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2009/08/27

宮沢賢治と猫

賢治は猫が嫌いだったという説がある。彼の詩「猫」が発端のこの説は、無論取るに足らない話である僕には思える。

詩「猫」は短い詩だ。宮沢賢治が友人宅で年老いた猫と顔を合わせたところから詩は始まる。賢治はその猫を見て「パチパチ火花を出すアンデルゼンの猫」を思う。
年老いた猫は賢治の方に歩いてくる。そして彼の「猫は大嫌い」という言葉が続く。その年老いた猫が賢治の方に歩いてくる描写がとても美しい。
「実になめらかによるの気圏の底を猫が滑ってやって来る。
(私は猫は大嫌ひです。猫のからだの中を考へると吐き出しさうになります。)」
(宮沢賢治 「猫」より抜粋)
猫は賢治のそばで身繕いを始める。その姿を見た賢治は、何か得体の知れない網のようなものが猫の毛皮を覆うように感じる。その後、年老いた猫は小さく鳴いて暗闇の方に去っていく。また賢治は思う。「どう考へても私は猫は厭ですよ」と。

この詩に登場する猫はまぎれもなく現実界に存在する猫だ。そして「猫が大嫌い」という言葉とは裏腹に、猫を正確に、しかも文学的に描いているように思える。
賢治が年老いた猫の登場から去るまでの間、その猫を凝視していたのがとてもよくわかる。だからか、この詩の短さの中に、賢治の内的な時間の経過が読み取れる。
正直に言えば、僕は、この詩はそれほど優れた作品とは思っていない。ただ賢治のまなざしは的確に現実の猫の存在を捉えていたと僕は思う。

宮沢賢治の童話の中に登場する山猫を含めた猫たち。特に山猫ではなく猫が登場する童話として「猫の事務所」が知られていいる。
ただ「猫の事務所」に登場する猫たちは擬人化されていて、詩「猫」の猫とは全く違う。
擬人化は、直接に語り得ないことを、動植物を擬人化することで、そのものに語らせるための文学的手法だと僕は思う。だから、「猫の事務所」に登場する猫たちは、猫として登場するが、実際は猫ではない。

賢治の「擬人化」を多言語主義もしくは植民地主義を背景として初めて捉えたのが、西成彦「森のゲリラ宮沢賢治」だったと思う。

山猫を含め擬人化された動物たちは、日本語と、そして彼らの言葉と、複数の言葉をしゃべる。何故、彼らは複数の言語を操るようになったのか。何故、山猫は自分たちの文化を恥じなければならなかったのか。
この問いかけは、もう一つの方向もあると僕には思える。何故、複数の文化と複数の言語が単一にならなければならなかったのか。

詩「猫」に登場する猫は、賢治にとって嫌な存在として写る。(しかしそれでいて彼は猫の体の中を考えることが出来るのだ。)その年老いた猫は賢治に擬人化をさせることを許さない。それは1個の存在として賢治に対峙する。だからこそ、逆に賢治はその年老いた猫に一種畏怖に近い感情を持ち、「私は猫は大嫌ひです」となったのではないかと、僕は考える。
それはあくまでも、彼の文学的感性ゆえの言葉、詩作ならばこその言葉であったと僕には思えるのだ。

ところで、詩にある「パチパチ火花を出すアンデルゼンの猫」とは何だろう。アンデルセンの童話は絵本としても童話としても読んだが、この猫だけははっきりと思い出せない。ただ「みにくいアヒルの子」の中で、猫とニワトリの会話において、そんな猫が登場していたような記憶がある。違っただろうか。

2007/01/16

タマもどきの最期

駒沢公園にはかつて「タマもどき」という名前の猫がいた。

彼は駒沢公園の西側を支配していた大ボスで、とにかくケンカが強かった。彼にかなう猫は駒沢周辺には存在しなかった。それでも、タマもどきに対抗する勇敢な猫がたまには現れる事もあった。なにしろ大ボスであれば、一つのハーレムを造ることが出来る。それも半端なハーレムではない。雄猫であれば誰でもボスになろうとするだろう。自分の子孫を残したいという本能があるから。

でもタマもどきは強かった。相手の猫は顔を大きく腫らすくらい怪我をするか、その前に彼の迫力に負けて逃げ出すかのどちらかであったという。

タマもどきの名前は、昔駒沢公園に美人で賢いタマという白黒の猫がいて(これも伝説となった程の猫)、その猫に似ていたのが理由らしい。でも似ていたのは姿だけで性格は似ていなかった。

そのタマもどきが昨年2006年12月24日に亡くなった。歳にして15歳くらいというから、まぁ大往生なのかも知れない。聞けば死ぬ一週間くらい前まで、雌猫と見れば追いかけ回していたという。英雄色を好むと言うが、これは猫の世界でも当てはまるのかも知れない(笑

僕はこの話を駒沢公園に住んでいる方から聞いた。その方が住んでいるところ(駒沢公園のとある場所)には猫が20匹以上集まっている。僕はその猫を時々撮りに行っている。その縁で言葉を交わすようになった。その方はとにかく猫が大好きで、猫の話をしたらとまらない。そして僕は彼からタマもどきのことを教えられたというわけである。

その話を聞いた時、一つの考えが頭をよぎった。家で一緒に暮らす猫(ジュニア)を駒沢公園で拾ったのは、今から10年くらい前になる。ジュニアは雑種で、毛の色は白が多い。想像では三毛と白黒の血が混ざっているのではないかと思っている。そして拾ったのは駒沢公園の西側である。産まれてすぐに紙袋の中に入れられ捨てられていた。誰が捨てたのかはどうでもいい。今ではジュニアと一緒にいられることが僕には嬉しいのだから。

頭をよぎったのは、もしかすればジュニアの父親はタマもどきかも知れない、ということだ。10年前と言えば、タマもどきは5歳、絶頂期である。タマもどきが家で飼われていた三毛猫を襲い、望まぬ子としてジュニアが産まれた、そして捨てられた・・・・(なんかどこかの昼メロの様な話になってきた 笑)
その可能性は否定できない。なにしろタマもどきの子孫は駒沢公園には多い。白と黒の猫は殆どが彼の子孫なのだ。

話を聞き、家に帰ってジュニアの顔を眺める。彼は餌をくれるのかと思い、にゃんと鳴く。親がいなくても子は育つと言うが、ある意味猫は人間より逞しい。そんな気がしてきた。

2006/12/02

都会に住む猫の立場で

The cat'll be there

猫について語るとき、僕は人間が総て悪いという考えに陥らない様に注意している。

確かに都会に住む猫たちは、かつて、その猫自身が、もしくはその猫に繋がる先祖が、人間に飼われていたことだろう。そうでない猫は日本には存在しない。そして多くの猫たちは、人間の都合(猫の都合に対して)で野良猫となる。

