2004年12月19日日曜日

バイクが戻ってくる

警察から電話があり、証拠として警察署に保存されていたバイクが戻ってくることになった。と言っても、戻す時期とか手筈についてはこれからの話となる。

実は期待していたことがある。一度警察に電話したときに、盗賊団から押収したバイクの部品が全てそろっているかを確認するために、警察でバイクを組み立てるという話があり、それを事前に聞いていたからだった。

でもどうも検察側がそれを了承しなかったようで、バイクは解体された状態のまま、戻ることになる。
つまりは、バイク屋と僕自身が段取りを決め、バイク屋に輸送し組み立てを行う必要が出てくる。正直言ってこれはかなり痛い。多分全てに数十万円かかる事が予想される。

まだ警察には引き取りの連絡をおこなっていない。寒いこともあり、年末年始も間にはいることから、来年1月中旬くらいを目処に考えている。

しかし、ここにきての出費は痛い。盗賊団が捕まったのはうれしいけど、被害者にとっては二重三重の痛手になる。たかがバイクでこうなのだから、さらに重大事件の被害者のことを考えると、大変な思いをされているのだろう。

バイクで事故を起こした時と、今回の盗難は少し違う。目の前にいきなり車が現れ、急ブレーキ、そして転倒。この時は、事故当事者である車の運転手の方の顔をみて、話をする事が出来た。その事で相手の人柄と状況も理解でき、その中で、相手へのわだかまりとか怒りの気持ちも自然と時と共に霧散していった。

でも今回の盗難は加害者と僕は一切会っていない。当然に僕の気持ちは、この件では宙に浮いたままでもある。一度気を晴らすためにも、警察に頼み盗賊団の1人にあって、この気持ちをぶつけてみたい気持ちにもなってくる。

2004年12月18日土曜日

ドラマ「アイムホーム」をみて感じたこと

NHK総合テレビで、月曜日から木曜日の夜11時から15分間連続放送していたドラマ「アイ’ムホー ム」が今週に終了した。原作は石坂啓さんの漫画で、以前に読んだ事があった。人気のあった番組だった様で、既にDVDでの販売を期待している声がサイトの 掲示板に現れている。僕も毎回欠かさず見ていた。とても面白く、久しぶりに、毎回見終わった後で、次回が楽しみになるドラマだった。あらすじはサイトの「ここ」を見て下さい。

番組が終了し、大したことではないけど、思うことが幾つかあった。総じて言えば、ドラマは本当に面白かったし、見ていて感動するシーンもあった。でも正直言えば、感動する部分で時折目を背けてしまう自分を見つけたのも事実だった。

このドラマのキーワードは、良く言われている事だが、「砂」だと僕も思う。エンディングテーマと共に流れる映像は「砂男」と「砂の家」だったし、主 人公の家では、いくつもの「砂時計」が効果的に使われていた。さらにこのドラマで多分、脚本家が一番に言いたかった事のイメージとして「砂曼荼羅」が登場 しているし、火事で燃えてしまった家の中で、主人公が砂(多分、砂時計の砂)の中から家族との思い出の写真を手に入れている。また、主人公の最後の心の旅 の時に、砂浜で家族の姿を描き、深夜に波でその絵が崩されるシーンもあった。

火事跡の家で写真を手に入れる場面では、写真の上に貯まっている砂は、まるで砂曼荼羅の様に様々な色をしていた。その前に、主人公が記憶を取り戻し たく、その方法を医者に尋ねた時、医者は「砂曼荼羅」をみせ、こつこつと丁寧に砂を敷き詰めて完成させる「砂曼荼羅」と家族を作り上げていく姿は同じでは ないかと、主人公に言っていた。その砂曼荼羅の様な砂の下から家族の写真が出てきて、それと同時に主人公の記憶が蘇る。

「砂」で造られた多くの物は、もろくて崩れやすいイメージを持ち、印象は悪いと思う。それを逆に、だからこそお互いの気持ちと意志が必要と言ってい る事に共感を覚えた。また「砂曼荼羅」で世の無常を語るのは、一般的だと思う。ただ、砂の一粒を我々に見立て、無常であるが故に今を一所懸命に生きよう、 と主人公が思う事に多少の無理を感じた。しかし、それもドラマを見終わると、そう感じたことも主人公にとっては、その場面の1つの「覚悟」に過ぎなかった のではと思う。

ドラマの小道具は色々とあった。「仮面」「電話」などが代表的かもしれない。
「仮面」は原作の漫画と同じデザインだった。「仮面」は、主人公が家族を他人と見てしまう心象であるが、逆に「仮面」は家族とその親に対してのみ現れるのを見ると、そこから主人公が家族を家族として見たくない気持ちが表れているようにも思えた。
この場合、離婚して別れた家族への罪悪感が、今の家族に対して「仮面」をつけさせたのではないのだろうか。いわば「仮面」は主人公が自分に与えた「罰」だったのかもしれない。
主人公が離婚した妻に心から謝り、前妻もそれに応えてから仮面は現れなくなる。
主人公は、現在の妻と子供に愛情を抱き、幸せの気持ちを持つほど、自分を傷つけていたのではないかと思うのだ。

