総選挙は民主党の圧勝に終わった。その日、僕は午前中に投票に行き、そしてすぐに選挙のことを忘れた。台風が近づいていると言う。窓から外を見上げると、灰色の雲からの柔らかな光が周囲を包み、とても静かな印象を与える。
8月はあっという間に過ぎた。暑さと肌寒さとが交互に繰り返し、やがて秋になる。そんな肌に感じる季節感が今年は少し違う。8月のイメージにそぐわない今年の8月。9月も同様なのだろうか。
2009年8月30日、日曜。僕には前々から予定があった。恵比寿にある東京写真美術館に行くのだ。雨が降る前に出かけ、そして帰りたい。台風と選挙、それが重なる確率はどのくらなのだろうと、少し考える。でもそれは僕にとっては吉兆なのだ。おそらく静かな時間を過ごすことができるだろう。
外に出ると、思いのほか風が強い。風は台風が近づいてくる前触れだろう。おそらく、この気象の中で、今日の一日を一喜一憂する人々が多くいることだろう。彼らの喜びや悲しみや夢や希望や失望やその他諸々の感情から発せられる力は、この風の中でどこに飛ばされていくのだろう。
僕は少し身をかがめ駅へと歩く。
写真展は想像以上に色々なことを感じた。写真家の主とするテーマは記憶にあるらしい。写真から記憶に結びつけるのはどうしてだろう。写真展の中央にある長いすにすわり、鑑賞する人たちの後姿を見ながら考える。発端はおそらくプルーストなのだろう。でも彼の記憶は円環のなかにある。だとすれば、写真を鑑賞する人が得られる記憶もまた自らに回帰するのだろうか。そんな具にもつかぬ事を、ぼんやりと考える。
写真展を出ると雨が降っていた。普段だと人も多いモールの広場は、横からの雨でベンチが濡れ、人もまばらだ。それでも、何人かの人たちが楽しそうに談笑しているのが見える。2階からの展望なので笑い声は聞こえない。突然、弾けるように少女が笑う、聞こえない歓声が僕の耳に届く。
2009年8月30日の1日はそうやって過ぎた。その後僕は恵比寿駅からJRに乗って帰った。家に帰りTVをつけると、既に選挙の体勢は決まっていた。
16年ぶりの政権交代は、僕らの暮らしにどのような変化をもたらすのだろうか。台風が明日には関東に来るとのニュースも入る。窓から夜の闇を見る。雨が一段と激しく降っているのがわかった。
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