でも考えようによっては、猫たち種の存続をかけた戦略が、人間を利用することにあったとも言える。
人間は猫を利用することで、穀物を鼠などの小動物から守り、時には愛玩動物として癒され、また子どもの遊び相手にもなる。
猫は人間を利用することで、厳しい自然淘汰の中で、種の絶滅を免れるどころか、世界的に繁栄することとなった。

仏教経典を鼠の被害から守るために、中国から日本に初めて渡った猫の先祖は、当初、貴族達の間で屋敷内に紐に繋がれ珍重されたらしい。それが広く愛玩動物として飼われ始めたのは江戸時代になってからで、その時は外で飼うのが一般的だったそうだ。

時代によって人間の猫への対応も変わる。よく猫はそれについてきていると思う。猫の対応の広さが、人間のそれに近いのかも知れない。もしくは、彼らもきっと人間との付き合いの中で、色々と学んできたのだろう。

それでも、人間の環境の中で暮らす猫たちは、人間との対応の中で分は極めて悪い。追われ、いじめられ、殺されるのは、間違いなく猫の方である。

平成の教育法改正により日本の伝統音楽を学ぶ時間が増えた結果、猫泥棒が横行した。彼等は和楽器の材料として猫たちをさらった。動物愛護改正法が施行されてからは猫泥棒は少なくなったが、それでも猫たちを動物実験などの為に連れて行く人は今でもいる。

2001年から2年、公園では猫の殺害事件が頻発した。それを憂慮する有志が警察に被害届を提出した。しかし時は祖師谷の世田谷一家殺害事件捜査の真っ最中で、猫たちの殺害事件どころではなかった。

今でも時折公園で猫は殺される。傾向としては快楽殺害的な方向にいっているらしい。猫は殺され、そして人目の付くところに放置される。猫の死骸を目にした人の反応を楽しむのである。

つい最近も、自分の勇気の証明に猫を殺した若者がいた。

他にも犬に噛まれて殺される猫も多い。夜の公園で、自由に犬たちを遊ばせようと、犬の紐を外す飼い主がいる。飼い主の目の届かぬ所で、発作的に現れる犬の本能が、猫を追いつめ噛み殺すのである。

人間の社会に住む猫たちの動向は、人間社会の動向に敏感に反応する。むしろ真っ先に影響を受けてるのかもしれない。猫が殺される社会。そして今では幼児が殺される。その関係を結びつけるのは考え過ぎかもしれない。年間数万人が行方不明になるこの国で、猫が殺される事を過大評価するつもりもないが、やはり何かが繋がっているかのように僕には思える。

公園横の大学の先生が毎日決まった時間に猫たちの餌を与えに来る。その方によれば、多いときで15匹以上の猫が食事をとりにきたそうである。最近は2匹しか来ない。「公園の猫の天敵は犬と人間です」、先生はそう語る。

猫が人間と生活し、今では人間と共に暮らさなければ猫は生きてはゆけない。公園の猫にとって天敵は人間かもしれない、でも猫も人間も生きるためにお互いを必要としている。

The cat'll be there

今年は例年になく町中で多くの猫と遭遇した。写真を撮れる状況にあれば出来るだけ僕は写真に収めたが、その数は出会った数十分の一である。
町中で気がつけば彼らはそこにいた。しっかりとそこにいる彼らの存在を僕は感じた。考えてみれば、今年の一年はそういう年であった。

今年の秋は暖かった。そして知らぬ間に12月になり、冬の到来を告げるかのように段々と寒くなっていく。今年出会った全ての猫たちが無事に冬を乗り切って欲しいと、僕は密かに願う。

2006/11/18

木登り猫


猫は木に登る。これは周知の事実だと思うが、でも実際は木に登る猫を見かけることは少ない。街の中では猫が登れそうな木が少ないこともあるのかもしれないが、大体は塀を通り道にして行きたい場所に向かう。
猫が木に登るには、登るだけの理由が必ずそこにある。例えば獲物を追いかけてとか、逆に追いかけられて逃げるためとか。
そして木に登った猫たちは、降りるとき一様に苦労することになる。彼らは登るときもそうだが、降りるときも頭を先にして降りるしかないのだ。だから勢い余って木の高見に登った猫は、場合により自分の力で降りることが難しくなるときもある。
そう言えば以前に木の上で丸くなって休んでいる猫を見かけたことがある。その猫はアリスに登場するチェシャー猫のように、丁度通り道の真上の枝にいて見下ろしていた。でも彼はチェシャー猫の様に笑ってはいなかった。不審者が下を通るたびに怯えたような目をして相手を凝視していた。
彼がどうして、もしくはどうやって、その高さの枝まで辿り着いたのか、僕にはわからない。でも数時間後にその下を通り過ぎたときには猫はいなかったので、無事に降りることが出来たのだろう。
勢いで登ってしまい、降りるのに途方にくれたのだろうと僕は想像した。でも数日後、たまたま同じ場所を通った時、あの猫が同じ枝で丸くなっているのを見かけた。
実を言えば、その日だけでない。僕は何回か同じ猫がその枝で丸くなっているのを見かけた。その度に、初めて見かけたときのように、彼は怯えた目で僕を凝視していた。
明らかに彼は自分の意志で木に登っていた。そして枝の上で丸くなり、怯えたような目で下を通る人を眺めているのだ。より高見にいて獲物を捕まえる機会を待つのが猫族の習性なのかもしれないが、僕は彼以外で同じ様な行動をとった猫を今まで見たことがなかった。
その猫を見たのは今年の春の頃、梅花の季節が終わり桜の開花が間近だった頃の短い期間だった。桜の開花が始まり、花見の人達が増える頃、彼は姿を現さなくなり、全く見かけなくなった。
今頃どこでどうしているのだろう

2006/11/07

門番猫



街を歩いているときに出会った猫。アパートと思われる入り口の塀に座っていた。自由が丘の街のはずれとはいえ、それでも様々な店が建ち並び、行き交う人も多い。その中を平然として置物のように座っている。

近くを通り過ぎるまで全く気が付かなかった。丁度、その猫の横を通り過ぎようとしたとき、ふと僕の視界に入った白い動物、ぱっと視線を向けると思わず猫と目と目があった。

カメラを構え、少しだけ猫に近づく。

たいていは、ここで猫は僕と等距離を保つ様に少し離れるはずだが、猫は微動だにしない。とても人間に慣れている感じだ。
いや、それ以上にこの場所では彼(彼女?)の方が主なのである。だから離れるとすれば当然に僕の方だと、そういった感じで猫は僕を眺める。