「電話」は主人公と家族を繋げる糸口と、逆に孤独感をあらわす物として使われている。特に駅の改札口の雑踏の中で、周囲の人達が電話で帰宅を告げて いるときに、主人公は帰る家がないことを痛切に感じ、孤独の中にいる事を実感する。この場合、周囲との対比によって主人公は孤独を感じている。孤独を感じ ると言うことはそう言う物なのかもしれない。

でも何故僕はこのドラマを見て、面白いと思ったのだろうか、また、感動するシーンで目を背けてしまう理由は一体何だったんだろう。

「面白い」と思ったのは、このドラマの主人公の気持ちに共感する部分が多かった、と言うことだと思う。
例えば、帰るべき家がなく、自分を見失い、街を当てもなく彷徨う気持ちは、それが実際面で同等ではないのだが、僕にも共感が持てた。

主人公を見て、周囲の人達は「過去には何もない」「これからが大事なんだ」と言う。でも主人公は失った過去にこだわり続ける。それは「過去」が「現在」に繋がっているからであり、「現在」の幸せを得るために「過去」が必要だからだと思う。
最後に前妻は主人公に向かって「今側にいる人を大事にしてあげて」と伝える。その一言で主人公は今の家族と生きていく覚悟を決める。でも今の妻から言われる言葉は、「それでも貴方は私を愛していない」だった。必要なのは「覚悟」ではなく「愛情」だった。
「愛情」はお互いの「優しさ」と「思いやり」で築き上げていく物なのかもしれない。「築き上げてきた」過去の記憶がなければ、今共に住む女性を愛する事は出来ない。

「今を大事に生きる」とは「過去も大事」にすると言う事のように思える。勿論、これらの解釈は僕の個人的な感想だけど、その考え方に共感したのかもしれない。

また主人公が記憶を失ったことも、比喩的に思えてくる。脚本家の浅野妙子さんは、以下のように言っている。
「アイ’ムホームは記憶喪失で家族との過去を忘れてしまった男の物語ではありません。あたりまえな日常の中で、毎日、家族の顔を見失い続けている私たち自身の物語なのです。」
大事な物は失って初めてわかる、と言うことなのかもしれない。でも出来れば失う前に、わかりたいと思う。

僕が目を背けてしまった理由は、実はよくわからない。気が付いたら自然に目を背けていた。照れくさかった、と言うのもあると思う。昔から、「感動す る」「感動させる」物に対して、素直になれない部分が自分にはあるのも認める。感動させる場面での演技が、白々しかったと感じたのかもしれない。色々な事 がそこにはあるのだと思う。

ドラマは後半になるに従い、主人公が泣くシーンが多かった。「男が泣く」と言うことに、現在では好感を持つ人が本当に多くなったと思う。実は僕もそ の1人だ。でもそれが「自分が」ともなると話は別なのかもしれない。どうも、僕はドラマの中で主人公が泣くシーンの時に目を背けていたようだった。多分、 ドラマに共感しても、主人公が泣く事に共感して泣きたくない気持ちがあったのではないか、と今では思っていたりする。

記事の内容であるドラマ「アイムホーム」の感想は、あくまで僕の個人的意見です。
本記事ではあらすじは書いていませんので、ドラマの事が知りたい方はサイトをご覧下さい。ちなみに、僕もこの番組のDVD化を望む1人です。

ドラマ中に登場する「仮面」は亀有工房製造とのことでした。

最後に記録として、本ドラマの概要を記載します。
原作・・・・・石坂啓
脚本・・・・・浅野妙子
制作統括・・・一井久司
演出・・・・・真鍋 斎
音楽・・・・・吉保 良

出演者
家路久・・・・時任三郎
清原カオル・・紺野美沙子
家路ヨシコ・・戸田菜穂
清原スバル・・星井七瀬
岡田杏子・・・佐藤仁美
清原健児・・・石田靖
高木亮一・・・内場勝則
竹田社長・・・ぼんちおさむ
祥子・・・・・千堂あきほ
山野辺俊・・・陣内孝則
2004年11月15日開始
2004年12月16日終了
全20話

高松宮さまのご逝去に謹んで心から哀悼の意を表します

「高松宮妃喜久子(きくこ)さまは18日午前4時24分、敗血症のため東京都中央区の聖路加国際病院で亡くなられた。92歳だった。」(朝日新聞から)

「喜久子さまは入院中、つらさを見せず病院の職員らに気配りされていたという。山口医師は「がん治療を専門にし、多くの人を見てきたが、皇族としてでなく一人の患者として印象に残りました」と振り返った。」(産経新聞から)

明治・大正・昭和・平成を気丈に率直に生きてこられた高松宮さまのご逝去に、謹んで心から哀悼の意を表します。

2004年12月17日金曜日

見よぼくら一銭五厘の旗

花森安治さんのエッセイ集を古本屋で見つけた。非常に丁寧な装丁で昭和46年の発行にもかかわらず、 新刊同様の美しさだった。昭和46年発刊当時で1200円という値段の本は、現在ではいくらくらいで売られることになるのだろう。多分想像できないほど高 いに違いない。それを古本屋では1000円で売っていた。花森さんのエッセイを読みたかった僕にとっては、「どうぞ差し上げますから持って行って下さい」 と言わんばかりの値段だった。

