。それは本書中に「八月十五日の神話」が重要な箇所で引用され、その考えが了解されているから感じるのであるが、だとすれば研究する佐藤氏の意識の中に加藤氏のいうところの「ねじれ」があったとしても不思議でない。多くの批判と論争を呼んだ「敗戦後論」について、僕としては加藤氏の意見に全てではないが納得することが多かった。だからこそ僕が佐藤氏のこの書籍に違和感を覚える事が少なかったのかもしれない。
八月十五日が終戦記念日となった理由の一つとして佐藤氏は以下のように書いている。
『進歩派の「八・十五革命」は保守派の「八・十五神話」と背中合わせにもたれあう心地よい終戦史観を生み出した。』
(「八月十五日の神話」 佐藤卓己著 P256から引用)
進歩派の革命とは丸山真男の「八月十五日革命論」のことであり、保守派の方は九月二日の敗戦を象徴する降伏文書調印を忘れ、敗戦を終戦に変える意味である。さらに佐藤氏は、「八・十五革命」は戦前から戦後への連続性を見えなくする効果があるとも言っている。具体的には、敗戦によって破綻したメディア企業はほとんどなく続いているのである。この点が佐藤氏がさらに追求したい核みたいなものだと僕は思う。ただ、この書籍ではこれ以上は続かない。
「八月十五日の神話」の感想とは、具体的な本書の内容を書き表すことではないと僕は思っている。何故僕が今この本を読むのかという問いかけ、それは時代の雰囲気が僕に要請しているかだとは思うが、その問いかけに対して僕がどのように答えるかだと思うのだ。そして読んだ後に何が自分に残ったのかという事。その二つの質問に答えることが、この書籍の感想に値するのではないかと思う。でもそれにはしばらくの時間が必要なのは間違いない。
歴史は政治でもある。以下に本書に現れた主な日にちを記した。どの日を選択するかは、その人の考え方によって変わることだろう。佐藤氏は、沖縄の「慰霊の日」と「平和の日」から以下のように言っている。
『お盆の「八月十五日の心理」を尊重しつつ、それと同時に夏休み明けの教室で「九月二日の論理」を学ぶべきだろう』(同書 P258から引用)
1945年6月23日 沖縄 守備軍組織的戦闘終結「沖縄慰霊の日」
7月2日 沖縄戦米国側終結宣言
8月6日 広島原爆
8月9日 長崎原爆
8月14日 ポツダム宣言受諾
8月15日 玉音放送 1963年閣議で実質「終戦記念日」と法的に定める。
8月16日 日本軍への戦闘停止命令
9月2日 ミズーリ艦上での降伏調印 米国等の対日戦勝記念日
9月3日 旧ソビエト北方諸島ほぼ占領 ロシア・中国の対日戦勝記念日
9月5日 旧ソビエト歯舞群島占領完了
9月7日 沖縄 残存日本軍降伏調印 「沖縄 市民平和の日」
1951年9月8日 サンフランシスコ講和条約調印
1952年4月28日 サンフランシスコ講和条約発効 日本占領終了
1972年5月15日 米軍沖縄占領終了
ちなみに僕は、8月15日のラジオ放送において、玉音放送(4分37秒)の他に放送委員の解説と再朗読、さらに内閣の国民に対する告論、ポツダム宣言受諾までの経緯と各文書の内容などを放送し、総放送時間は37分30秒に及ぶ時間であったことを知らなかった。終戦詔書の漢文混じりの難解な文体を、即時理解できる能力があったのかと単純に思っていただけだった。その意味では僕は全くこの件に関して無知であったと思う。
2005/07/13
9.11の記憶、八月十五日の神話
9.11の事件が起きたあの日あの時間僕は、会社ではなく自宅にいてテレビでの生中継を食い入るように眺めていた。メディアから垂れ流しに放映していた映像は、アナウンサーの絶叫とともに、僕の中で一つの記憶となった。それはメディアが造る一つの社会として共有する記憶に変質する。ただし僕は何故自宅にいたのか、その理由を今でも僕は覚えている。それはあまりにも個人的なことであり、ここで話すことを控えるが、9.11の記憶は僕にとっては、その理由とリンクして意識の中で一つの場を作り出した。それは個別な記憶であり、その記憶が強い事により、メディアが報道し形成する記憶が、個別の記憶を完全に塗り替えることもないと思う。
9.11の映像は、ピンポイントで見ればビルが崩壊し逃げまどう映像であるが、時系列には、同北棟激突、国防総省激突、ペンシルベニア州墜落の事件を知る必要があるし、また米国と中東との歴史を体系的に理解することでさらに奥深く知ることができるだろう。メディアが垂れ流しに放映した映像ではそこまではわからない。それはメディアで繰り返せば繰り返すほど、造られた一つの記憶として社会において一つのイメージを形成する。
ロンドンでの事件が今後どのような姿で、社会の記憶として形成していくのだろう。個別の記憶は必ず変質していく、それは実体験としての記憶だとしても、写真その他の記録された媒体にむかい、整合性をとるように記憶のシステムは動くかのようだ。
「八月十五日の神話」(佐藤卓己、ちくま新書)を読んだ。8月15日とは一般に終戦記念日と呼ばれている日のことである。この書籍の感想は別途自分の中で落ち着いたときに書こうと思う。確か「極東ブログ」の記事「終戦記念日という神話」にもその辺のところが書かれている。いみじくも佐藤さんの書籍と「極東ブログ」の記事タイトルは、ほぼ同じである。でもその立ち位置は若干の違いがある。佐藤さんの場合、メディア論として8月15日が如何にして終戦記念日になっていったのかが語られる。「極東ブログ」の場合、根底には敗戦国になり、現在ではそれを忘れている日本への独特の情感が流れているように感じられる。それはたぶん、現在多くの日本人が、勿論僕も含めて、失った感覚のようにも思える。だから僕はそれを具体的に書くことが難しい。極東ブログさんの書き方は実証的ではあるが、根底には文学があるように僕には思える。そのように書くことで、何かを文体のなかから読み手に感じさせる。その意味では、「極東ブログ」の記事の方に僕の魂は揺れ動かされる。
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