何枚か写真を撮ったとき、二人の女性が近づいて来た。母とその娘と思われる二人は、写真を撮っている僕の横に立ち、猫に話しかける。

「写真撮ってもらっているの。よかったわね。綺麗に撮ってもらわなくちゃね。」

その猫を見知っているかのような言葉を聞き、僕は彼女たちに話しかける。

「この猫の名前はなんて言うのですか?」
「え?」と母親らしき女性は少し首をかしげ、それから微笑んで、「さぁ・・・」と答え、さらに続ける。
「この猫、いつもここにいるんですよ。来る度にね、この猫に会いに来るんです。今日も会いに来たんです。」
「へぇー」と間抜けに頷く僕。あらためてこの猫を眺める。何か凄い猫だと思った。何が凄いのか皆目見当が付かないが、とにかく凄い猫だと思った。

母親の傍らにいた女の子が猫を見上げ、にこにこしながら猫に話しかける。
「かわいいねぇ、かわいいねぇ」
女の子の声は綺麗なソプラノで、僕にはそれがとても心地よく聞こえる。
「きっと私たちの話すことが猫にはわかるんだと思うわ」と母親が娘に向かって言う。
女の子はさらに何度も何度も「かわいいねぇ、かわいいねぇ」と猫に向かって話しかける。

すると、短くだがはっきりと、猫は「にゃー」と一回だけ鳴いた。その声を聞き二人は、無論僕も、満面の笑顔。
「かわいいねぇ、かわいいねぇ」
女の子の語りかける声が徐々に猫の鳴き声のように聞こえてくる。そして本当に女の子の言葉が猫に通じているのかもと思い始める。

女の子が見上げ猫がそれに応える様を、写真に撮ろうかと迷ったが、なにかしらそれは不謹慎な行為のように思え、僕はただ猫だけを写真に撮り続ける。
そしてしばらくして僕はその場を離れた。少し歩いて後ろを振り返ったら、まだ親子はその場で猫と話し続けていた。

2006/07/18

犬の散歩、それは恐ろしい体験

on fence

公園に行くと犬連れの人が目立つ。犬を飼うというくらいだから、連れて歩いている人は皆犬好きなんだろう、などと愚にもつかぬ事を思う。

犬好きは、公園の散歩などで、お互いに犬好きであることがわかる。猫好きの場合はそういうわけにはいかない。自ら「私は猫が好きです」、と宣言をしなければ、互いに知るよしもない。だからといって、そんな宣言をする人もいない。

一度だけだが、家で飼っている猫を公園散歩レビューさせようと思ったことがある。冗談ではなく真面目にそう思った。そして猫の散歩用の紐(ちゃんと売っている)を買ってきた。でも試みる以前に、しばらく猫と過ごし、それは叶わぬ夢であると思った。

でも今では、猫が犬の様に散歩をしなくても良いことが何よりも嬉しい。猫との生活は、必要以上に干渉しないこと。干渉せずとも、見ているだけで、側にいるだけで楽しい。

一度友人宅に行ったとき、その家で飼っている犬の散歩を頼まれた。何で僕がと思ったが、夫妻はそろって用事があるという。お互いに気心が知れた仲だし、別に頼まれたことで嫌な気分になることもない。外では黒くて大きな犬が、「キャンキャン」と散歩に連れて行けと吠え続けている。聞けばここ2・3日散歩をしていないらしい。

「ストレスが溜まっているんだなぁ」、などと友人が他人事のように言う。

「おいおい、それを僕に連れ出せと言うのか」、少しだけ怖じ気づき僕は言う。

友人はにやにやと笑っている。その顔で僕は苦笑し、なんて奴だと友人を見る。

一応歩くコースを教えてもらったが、見知らぬ土地で具体的に言われても、言われた方が困る。まぁ犬が帰り道くらい覚えているだろうと高を括る。僕はその時まで一度も「犬の散歩」なるものを経験したことがない。公園などで見かける姿は結構優雅である。しかしこの犬は凄かった。今までの僕の犬の概念が根底から覆されたのである。

犬の散歩があれほど力を必要とするとは知らなかった。おそらく犬にとっては見知らぬ人間、つまり僕などは初めから眼中になかったのだろう。静止の言葉も聞かず、逆に俺に続けとばかりに、僕を引っ張り、自分の行動を譲らない。これじゃあ犬の散歩か僕の散歩か区別が付かない。しかも友人宅からどんどんと離れていく。そんな時、不意に犬は立ち止まり、
鼻を地面にこすり臭いを嗅ぎ始めた。そしてその後の小便。そしてまた僕を引っ張り歩き始める。そして止まり臭いを嗅ぎ小便。その組み合わせを5回以上は繰り返したと思う。僕はただ呆れるばかりである。

まずは、よくもまぁこんなに小便が出るものだという驚き。この犬は必要な時に小便を出す特技でも会得しているのだろうか。もしくは出すと止るを自分の意志でコントロールできるのだろうか。それともこれが犬の特性なのかもしれない。もしそうだったらこいつは凄い。

犬の行動は、多分、自分の縄張りを小便で宣言していると思う。しかし公園での見かける犬の散歩で、同じ仕草を見かけたことがなかった。

逆に動物として縄張りを宣言するのは必要なことなのかもしれない、などとあらためて僕の前で臭いを嗅いでいる犬を見てそう思う。そうすると今まで僕が公園で見てきた犬たちは、あれは一体なんだったのだろう。見知らぬ土地で、犬に引っ張られ、どんどんと友人宅から離れ、しかもあたりは夕闇が近づいている。そんな中で僕は、そんなことくらいしか考えられないほど、この犬の従者になりつつあった。

この話の結末はどうなったのか。それはありきたりの話だが、友人がいつまでも戻らぬ僕等を気にして、犬が行きそうな場所に来てくれて僕は解放される。

二度と犬と散歩はしたくない・・・

2006/07/08

ジュニアの年齢

side face

帰宅時に玄関を開けると足下にジュニアがいた。出迎えてくれたのかと内心喜んだが、そんなことはなく単に表に出たいだけだった。おそらく僕の足音で玄関がすぐに開くのがわかり、しばらく玄関前で待機していたのだろう。5月頃からジュニアは何かといえば表に行きたいとせがむ。本当は表なんかに出したくはないのだが、扉もしくは窓の開き閉めなどで隙を見てするりと表に飛び出す。家の中にいればいいのに、今の時代は猫にとって表は危険だよと、ジュニアに向かって語りかけるが、彼は聞かぬ振りをして足早に塀を伝ってどこかに消えていく。

家の中でのジュニアの姿は主に寝ている姿である。それはそれで見ているだけで安らかな気持ちになるから不思議なものだ。
たおやかな蜂のような背中。
ときどきぴくりと動く耳。
丸まった足の裏からのぞいている肉球。
おれの無口なペン先で
とても描写出来ないほどとらちゃんは愛らしい。
彼女がおれの罪を洗い流してくれるのかもしれない。
   そんな予感めいたものも、
ちらりとだがある。  
(「おれの罪を洗い流せ」 中島らも から引用)