花森さんのエッセイの中で特に知られているのが「見よぼくら一銭五厘の旗」だ。それは前回のブログ「花森安治のエッセイを読んで感じたこと」で紹介した言葉が載っているエッセイでもある。
「ぼくらの暮しと 企業の利益とが ぶつかったら 企業を倒す ということだ
ぼくらの暮しと 政府の考え方が ぶつかったら 政府を倒す ということだ 」

一銭五厘とは赤紙の葉書代の事で、軍隊中に花森さんが言われ続けた言葉でもあったらしい。
「貴 様らの代りは一銭五厘で来る 軍馬はそうはいかんぞ 聞いたとたんあっ気にとられた しばらくしてむらむらと腹が立った そのころ葉書は一銭五厘だった 兵隊は一銭五厘の葉書でいくら でも召集できるという意味だった (中略)そうか ぼくらは一銭五厘か そうだったのか〈草莽(そうもう)の臣〉〈陛下の赤子(せきし)〉〈醜(しこ)の 御楯(みたて)〉 つまりは〈一銭五厘〉ということだったのか」

花森さんはさらに「一銭五厘」とは「庶民」である君ら(つまり僕ら)であ ると言う。そしてこの国の歴史を振り返ると言い方は変わるけど、結局は「一銭五厘」の扱いを受け続けているという。それが敗戦になり、民主主義と国民主権 となってもそう変わるものではない。何がいけないのか、誰がいけないのか?

「どうしてこんなことになったのだろう 政治がわるいのか 社 会がわるいのか マスコミがわるいのか 文部省がわるいのか 駅の改札掛がわるいのか テレビのCMがわるいのか となりのおっさんがわるいのか もしも それだったらどんなに気がらくだろう 政治や社会やマスコミや文部省や 駅の改札掛やテレビのCMや となりのおっさんたちに トンガリ帽子をかぶせ ト ラックにのせて 町中ひっぱりまわせば それで気がすむというものだ それが じっさいは どうやら そうでないから 困るのだ」

花森さんはそれを自分の中に住む「チョンマゲの野郎」が悪いという。「チョンマゲの野郎」は小利口で争いを好まず自己保身的な心の事を言うのだろう。その心がその都度に姿を現し、暮らしが悪い方に流れるのを止めていないからだと述べている。
こ のエッセイを掲載した発端は公害問題であった。水俣病、光化学スモッグで庶民が苦しむ様をみて、とっくに暮らしを維持する限界を超えているとして、限界に 戻す為に、はっきりと言おうと宣言した。その為に、かつて一銭五厘で今は7円の葉書を使って「困っている」と行動と意志を示そうと提案している。

この「見よぼくら一銭五厘の旗」は花森安治にとっては「暮らし主義宣言」だと思う。
何故今頃僕はこの「宣言」を気にして、ブログにMEMOとして掲載するのであろうか。それは、花森さんがこの「宣言」を書いた時と現状は何も変わっていない事の「発見」がそこにあったのは間違いない。

誰 もが感じる事。主権とは権力を有する者達をいう。封建時代であれば、主権は王様にあり、王様は望むことを領民達に対し権力を行使することが出来た。国民主 権であれば、僕らが昔の王様の様な権力を有していて良いと思うが、そんな感覚は一切ない。勿論、多くの人が王様となり権力を行使すればとんでもない事にな るのは当たり前の話だけど、この主権と僕らが実際に感じる事の隔たりはいったい何だろう。

国家権力という。昔から権力を行使するのは国家 であったのかもしれない。国家権力を制限するために「憲法」があると僕は思っている。ただ、憲法は色々な解釈が出来てしまうので、国家を実際に運営する側 は、その時のご都合主義で色々と変えていってしまい、後になればそれが例となり、それが本筋に変質してしまっている。またそれらが法律という形になって、 逆に僕らを制限する。

これが企業であれば、企業理念は創始者かそれに準ずる人が作るので、そうそう混乱は起きない。解釈について混乱が起きたとしても、彼らの生き方と考え方より推測できるので、そこから原点に立ち戻ることが出来る。
僕はこの場で「憲法改正」の話をしているつもりはないが、日本の憲法はその部分が決定的に欠けているような気がしてならないのだ。

花 森さんの時代に較べると、現在はより問題が顕在化しているように思える。勿論現在の問題は花森さんの時代にもあった話だと思う。それは見えなかっただけの 話かもしれない。様々な問題も、突き詰めて言えば技術とか特定の個人の問題ではなく、社会の問題だったりする。ただ、その問題の本質まで突き止める前に表 層だけ捉え、「理解できない者」への対処に奔走している。奔走に駆り立てるのは、僕の中に住む「チョンマゲの野郎」であるのは間違いない。僕の中の「チョ ンマゲの野郎」を動かすのは簡単だ。必要以上に不安感を持たせればいい、ただそれだけだ。