中島らものとらちゃんに対する気持ちは僕に真っ直ぐに届く。そして猫のこと、ジュニアのことを沢山書きたいのに、変に気取る僕は容易にブログに猫達のことを書かないのに気が付く。ジュニアは既に10歳を越えていると思うが、実は指折り数えなければ正確な年齢を普段は言い当てられない。人間であれば年齢と共に容姿もそれなりに変わっていくが、猫の場合も変わっているのだろうが、 僕にはよくわからない。

常に僕の前にいるジュニアは、成長が止まった時から何も変わっていない。そんな風に思っていた。ところが若い頃の写真と較べてみると、確かにジュニアは歳をとった顔になっているのがわかり、少し愕然とした。「愕然」とは大袈裟なように聞こえるかもしれないが、確かにその時の僕は「愕然」としたのだ。上の写真は現在のジュニアの写真である。昔に較べ白髪が確実に増えている。

愕然としたのは、丁度子供が親が老けたのを知り内心狼狽える心境と同じだった。僕の悲しみ、喜び、様々な事象の中での気持ちの拠り所として、知らぬ間にジュニアに寄りかかっていた。そういうことなのだろう。

お前も歳をとったんだなぁ、とあらためてジュニアを見て僕は思う。 僕の罪をお前は洗い流してくれるか。いやいやお前はもう十分にしてくれた、僕が頼りなくて悪いなぁと声をかける。その時のジュニアはきょとんとした表情をして、それから煮干しをくれとせがんだ。

追記:今月(2006年7月)、中島らもの三回忌を迎える。
関連:中島らも オフィシャルサイト

2006/05/28

都会に住む猫を見つめる視点で


he lives in the park Originally uploaded by Amehare.

ここ数日は雨が続き、今日久しぶりに晴れた。しかも日曜日、公園は今までの憂さを晴らすかのように人で溢れかえった。犬連れの人も多く、様々な種類の犬たちが飼い主と一緒に歩いている。楽しい一時を過ごす彼等の中で、おそらく公園に住む猫たちのことを気にかける方は少ない。

平成の教育法改正により日本の伝統音楽を学ぶ時間が増えた結果、猫泥棒が横行した。彼等は和楽器の材料として猫たちをさらった。動物愛護改正法が施行されてからは猫泥棒は少なくなったが、それでも猫たちを動物実験などの為に連れて行く人は今でもいる。

2001年から2年、公園では猫の殺害事件が頻発した。それを憂慮する有志が警察に被害届を提出した。しかし時は祖師谷の世田谷一家殺害事件捜査の真っ最中で、猫たちの殺害事件どころではなかった。

今でも時折公園で猫は殺される。傾向としては快楽殺害的な方向にいっているらしい。猫は殺され、そして人目の付くところに放置される。猫の死骸を目にした人の反応を楽しむのである。他にも犬に噛まれて殺される猫も多い。猫たちの動向は人間社会の動向に敏感に反応する。むしろ真っ先に影響を受けてるのかもしれない。猫が殺される社会。そして今では幼児が殺される。その関係を結びつけるのは考え過ぎかもしれない。年間数万人が行方不明になるこの国で、猫が殺される事を過大評価するつもりもないが、やはり何かが繋がっているかのように僕には思える。

公園横の大学の先生が毎日決まった時間に猫たちの餌を与えに来る。その方によれば、多いときで15匹以上の猫が食事をとりにきたそうである。今日は2匹しか来ていなかった。「公園の猫の天敵は犬と人間です」、先生はそう語る。

猫が人間と生活し、今では人間と共に暮らさなければ猫は生きてはゆけない。公園の猫にとって天敵は人間かもしれない、でもやはり共に助け合い生きてゆけるのも人間なのだと僕は思う。

2006/05/26

モノクロと言う名前の猫


Mono-KuroOriginally uploaded by Amehare.

彼女は美しい。座っている姿、佇んでいる姿、どの姿にも僕には気品を感じさせる。見ていて飽きない。そして僕が見ていると、モノクロもじっと僕を観察している。

名前の由来は白黒の「モノクローム」からだと、名付け親である方に聞いた。モノクロは公園で生まれ育った。片方の眼は生まれて間もない頃に事故にあったという。事故の内容は聞いてはいないが、外で暮らす猫にとって大きなハンデであるのは間違いない。

どことなく家のジュニアに似ている。だからこそ僕はモノクロに愛着を持つのかもしれない。白黒の猫は身体が大きくならない、端正な顔立ちをしている、あまり泣かない、等と聞いたことがある。その言葉に漏れずモノクロも身体は小さい方だ、そして無口である。モノクロがじっと僕を見る目線に耐えられず、僕は思わず目線を外す。そして外したことに少しだけ戸惑う。

モノクロは生きている。懸命とか頑張ってとかの形容詞は彼女には無縁の話だと思う。それは人間達の思い込みでしかない。生きる、とりあえずそれだけ。でもその他に何が必要なのだろう。

またモノクロに会いに行こう。今度こそ約束の食事を持って。

2006/05/25

公園の猫


cat on ume treeOriginally uploaded by Amehare.

目の前を走り横切る猫がいた。梅林のほうに向かっている。梅花の時期は当に過ぎ去り、葉が生い茂る梅は白や紅の花を咲かせたことなど想像もできない有様である。勿論それはそれで葉と葉の間に実る梅を含め風情を感じるのではあるが、初春のころとはまったく違う。
葉で密集した梅の木は、幹が支柱となった旧式のテントのように、中は適度な空間がある。公園の猫はそこに身体を休めに来るのであろう。

僕はその猫の後を追いかけた。やはり猫は梅の木の中に入って行き、根元から2mくらいの高さにある太い枝で落ち着いている。忍び足で近づく。でも猫は持ち前の鋭い嗅覚と聴覚で僕の侵入を見逃しはしない。ぱっとこちらに振り返る目は、驚き以上に恐怖がそこに宿っていた。

「怖がらなくてもいいよ。写真を撮るだけだからね」と言いつつカメラを向け写真を撮る。それがこの写真。これを撮った後、猫は素早い動作で別の梅へと移動していった。悪かったかなぁとその姿を見て少し思った。

2006/02/21

招き猫



maneki-neko, originally uploaded by Amehare.

様々な招き猫たちが「おいで、おいで」をしている姿に、足を止めしばし見とれる。招き猫の効果は僕にとっては絶大だ。特に白い招き猫はジュニアを思い出す。

招き猫の仕草は、猫が前手で顔を洗う動作を擬人化したものだと思う。
猫が人間に初めて飼われたのがエジプトで、収穫した穀物を鼠から守るために、比較的大人しい山猫の子供を人間が育て始めてからと伝えられている。中国から仏教伝来と共に日本列島に渡った猫は、初めはかなり貴重な生き物だったに違いない。おそらく当時は紐に繋がれ室内で飼われていたのではないかと思う。これは僕の勝手な推測だが、徳川綱吉の「生類憐れみの令」により猫が紐で繋がれることが禁止され、それから猫は大いに外で繁殖していったのではないかと思う。

農耕を主としてきた場所では、猫は大事にされ可愛がられてきた。魔女の黒猫とか、化け猫とか、人間に誤解されたことも度々あったが、人間は猫を必要とし、長い時間の中で猫も人間を必要としている。

現在、猫にとって家の外は、病気・車・いじめ等々と危険に満ちている。東京の野良猫の平均寿命は3年から4年とも聞く。家の中で飼えるのなら、それが一番かもしれない。

2006/02/07

夜、猫なで声に誘われる

昨夜天気予報通りに雪が降り始めた。雨混じりの雪は地面に落ちる毎にびちゃびちゃと音が聞こえてきそうだった。雪が降っていると気が付いたのは猫の鳴き声からだった。見ると僕がレオカノと呼んでいる雌猫が家の塀の上から窓に向かって鳴いていた。レオカノは身体の芯から寒いらしく、丸くなって、小さい身体がさらに小さく見えた。

普段も時折塀の上から家の中をのぞき込んで鳴くこともあったが、餌が欲しいのか入れて欲しいのかはわからないけど、無視することが多かった。それにレオカノはかわいらしい鈴が付いた赤い首輪をしていたので、てっきり家の近くで誰かに飼われていると思っていた。でもどうも捨てられていたらしい。裏の家が引っ越しをして、空き地も含めて、そこに数軒の家が新築されたが、引っ越しの際に置いてきぼりをされてしまったようなのである。

そのレオカノが雪の降る中塀の上でじっとして鳴いている。思わず窓を開けて話しかける。突然に窓が開いただろうか、レオカノはびっくりして僕の顔を眺める。間近でレオカノを見るのは初めてだった。よく見ると小顔で目が丸く可愛い、それに目鼻立ちもはっきりとしている、美人である。寒いから入って、と手を差し伸べるが、どうも警戒心が強い。手を伸ばす毎にレオカノは遠くに移動する。そしてそこで鳴くのである。

猫なで声とはよく言ったものだ。猫なで声に反応する人としない人の2種類に分けるとすれば間違いなく僕は反応する方である(人の猫なで声には案外強い、そう自分では思っている・・・笑)。あの声で雪の中鳴き続けられるとつらい。何度も声をかける。時は深夜、まわりは静かである。その中で男が猫なで声に合わせて会話している様は異様な空間かもしれない。

結局レオカノは家には入らなかった。しばらく鳴いてそれから塀をつたって奥の方に消えていった。先程レオカノの鳴き声を聞いた。どうやら昨晩を乗り切ったらしい。

猫毛は細くて柔らかな毛を指して呼ぶが、ジュニアの毛は典型的な猫毛である。行方不明のレオは猫毛には程遠いほど堅く太かった。つまり猫毛ならぬ犬毛?である。レオカノも毛は触ってはいないが見た目は犬毛に近い。ああいう毛の猫は寒さに強いのかもしれない、などと根拠もなくそう思っている。

2006/02/05

ジュニア



DSC00347, originally uploaded by Amehare.

11才、雄、雑種、好奇心旺盛、短気、潔癖、完全主義者、おちょこちょい、寒がり、風呂好き、自尊心高し、頭脳明晰、偏食あり、きびなごを特に好む、主人の帰りを待つ、扉を開ける、作業の邪魔をする、無口、鳴き声が可愛い、美男子、100才まで生きる予定、種は違っても愛している。

2005/07/09

「猫への詫び状」、過去を振り返り君を思う

leobike
新規にパソコンを購入し、旧データを整理していたら以下の文章が見つかった。この文章は家の飼い猫であるレオが糖尿病を患ったときの話で、あのとき僕は本当にレオが死んでいくと思っていた。そのレオの予想される死にたいし、彼にその前に詫びたかった。これは僕からレオへの「猫への詫び状」である。
この文章を書いた後、レオは奇跡的に回復する。死に瀕したときから約五日間の入院生活だった。その後レオはインシュリンの注射を朝夕する生活に入る。食事は猫用糖尿病の缶詰。インシュリンは人間と同じものだが、一度に注射する量が違う。また毎日、尿から血糖値を調べた。つまり人間の糖尿病への対応と何ら変わらない。
そういう生活を数ヶ月続けたある日、レオの血糖値は劇的に変化する。通常の状態に戻っていたのだ。治らないと言われた糖尿病が治ったかのように見えた。医者に言ったところ、医者も驚き、インシュリンの注射をやめましょうという話になった。そしてその後は食事制限の取りやめと続き、そしてすっかり完治してしまった。それが2002年4月の話だ。それから2年後にレオは家を出て行ったきり戻ってはこなかった。
猫の意識とはたぶん人間とは違うと思う。人間は意識と自然的身体が一緒にならず、互いに強く影響を与え受けながら、その欲望はとどまることを知らず、また対象も眼前にあるものに限らない。でもおそらく猫たちは、眼前の対象にしか意識がなく、欲望はその都度眼前の対象で自足する。でも、少しでも他の動物と一緒に暮らせばわかるように、僕もレオのことは猫という動物ではなく、僕の意識の中では、人と同様に限りなく深い意識を持っているかのように感じ、接してしまうのである。その中のレオは、ちょうどこのイラストのように、モーターサイクルで長い旅に出た一人の男の様である。旅は戻る場所があり、戻ることを暗黙の中で約束している、しかし実際は家に戻らないのも旅である。行き先で何が待ち受けているのか不明で、もしかすると旅先で定住するかもしれない。僕は今ではそう思っている。彼には彼の猫生を生きる自由があるのだ。
******************************
レオへの詫び状

今回の出来事で僕は君が死ぬかもしれないと覚悟しました。本当です。ですから死んだときの事を考え、レオのいない世界を想像しました。
まず考えたのは、君が死んだときに周りになんて話そうかと言うことでした。多分みんな悲しい思いをする事でしょう。次に、もう猫は飼うのは止めようと思いました。こんな悲しみを味わうのはもういいと思いました。さらに君のいないと後はジュニアだけだな。ジュニアを君の分も含めてかわいがろうとも思いました。