花森さんの「チョンマゲの野郎」は必要な行動を 止めようとする。でも今は、もう1人の「チョンマゲの野郎」がいて、こいつは逆に奔走する。それはネットというツールを与えられた結果、僕の中で抑えられ ていたもう1人の「チョンマゲの野郎」が活動を始めたのだと思う。僕はこの2人の「チョンマゲの野郎」と対応して行かなくてはならない。それがやっかい だ。多分、この2人を表に出さないようにするには、よく「考える」事と、「勉強」する事しかないのかもしれない。

「見よぼくら一銭五厘の旗」はここに全文掲載されています。また関連サイトとして「暮らしの手帖」のサイトはここです。

2004年12月15日水曜日

花森安治のエッセイで感じたこと

たまたま入った喫茶店に置いてあった1冊の雑誌。まるまる一冊が花森安治さんの特集だった。様々な方 が花森さんの思い出を語りながら、彼の人となりを評していた。また以前に書かれた花森さんの文章も何編か載っていたので、少しだけのつもりで読み始めた が、気が付くと少し長く読んでしまっていた。花森さんが亡くなられたのは1978年1月なので、既に26年の歳月が流れた事になる。掲載しているエッセイ はそれなりに古い、しかし何故か内容は古さを感じなかった。その中で僕は情報という物を考えてしまった。

子供の時の僕はどちらかというと内向的で、友達もそんなに多くはいなかった。ただ、友達となれば、とことん深く付き合う方でもあったので、自然と親 友と呼べる友人が各時代毎にいた。その中でも一番古くそして長く付き合っている友人のお母さんが、雑誌「暮らしの手帖」の熱心な愛読者だった。彼の家に遊 びに行くと、居間に無造作に積まれた「暮らしの手帖」の姿を思い出す。それも発刊月毎に整理されている訳でもなく、しかも積まれた姿は向きも表裏も関係な かった。それは一種のオブジェのようでもあった。友人のお母さんが「暮らしの手帖」を居間に無造作に積んでいたのは、彼女が無精だからではない。高く積ま れた「暮らしの手帖」に載っている記事の1つ1つが、彼女にって「暮らし」の中で必要な情報でもあった証だったと思っている。それほど「暮らしの手帖」か ら得られる情報は、その当時鮮度が高く、かつ数年で失われる様な内容でもなかった。

それに較べて今の僕たちの情報はどうだろう。人はより新しい情報を求めてネットを彷徨う。勿論その中の1人に僕はいる。毎月何らかの雑誌が創刊さ れ、商業的に利益が得られない場合は即座に廃刊となる。また、雑誌は読むとすぐに価値は失われゴミ箱に捨てられる。それはまるでネットで得られた情報が即 時に鮮度を失い、パソコン上のゴミ箱に捨てられていくのと同じ状態の様に思える。今ではバーチャルもリアルもその点では殆ど区別は付かないかもしれない。

では僕等の暮らしは変わったのであろうか?異様に早い情報の生死サイクルにあわせて僕等の暮らしも同様のサイクルになっているのであろうか?
暮らしは花森さん曰く、休みなくフル稼働を続ける機械のような物だそうだ。フル稼働をし続けているので、一旦停止して改善とかチューニングは簡単にできな い。その事を花森さんは「まずいみそ汁」を作り続ける主婦を例えて話をしていた。「まずいみそ汁」を美味しくするコツは知っているし、改良も可能だ、味噌 も具もダシも色々な種類があり、それらをどう組み合わせればよいかは、人に聞くか料理レシピの本を読めばいい。でもそれを知ったからと言って、明日からの みそ汁が美味くなることは殆どない、と彼は述べて先ほどのフル稼働の機械を使って説明し、それが日々の「暮らし」という物だと言っている。

今では花森さんが述べた事が妥当でないことを僕は知っている。みそ汁のダシは即席で色々なタイプの物が出回っているので、不味ければ明日から違うタ イプの即席ダシを使えばよい。良かれ悪しかれ現代社会はコンビニエンス社会でもあるのだ。それだけであれば、フル稼働中であっても味を変えることが出来 る。ただ、彼が述べた「暮らし」の本質の部分については変わらないように僕は思える。

僕等は毎朝満員の通勤電車に乗り、昨日と同様の仕事場に行き、時には熱く時には醒めて日々に見舞われる様々な仕事の事象に対応し、そして残業の後で 仲間達と酒を飲み、もしくは恋人と語らい、少し疲れた足取りで家に帰る。仕事の悩みを持っている方もいるだろう。もしくは家の問題を抱えた方もいるかもし れない。多かれ少なかれ人が生きていくと言う事は、それなりの問題を抱え込むと言うことだ。そういう「暮らし」から現代の情報の生死のサイクルを見たとき に、なにか得体の知れない不安を感じてしまう。

それは例えて言えば、行き先不明の高速列車の中で日々の生活をしているような感じに近い。列車の中では変わらぬ毎日がある。でも行き先は誰も知らな い。時折、行き先を知りたく列車の窓から表を眺める。高速で移動しているので、遠くの景色ははっきり見えるが、近くの景色は崩れて何がなんだかわからな い。時刻表も地図もない。ある人は一日中列車の窓に顔をつけて外の景色を眺めている。そして時折発見した事を僕に伝える。そしてそれを元にみんなで議論を する。そんな感じに近い。