でも突然に君の思い出が、本当に多くの思い出が、僕の心を横切りました。それは一瞬の出来事でしたが、僕はその思い出を意識的に何度も何度も繰り返しました。

君が家に来てから2年半たってます。その間は決して楽ではありませんでした。どちらかと言えば苦しい方だったのかもしれません。仕事のこと、自分のこと、僕の周りの親しい人達のこと等々、誰でも生きていれば問題を抱えています。でも、そういうことで人生は深くなるとは渦中にいる者にとっては無責任な言葉です。
頑張って生きているなかに君が来ました。君が来ることで僕らの心はどんなに安らいだことでしょう。

もう少し細かくかければいいのでしょうけど、つぶさに見てきた君にとっては十分に知っていますよね。僕は君と生活し、最初は君の擁護者としていたと思います。僕は君に与えているだけで君から受けることは期待していなかったし、受け取れる者は何もないと思っていました。
期待していないのは今もそうですけど、君の事を思いだし、君から多くのものを受け取っていたことに僕は気がつきました。それも僕が与えたと思っていた事より多くの事を君は僕に与えてくれたのですね。

きっと君がいないと仮定したこの2年半は殺伐とした2年半になっていたことでしょう。これは僕の実感です。そしてこの差が君が僕に与えてくれたのです。それはとてつもなく大きな物です。僕は君にいなくなって欲しくないと、強くその時に思いました。それは僕の為だけではなく、これからつらい生活が君に待っていようとも、僕は出来るだけの事をしよう、君に感謝の気持ちを持とう、君と離れたくない。そんな感情です。

そんな気持ちが強まったときに、医者から「奇跡です」と言われるくらいに君は立ち直りました。その時うれしさと同時に、君への感謝を伝えられるチャンスを与えてくれた事に喜びました。また僕は命という大きな力を感じることも出来ました。これもあらためて君が僕に教えてくれたことです。

これからも一緒に生活しましょう。共にお互いの命を歩いていきましょう。
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十分に僕は君に感謝を告げることができたのだろうか・・・

2005/04/17

ジュニアとレオの表札

表札

以前にジュニアとレオのために深大寺境内にある焼き物屋で作成しました。
しかしレオは何処に行ったのか・・・
元気でいれば嬉しいのですが。

2005/03/01

レオが戻らない

以前にこのブログでも書いたと思うけど、ウチには猫が2匹同居している。しかし、現在その内の一匹が行方不明となっている。ふらりと表に出てそのまま戻ってこない。既に5日間もたっている。その間に雪も降ったし、寒い日も続いている。かなり気になっている。

行方不明になっているのは「レオ」。名前はいかにも格好いいが、実際は変な猫だ。何処が変だと言えば、以前のブログ記事にも書いておいたが、とにかく変なのだ。

およそ猫らしくない。少なくとも「猫」という名前で指し示される生き物ではないと、レオを見る度に思う。
これは飼い主が自分の愛猫を特別に思うあまりに勘違いしている、と思われる方もいるとは思う。確かにそういう気持ちはあるが、家に客が来て、その時たまたま傍にいたレオをみて言う言葉が、「猫・・・ですよね・・・」と確認をとることが度々ある事を思うと、あながち「親ばか」の発想とも言えないような気もする。

レオには放浪癖があり、必ず1日に1回は表に出ていた。しかも近所に飼われていた美人と誉れ高い雌猫が彼女だから、どういうわけかもてるらしい。
毎日その美人猫はレオを呼びに来る。そして家の塀に座り、レオが出てくるまで泣き続ける。
レオもその声を聞いたら表に行きたくなるらしく、窓の傍で「わ?ん」となく。それから2匹連れだって奧へと消えていく。それから、深夜、もしくは明け方になって戻ってくる。

寒かろうが雪が降ろうが、はたまた雨が降っていようがお構いなしに、そういう日課が続いていた。

5日前も彼女がレオを誘いにやってきて、そのまま出たっきり戻ってこない。おかしな事にレオが戻っていなければ、その美人猫も呼びには来ないようだ。
だから、最初は彼女と仲良く過ごしているんだろうと思っていた。そのうち雪が降って寒い日が続いた。

以前にも雪が降ったとき、表に出てそのまま翌日まで戻らなかったときがあった。
ついでに言えば、雪だからと外には出さないように心配るが、レオは隙をみて表に遊びに行ってしまう。だから、雪で寒いと言っても、そんなに強くは気になることはなかった。
でも5日間も戻らないとなれば話は違う。

以前にもこういう事はあった。たしか夏だったと思う。その時は4日間ほどして、ドロドロになって戻ってきた。
ドロドロとは文字通り体中が汚れていると言うことだ。家に入ってレオは、まず少しおびえた感じで僕をみる。それは「怒っているかなぁ」と相手の様子をうかがう感じに見えて、思わず笑ってしまう。
笑う様でレオは安心したのか、食事を出せとうるさく鳴きまとわりつく。仕方がないので猫缶を一つあけると、まるで今まで何も食べていなかったかのように、貪り尽くす。その所作をみて、こちらは再び安心してしまう。

昨日、レオの彼女が塀を歩いているのを見かけた。いつもであれば家の前に止まり、レオを呼びだすのに、今回はそう言うそぶりも見せずに、そのまま通り過ぎていく。
レオは彼女と一緒じゃなかったのか。そうわかると何かしらどす黒い不安がもたげてくる。
実を言えば一抹の予感が自分の中にあるのも事実なのだ。それはもしかしてこのままレオは戻ってこないのでないかと言うことだ。

勿論そうなって欲しくはない。でもいくら飼われていると言っても、レオにはレオの命があり、それは人間の僕には計り知れない事でもあるのだ。
共に頑張って生きている。レオが自分の生を僕の所以外に求めたとしても、それはそれで致し方ない部分もある。ただ、戻ってきて欲しいと願う気持ちは強く僕にはある。
そうなのだ、そういう気持ちの間で僕は揺れている。

追記(2005/3/2)
そう言えば以前に、レオが家を出る夢を見たことがあった。まさか、正夢?

2004/12/26

鉄腕アトムとクローン猫

天馬博士は愛息トビオを事故で失ったときに、クローン技術を使って息子を再生しようとは考えなかった。その代わりに彼はトビオに瓜二つのロボット(鉄腕アトム)を製造した。
医学博士でもある手塚治虫が鉄腕アトム執筆当時にクローンの可能性につい知識がなかった訳ではないと思う。それなら何故天馬博士はクローン技術を使わなかったのだろうか。

天馬博士はクローン技術を使って息子を再生したとしても、自分がかつて愛し事故で失ったトビオと全く同じトビオが出来ないことを知っていたと僕は思う。人が育つには遺伝子情報だけでなく環境も等しく重要なのは言うまでもない。クローン再生した場合、天馬博士は以前にも増してトビオを可愛がり側に置くことになるだろう。その結果、天馬博士が見知っているトビオとは全く違った性格が形成されていくことになる。

また天馬博士は時間が惜しかった。即座に事故死したトビオと出会いたかった事が、ロボットとしてトビオを再生した最大の理由かもしれない。
ただ総じて言えば、天馬博士にとってクローンかロボットかの選択における葛藤があり、メリットとデメリットを判断した結果、ロボットでの再生となっていったのではないかと思う。しかし彼には、判断した時点で見えていない最大の問題があった。ロボットであるトビオは肉体的に成長しないと言うことだった。

つまりは、天馬博士にとってトビオの再生は、クローンとロボット技術を使っても、願いは叶わなかったと言うことになる。
CNNのニュース記事「「愛猫そっくり」 米企業、クローン猫を5万ドルで販売 」を読んで僕はそんなことを考えてしまった。

家には2匹の猫がいる。名前を「ジュニア」「レオ」といい、雑種の雄猫だ。猫の寿命は人間に較べて遙かに短い。でも猫には猫の時間があり、その中では人間の一生と同等の命の重みがあると思う。寿命の短さを人間である僕が嘆いたとしても、それは猫達にとっては余計なお世話なのかもしれない。

最近初老に至ろうとしている「ジュニア」は、季節が冬と言うこともあり、さらに寝てばかりいる。時折この2匹がいなくなった世界を考えると、勿論悲しいことではあるが、僕の暮らしは普段と変わりなく続いていくのだろうと思う。その時は、彼らが自分の「生」を全うした事を、思い出と数々の写真によって、懐かしむことだろう。僕は生前に彼らに癒され、死後に懐かしむことで再び癒される事になる。それは唯一無二の存在としての「ジュニア」と「レオ」がいたからこそだ。唯一無二とは、遺伝子情報だけの話でないことは、人間以外の命と暮らしたことがある方なら実感できると思う。

仮にクローン技術によって遺伝子情報が継続した場合、僕は果たして「ジュニア」と「レオ」の命の重みを、共に生きる日々の暮らしの中で、オリジナルとクローンを同質に感じる事が出来るのだろうか。結果は僕にとっては明らかだ、遺伝子情報の継続だけでは彼らが生き返ったとは思えない。

勿論、クローン猫として再生を願ったテキサス州の女性の気持ちはよくわかる。クローンにおける倫理問題は別にして、僕は彼女に願うことは、天馬博士の二の舞だけはなって欲しくはないと言うことだけだ。

話は若干変わるが、人工知能研究をされている方々にとって、人の脳を人工的に作る事は可能と考えていることだと思う。その結果、ロボットが数多くの映画にあるように、人間と同等の感情を持ち、何かを創造する能力も持つことになるのかもしれない。
そうなると「天馬博士の悩み」は既に人ごとではないようにも思えてくる。クローンとロボットの双方の問題は早々に一定の基準を設ける必要があるのを感じる。それと同時に、何らかの法制化が為された際に、裏での取引が行われる状況も出てくるに違いない。それの対策も同時に検討する必要があるとも思う。

関連サイト:
・クローン猫、外見も性格もオリジナルとは「別の猫」(WIRED NEWS)
・研究報告「クローンには、ほぼ確実に異常が発生する」(WIRED NEWS)

2004/12/04

「猫ばっか」という本

猫の関連の本で一番好きな本が「猫ばっか」

作者はあの「100万回生きたねこ」の佐野洋子さん。それに本の表紙が「吾輩は猫である」の苦沙弥先生を模した猫って感じで好きだ。

この本はもともと単行本で出版したのを、文庫本化の際、絵と話を新たに追加しているので、文庫本の方が「完全版」といえるかもしれない。この本を手に入れたのは一昨年の事だが、書店でなかなか見つからず、探すのに苦労したのを覚えている。

この本が好きなのは、作者が猫とのかかわりの中で、自分の世界に猫を引き込むのでなく、等距離において猫を眺めている点だ。

「人は孤独には耐えられないものであり、何かを愛したいのだ。それに生きる物の方がぬいぐるみよりも張り合いがある。猫が何を考えているのか知った人間は一人もいないのだから。」

「猫ばっか」では様々な猫が登場する。襟巻きとしての猫、北海道で生きている暖房器具としての猫等々。作者の猫「クロ」は最期の時に点滴の針をつけたまま病院を脱走して戻ってこなかった。そのクロに対し作者は「見上げた根性だ」と自慢し「逃げたのなら仕方がない」という。

「あんたも生きているし、私も生きている」

この姿勢が僕にとって好きでもあり、羨ましくもあるのだろう。

人と猫との関わりは農耕を始めてからなので、犬と較べると付き合いは新しいと言えるかもしれない。人はみずからの生活の役にたてるため、多くの生き 物を品種改良して飼育・繁殖させ家畜としてきた。猫の場合も古代エジプトでネズミの駆除のために家畜として飼われたのが最初らしい。

いつ頃から猫は家畜から愛玩動物に変わっていったのだろうか?
家畜と愛玩動物の線引きは曖昧だと思う。家畜が人の実生活で役に立つ事を目的に飼われるとすれば、愛玩動物は人の心の面で癒しとして飼われると思う。
でも家畜が、いわば生きている道具もしくは食料としてあったとしても、愛情をもち仲間として接しなければ飼育は難しいだろうと思うので、飼育の過程で愛玩動物と同様の癒しを人に与えていた様にも思える。勿論、一部の特権階級では愛玩動物としてだけで、飼われ続けていたが、それらは数から云えば無視できると思う。

そうだとしても、人が愛玩動物に対する気持ちは、現代と家畜が主として飼われていた時代とは大きく違うような気がする。今では誰も自分の飼っている動物を家畜とは思わないし、愛玩動物(ペット)として呼ぶことにも抵抗感があるのでないかと思う。

僕の場合、猫と生活を共にしているが、その2匹は性格も容姿は全く違うのが、生活を共にすることでわかる。そして2匹に対して、家族の一員として見 ている。そういう感情は、僕の手前勝手な思いこみの部分があることは理解しているが、僕がそう思うことは僕にとって自然なことであり、違う見方が出来るは ずもない。勿論2匹が猫であり、人とは違うことはわかってはいるが・・・。

そして以前の人が、僕と同様な見方で愛玩動物を見ていたのだろうかと考えるとき、多分違うような気がする。「猫ばっか」ではフロリダの若い女性の話を例に挙げて、「私が、その本に見たのは、大都会の底なしの孤独であった。」と書いてある。

孤独と言えば人は近代以降「孤独」であり続けたと思う。今に始まった話でもない。人が組織の中で歯車の一部分になり、置き換え可能な存在であることが意識された時に、自分が唯一無二の個として認められなくなってから人は孤独を意識するようになったように思える。そう考えると、生活は豊かになったけど何かが 違う、そんな気持ちを持ち始め、それを補うために様々な動物が家畜から愛玩動物に変わっていったのではないかと思うのだ。