そのイメージをさらに考えてみると、その列車に乗車したのは僕の意志だろうか、それとも否応も無しに乗せられているのであろうか、と言う疑問がわく。その問いについて、僕は「多分」を前置きにしてだが、自分の選択の結果であると即答できる。

列車の窓から見える景色は、情報としては薄くすぐに価値がなくなる。ただ情報は常に眼前に現れるので、サイクルが短くても問題ではない。勿論、情報 はそこに意味がなければただのデータにしか過ぎない。でも様々な人がデータに触れることにより、誰かしらそこに意味を見いだす。
でも「暮らしの手帖」の情報が、友人のお母さんにとって長く色あせない物であったのは、彼女が暮らしていた時代が今より変化が少ない社会であっただけでなく、元から情報の質がそもそも違っていたからなのではないだろうか。
質が変われば、同一のデータが元であっても、そこから複数の情報が発生する。逆に言うと、現代は過去に較べ、確かに情報の量は膨大になったが、膨大になっ た理由の1つはデータが情報に変換される際に、そこに当然あるだろう意味づけと分析・解析などの処理が薄く、不必要に1つのデータから複数の情報に別れて しまったことも要因としてあるのでないだろうか。
花森さんの一連のエッセイを読んで、漠然と僕はそんなことを考えていた。

「ぼくらの暮しと 企業の利益とが ぶつかったら 企業を倒す ということだ
ぼくらの暮しと 政府の考え方が ぶつかったら 政府を倒す ということだ 」

上記は花森さんの言葉である。暮らしを基準にして物事を考える思想家でもある花森さんは、自らを常にジャーナリストとして位置づけていた。自由な物 言いを行うために「暮らしの手帖」では一切のスポンサー広告を載せていない。それは今に至るまでポリシーとして脈々と流れている。だから、かつて多くの読 者は「暮らしの手帖」が掲載する各種家電の評価テストを信じた。隔月刊のサイクルは情報の質を煮詰めるには短い期間だったことだと思う。

現在の僕は政治家の答弁と同様にメディアの言動にも信頼を置いてはいない。多分多くの方がそうだと思う。TV・新聞などで流れる情報は、一般視聴者 とスポンサー企業にへつらう物ばかりの様に見える。つまりは社会の気分にあわせて造られ、それがさらに視聴者の気分を増長させているかのようにも思える。 それは、ジャーナリストとしての評価より、社内の評価を大切にする方向に流れる現体制では、致し方ない事なのかもしれない。ただ、僕は現代だからこそ「暮 らしの手帖」の商品テストのようなジャーナリズムを望んでしまう。サラリーマン化したジャーナリスト達は自分の暮らしを守るために表現を抑えてきたこと が、結果的に大局で自分の暮らしを脅かす結果になりはしないかと考えていることだろう。嫌々、人のことは言うまい。僕も彼らと同様の輩であることは間違い ないのだから。

そう言う意味では、体制側にいて書けなかった記事、言えなかった言葉をブログというツールを使って表現できるので、今後は本当の意味で情報の取捨選択が出来る時を迎えたのかもしれない。
自分のことを言えば、出来れば自分のブログにおいて、記事をネタと思わずに書いていければと思う。

2004年12月14日火曜日

YahooBBがADSLで勝った理由の考察

僕が以前の記事「来年のビジネス書ベストセラーとADSLで得た教訓」で書いたADSLの事につい て、幾つか誤りがあった。それはADSL技術の事を革新技術と位置付けた事だ。実は書きながら自分としては釈然としない思いに囚われていた。それは ADSLは革新技術と言えないのでないかという思いであった。少なくとも「イノベーションのジレンマ」で定義する「破壊的イノベーション」の定義とは違っ ているのは理解していた。ただ、それしかYahooBBに多くの通信事業者が負けたという事の理由が思いつかなかった事もあり、安易にそれに飛びついてし まったのも、否めない本音の部分であったのも間違いない。そこで、あらためて考えてみた。実を言うとまだ筋として煮詰めきっていない部分もあるが、覚書と してブログに掲載する事とした。

まず「破壊的イノベーション」の定義からか見ていこうと思う。破壊的イノベーションはローエンドに品質は多少落ちるが安価な製品として登場する。そ の製品業界の大手にとって、ローエンド向け商品は利益率が低いので、新たに登場した安価な商品に対抗する以前に撤退を行い、より利益率の高い商品に資本分 配を行う方向に向かう。技術の進歩により、破壊的イノベーションの商品の品質は上がり、ローエンドから少し上のランクの顧客に対して販売を行うと、ローエ ンドと同様に撤退を行い、最終的には大手大手企業は負けることになる。

その図式にADSLは適合はしない。まずローエンドに向けての技術ではない。ADSL技術が日本に登場した時、常時接続はフレッツISDNのみで あった。多くの利用者は固定電話回線でのダイアルアップによる帯域での利用だった。そしてダイアルアップによる接続は固定電話の通話料が発生する従量制課 金であった。ネットの利用はその有効性が認識されていた事とブームもあり急速に利用者数は増加をたどったが、それでも全体から見ると一部の利用者の範疇 だったと思う。これについては適切なデータを持って説明すれば良いのであるが、それはご勘弁いただきたいが、概ね認識は合っていると思う。
ネットの利用率が高い顧客はフレッツISDNを利用していた。その顧客の不満は上り下り双方の転送速度が遅い事だった。そこにADSL技術が登場した為、まずはネット利用率が高い顧客が移行したと思われる。ただ料金は高かった。

ここで言いたい事は、ADSLはローエンドに向けての安価なサービスではなかったという事である。その時点で、ADSLは少なくともローエンド方破壊的イノベーションではなかったということができる。

その当時の事をさらに振り返ってみたいと思う。モデルとして企業群を3つに振り分ける。
まずA群としてプロバイダー、B群としてADSL回線事業者、CとしてYahooBBに振り分ける。A群にはNTTを含む通信事業者がそこには含まれる。B群はイーアクセス、ACCA、フレッツ網等のADSL回線事業者である。
まずA群はADSL登場時、ダイアルアップとISDNのゲートウェイを全国に展開し、さらに展開を推し進めていた。また時期主力とみなされていた光ファイ バーへの検討も順次行っており投資は増えてきていた。ダイアルアップのゲートウェイを増加するには事前の数ヶ月前にNTTに工事許可を行う必要があり、年 間を通じて計画は既にあり、それに向けて進めていた。つまり投資配分は既に決まっている状況であった。これは通信事業者の常識であり、後述するB群にもそ れは通用していた。

そこにADSLが登場する。当然にA群は自前設備か他社網を利用するか選択を迫られることになる。自前設備は莫大になるため、ダイアルアップ等の設備計画が確定している中での選択は、ダイアルアップがある程度売り切れたらとの消極的な作戦に出る事になる。
その時はフレッツ系しか他社回線網の選択はなく、自前も一部のプロバイダで計画はあったが受け入れられる顧客数は少なかった。

またA群にとって、ADSLは光ファイバー迄の暫定的技術の認識が根強くあり、ADSLにシフトするモチベーションも少なかった。一部のネットを頻 繁に使う利用者がADSLを暫定的に使うとの認識も営業側にはあり、売り方としてはダイアルアップユーザで月使用料金がADSLを超えている顧客の移動促 進がメインと考えているところもあったように思われる。

そこにB群企業が登場する、B群企業はA群企業にとって、当初渡りに船だった。またB群企業は自前でプロバイダ事業を計画するところはなく、あくま で回線提供者だった事もA群企業との相性を良くした。B群企業は新たに誕生した会社群であったが、経営社層、及び資本関係は殆ど通信事業者からの転進また は資本を受けての設立だった事もあり、設備計画に関する認識はA群と同様であった。逆に同様であったので、回線提供事業者としての存在理由をそこに見出 し、起業となった感も否めない事実だと思う。

これによって、A群は大いに販売をする機会が得る事ができたが、それでもなおB群に対し年間設備計画の提示が求められ、急な増強には十分に答える事 はできなかった。ただ、同じ通信事業者の感覚もありはじめの頃は概ね関係は良好だったと思う。これにより、A群はランニングコストはかかるにせよ、その分 は顧客から徴収すれば良く、その他への投資配分を崩す事は免れたかのように思えた。

YahooBBが登場する。YahooBBは回線とプロバイダの双方とも持ち現れた。戦略は単純だった。つまり、NTTへのADSLの口を一気に押 さえたこと、それにより一気にサービスを全国で提供した事、常時接続と安価な事を中心に街の至る所で宣伝活動を始めた事、などからわかるように、いまだ ネットを利用した事がない顧客を対象にした事だった。またYahooBBには光ファイバーに移行する事は当初全くなく、幾つかの無料提供と安価なイメージ 戦略で、ネット利用にコスト面から抵抗のあった未利用顧客の取り込みに資本配分を全て注いだと考えられる。

A群にとって、ADSL顧客は新市場にはなく、既存利用者からの移行であった。この点が大きく違っていた。A群にとってあくまで新市場は光ファイ バーを使っての、コンテンツ事業であったのだ。YahooBBが新規顧客を取り込みが行われている時、A群起業は手をこまねいて見ていたわけではないが、 設備計画にその発想がなかったため、計画変更する手間がかかり、なおかつ通信事業者の常識がそこには流れさらに方向変更に時間がかかった。なおかつ既に NTT設備面はYahooBBが押さえている現状もあり、しばらくは営業的にも力を注ぐ事ができなかった。

これらの点を見ていくと、僕にとって次の事が浮かび上がってくる。
まず、ADSLはローエンド型破壊イノベーションではなく、技術としてはダイアルアップ接続の持続的イノベーションと位置付けられる。
しかし、売り方の点から見ると、YahooBBは未利用顧客の積極的展開からみて、新市場型破壊イノベーションと言えるように思える。しかし、これはあくまでADSL技術でなくYahooのビジネスモデルがということになる。

前回ではビジネスモデルについてもある意味批判的と受け取れる意見も書いたのは事実である。この場を借りてお詫びをしたい。
ただ、この記事に書いてあることも、一つの推測に過ぎないことは間違いない。推測における誤りがわかれば順次訂正をしていきたいと思う。