一時「ペットロス症候群」が話題になったことがある。多分この症候群はこれから先、増えることはあっても無くなることはないだろう。今後理由とか背景とかを検討するのでなく、きちんとしたケアを受けられるような体制作りを望む。

話を猫に戻すが、猫が人とかかわりをもってから、エジプトでは神の使いとなり、西洋では悪魔(特に魔女)の使いとなってきた。犬に較べ人とのかかわ りの歴史が短いとはいえ、既に「イエネコ」として人の手で品種改良されてきてもいるので、逆に言えば、人との係わりの中でしか種として存続は難しい生き物であるのは間違いないと思う。それであれば、身近な存在として「あんたも生きているし、私も生きている」との気持ちで接することが出来ればと、自分のことを思う。

画像は「猫ばっか」の表紙。
amazonでの場所はここ。レビューを読めばこの本の魅力をさらに知ることが出来ると思う。

2004/10/19

猫の王国


家の近くにある公園は大きい。なにしろ昔にオリンピックが行われた場所だ。

その公園に隣接して大学があった。大学は建物の老朽化と手狭になったので場所を変えることになった。そして取り壊された跡には広大な空き地が出来た。空き地をどうするかで色々な人達がアイデアを持ち込んで議論したけど、結局ゴミ処理場で落ち着いた。

そしたら今度は付近の住民たちが騒ぎ出した。環境に悪いというのだ。しかもゴミ集積用のトラックが頻繁にくるので子供たちにとっても危ないとの声も 出て、住民たちは猛反対運動を繰り広げた。すると持ち主である都も「じゃいいよ、勝手にして」という事になって土地を業者に売ってしまった。

今度はそこに大きなマンションが出来る事になった。

でも決まるまでに長い時間がかかったので、その空き地はそのままほっておかれた。そしてそのうちにその空き地は猫たちの住処になっていった。

僕がその話を聞いたのは偶然だった。たまたま空き地の側を歩いている時に、土地を管理している人同士でその事を話し合っているのが聞こえたのだ。僕は中の状況が無性に気になった。空き地は背の高い塀に囲まれているので、中がどうなっているのか皆目見当もつかない。時折塀の隙間から猫が出入りしているのを見か けた。その隙間から空き地を覗き込んでも、見えるのは草がぼうぼうと茂っているのが見えるだけだった。

ある日の夕方に僕はその空き地の側を歩いていた。ちょうど塀の隙間のところに差し掛かった時、目の前を一匹の猫が目の前を横切った。あれって思って足を止めて猫の行く先を眺めた。そしたらそこには既に十匹近い猫たちが集まって思い思いの格好でいた。

そこにおばあちゃんが買い物カーとを引いてやってきた。おばあちゃんは猫達の側に止まると、買い物カートから猫の食事を順次出し始めた。猫達は「にゃあにゃあ」といっておばあちゃんの側に寄っていく。

僕はしばらくその様子を眺めていた。すると足下を何匹もの猫達が通り過ぎていくのがわかった。振り返ると例の空き地との隙間から、何匹もの猫がお婆ちゃんの所に行くために出てくるのが見えた。

最終的には20匹くらいの猫の集団が現れた。唖然とするしかなかった。季節は初夏の頃だ。噂には聞いていたけど本当の事だった。

おばあちゃんは猫達の食事が終わるとまた何事もなかったかのようにその場を立ち去っていった。二言三言、僕はおばあちゃんに声をかけたけど、今では内容は すっかり忘れてしまった。ただ、そのおばあちゃんは猫一匹一匹に名前を付けているようで、呼びかけて話をしている姿が印象的だった。

塀の 内側ではきっと素敵な猫の王国が在るに違いない。僕はすっかりその気になった。他国にはむやみに侵入すべきではない、塀があって良かったかもしれない。猫 の王国がどんな物なのかを想像するだけの力は僕にはなかったけど、きっと猫達の事だから勝手に頑張っているのだろう。

そのうちにその空き 地でマンションの工事が始まった。今ではすっかり巨大なマンションが完成している。付近の住民達はマンション建築反対の住民運動を繰り広げ、現在訴訟中で ある。僕はと言えば、束の間に現れ消えていった猫の王国の事を思い出し、国民達が無事に移民していってくれていればと願っている。

イラストは「アルテミス巨猫ファンタジー」から使わせて頂きました。

2004/10/18

長寿の白い猫


以前レオが糖尿病だった頃、僕は週に何回も動物病院に通った。

その動物病院は昔「ナガイ動物病院」と看板に書いてあったので、子供の頃の僕は「ナガイ先生」という立派な医者がそこにいるのだろうと思っていた。「ナガイ先生」は立派な体格で立派な口ひげを持ち、そして円形脱毛症の犬や、不眠症の猫達を治してくれるのだ。僕はそんなイメージを持っていた。

レオをその病院に連れて行き始めた時、その病院の名前が「ナガイキ動物病院」に変わっていたのをしった。当然に出てきた先生は「ナガイ先生」ではなかった。

まだ学生然としたその先生はレオを、不安な顔つきで診てくれていた。僕はその先生の顔つきをみて、さらにレオの事が心配になった。

その病院には、当たり前だけど待合室という物があって、広さ3畳くらいの大きさに長椅子が一つと丸い椅子が2個置いてあった。ある時、僕がレオを連れてその待合室で待っていたら、病室から女性の声で先生に哀願する声が聞こえてきた。どうも彼女が連れてきた猫は老衰で弱っていたらしく、何とか元気にしてくださ いと先生に頼んでいる感じだった。

彼女も先生の不安げな顔つきにますます不安になっていったのでは?と僕は待合室で二人の会話を聞いていた。

先生は彼女に、**ちゃんは既に18才ですから、人間で言えば本当に凄い歳なんですよ、と言って栄養剤かなにかを投与してくれたみたいだった。診察が終わり、待合室に現れた**ちゃんは、それでもやっぱりぐったりしていた。

**ちゃんの同居人である彼女は、僕に会釈をすると同時にレオの事をみて「おいくつですか」と聞いてきたので「3才くらいです」と曖昧に返事をした。僕の返事を聞いているのかいないのかわからなかったけど、彼女は間髪をおかずに**ちゃんの年齢の事を話し、もう寿命なんですと寂しそうに笑った。でも僕は猫の歳 は外見からは全くわからなかった。**ちゃんは真っ白な長毛の猫で、レオに較べると由緒正しい王女様という感じの綺麗な猫だった。僕がその事を彼女に告げ ると、かすかに**ちゃんが「にゃ」とないた様な気がした。

それからも頻繁に動物病院には行ったけど、**ちゃんとはそれから一回も合わなかった。

イラストは「アルテミス巨猫ファンタジー」さんから使わせて頂きました