2004年12月13日月曜日

「気品」についての雑文

3高伝説が崩れてから久しい。かつて安定を求めて銀行に就職した人も、今のような状況に陥るとは想像 もしなかったのではないだろうか。お金も、社会的な地位も、学歴も、美しさも、若さも、形のある物はいずれ朽ち果てていく。だからこそ、少し前に「心の時 代」とも言われたのだろう。でも「心」ってなに?ってことになる。ここでは脳科学からの「心」の分析も、心理学・社会学からの「心」の事を語ろうとは思わ ない。僕が思うに大事なことは「心」の解明ではなく、「心」を育てることだと思うのだ。そして「心」を育てる1つの方向として「品」とか「気品」とかがあ るように思う。

年をとっても「気品」を持っている方がいる。誰でも1人は思いつく方がいるのではないだろうか。勿論、そう言う場合「気品」は外見からの判断でしか ないのだけど、内からにじみ出る何かがあり、それが見る側に「気品」を感じさせる様にも思える。そう言う方と出会い言葉を交わすたびに、「気品」は朽ち果 てることがないんだなぁと思ってしまう。

「品」「気品」がどうやって育つのか、正直僕には即答は出来ない。それらは多分だけど、今の学校教育で育つとも思えない。また「気品」はモラルとか道徳心は大事だと思うが、声高に「モラル」を叫ぶ人の姿に「気品」を感じることも少ないのも事実だ。

実際に「気品」のある人は、「気品」を意識する事は少ない様に思う。こうやって「気品」の話をすること自体、論外なのだと思う。それは僕が「気品」 を持っていないことの現れだと思う。だとすれば、自分の持っていない事、もしくは僕の「心」が望む美しさを言うことが「気品」に通じることなのかもしれな い。

映画で「気品」をキーにして思い浮かぶのは「ローマの休日」「マイフェアレディ」の2作。「ローマの休日」は登場人物の殆どが「気品」を持っている人達だった。「マイフェアレディ」は「気品」の育て方として見れば別の解釈が出来るのかもしれない。

日本文化として「茶道」「華道」「柔道」「剣道」等々、「道」をつけている物が多い。「道」である限り出発点と到達点があると思う。「到達点」につ いては僕は未熟なのでよくわからないけど、「出発点」は概ね「形から入る」と思う。「形から入る」事は日本の知恵の1つだと思う。まず「気品」のある人を 思い返してみて、その人の立ち振る舞いを真似することから始めるのが「気品」への道かもしれない。そうすることで、これは想像だけど、道の過程の中で「気 品」を持つことが出来、「到達点」は思いもしない素晴らし何かを得られるような気もする。それは例えば茶道で、最初に作法という形を学び、それを続けるこ とで身に付き、1つ1つの動作に知らずに品がでるような感じに似ている。でもそれは茶道の到達点ではない。そう言う意味では「気品」は目的にはならない。 目的はもっと別な物だと思う。逆にそれに近づくことで「気品」も自ずから身に付くのかもしれない。勿論、それは茶道とかに頼らなくても、何気ない日常でも 可能な話だと思う。

「気品」には幾つかの種類があるようにも思えるけど、一番は「自然な気品」の様な気がする。「自然な気品」は人によっては、幼い頃からでる時もあるかもしれない、でも多くはある程度の年齢は必要な気がする。そして「自然な気品」を持っている方は概ね美しい。

「気品」を考えるとき、そこには色々な条件があるように思える。例えば僕が思う条件とは、こんな感じだ。
TPOにあわせた清潔感を持った服装、物とかにこだわらない、人前で興奮して声高に話をしない、人の話をちゃんと聞く、話はちゃんと正面で相手の目を見 る、挨拶はきちんとする、微笑みを忘れない、姿勢は常に美しく、人の悪口は言わない、人に攻撃されたとき過敏に反応しない、相手を尊重した会話をする、非 常時に冷静でいる、他人の領域にむやみに立ち入らない、自分を守るために相手を攻撃しない、自分の言葉と行動に責任を持つ、自分の足りない部分を物とかで 補わない、無意味なおしゃべりは慎む、影で人の悪口は言わない、思い通りにならない時相手にそれをぶつけない、会話はウィットに富んで知性がある、人を差 別しない、卑屈にならない、潤いのある生活・・・・等々

多分これらは人によって違うかもしれない。ただ思うことは、これらの条件をいくら持っていても、その総和は「気品」に繋がらない事もあると言うこと だ。ただ、この条件を1つ1つ意識して行動することは大事なことだと思う。それはまさしく「形から入る」事でもあるのだから。これらのあげた条件でさらに 思うことは、自分を持つと言うことが大事なのだろうと言うこと。自分を持つことは、場所とか人によって変わるような相対的なことではないと思う。自分に付 いている物とか形とかをそぎ落としていった時に、最期に残るものが自分の姿なのかもしれない。そしてその姿に自信を持つことが大事なことだと思う。

自分とは他人とか物とかが与えてくれる評価ではないと思うけど、ただ、人とのコミュニケーションを通じて、逆に自分がわかる事が出来るし、さらにそこに「気品」があるかないかがわかる様な気がする。

さらに言うと「気品」もまた1つの条件になるかもしれない。なんの条件かはうまく言えないけど、それは気高さとか誇りとかそう言うものかもしれない。

「気品」「品」は物にたいしても使われる。それは「気品」の条件が、そのものに対しても備わっているように見えると言うことだろう。例えば「出しゃ ばらなくても、自分を十分に表現している姿」をそこに見るとか。そして、多くの人がある物に対し「品」があると判断すると言うことは、逆に「気品」の条件 がいまだ共有化している事の証なのかもしれない。そんな感じがする。

何か偉そうなことを沢山書いてしまった。でも冒頭にあるように、僕が自分自身に足りないと思っていることを、ただ書いたに過ぎない。出来れば「気品」テーマに書く無粋な奴と思ってご容赦頂きたい。

2004年12月12日日曜日

ニールヤングからのとりとめない話

ニールヤングが 大好きだ。自分がどのくらい彼のCDを持っているのか試しに調べてみた。そしたら17枚のCDが出てきた。自分でもビックリした。そのCD一枚一枚を見て みるまでもなく、実はヤングと同じ時間の中で聞いた曲は一曲もない。全部後から購入した物ばかり。ヤングを聞き始めたきっかけはパールジャムから。パール ジャムと競演した「ミラーボール」が何とも素晴らしかった。その時にパールジャムが何となく萎縮して演じている感じがして、逆にヤングが目立ってしょうが なかった。「何だこれー、ニールヤング凄い!」これが始まり。だからかなり遅れてきたファンと言ってもいい。まぁいつもの事ですけど。

それから彼の足跡を逆にCDで辿る事になるのだけど、やはり一番ヤングと馬が合うのは、文字通りクレージーホースだと思う。そのクレージーホースと の競演で一番好きなCDが「sleeps with angels」。そしてこれが僕にとってヤングのベストと言うことになる。勿論、曲単位で言うと他に も色々とある。例えば「今宵その夜」、なんか深酒かドラッグでかなりイッテしまった感じで歌っているのが、逆にとても良く、聞く度ににんまりしてしまう。 勿論「ハーヴェスト」も「孤独の旅路」も良い曲だけど、凄みの点では「今宵その夜」には敵わない。歌詞を十分に見てないので、何が「今宵その夜」なんだか わからないんだけど(笑。これらの曲は彼の唯一(多分今でも?)のベスト「輝ける10年」の二枚組CDに全て載っている。

彼の評伝も何冊か読んだ。でも愚かにも何年か前に古本屋に売った本の中に混ざっていたようで、今では一冊も手元にない・・・・

でも最近ヤングの曲は聞かなくなってしまった。何故だろう?勿論彼の何枚かのアルバムはiPodに入っているけど、なぜだか聞かない。

最近聴く曲はCoccoとかフィリップグラスの曲で、時折昔の曲で聞きたくなるのがMary Blackさんの「WONDER CHILD」。
彼女はアイルランドの国民的な歌手だけど、歌の中に風景があるような感じがして好きだ。特にこの曲は、僕にとっては名曲。聞き飽きないし、聞くととにかく気持ちが安らぐ。
でも聞く度に、ペギーリーの「ジャニーギター」を思い出してしまう。これも僕には謎の1つ。「ジャニーギター」はB級西部劇「大砂塵」のテーマ音楽で、アランラッドが主演。
この映画で唯一素晴らしいのは、映画の冒頭にカメラが砂漠をゆっくりと写しだし、そのバックに流れるこの曲。勿論、僕はこの映画をTVで見たのだけど、あの冒頭のシーンだけは何回でも見ていたくなる。その部分だけのDVDがでないだろうか?(でないだろうなぁ)

そう言えば昔は映画音楽凄く流行っていたような気がする。今でも勿論同じかもしれないのだけど、以前に比べ映画の絶対数が多くなっているから、特別にこれだけ流行るという映画音楽も少なくなったのかもしれない。
そういえば、今度映画で「オペラ座の怪人」 をやるらしい。勿論音楽はアンドリュー・ロイド・ウェイバー。「オペラ座の怪人」はガストン・ルルーの代表作で今まで何回も映画化されているけど、ミュー ジカルとしての映像は初めてではないだろうか?またロイド・ウェーバー以外のミュージカルもあり、たしか今年日本で開演があったと思ったが、やはりロイ ド・ウェーバーのイメージが強いので、客足は少なかった様な感じを受ける。

親戚が米国に行ったとき、ブロードウェイの「オペラ座の怪人」を見たそうだ。彼は英語が全くだめで、それでも話の種にとの軽い気持ちでの観劇だったらしいけど、最期は訳もわからずただ滂沱の涙(親戚の彼の表現です)だったらしい。
そ れを聞いて、じゃ僕もその滂沱の涙を体験しようと、四季の「オペラ座の怪人」を見に行った。滂沱にはならなかったけど、もの凄く感激した。素晴らしいの一 言。その感動がどこから来るのか未だにわからないのだけど、まぁこういう事に突っ込んで考える事はしない。もう一度見に行きたいと思う。多分、今度は映画 版かな。

蛇足1:でも個人的にはロイド・ウェーバーの中では「キャッツ」のメモリーが一番好きです。

蛇足2:吉祥寺バウスシアターで「大晦日・年越しニール・ヤング爆音ナイト開催!」
「グリーンデイル」「デッドマン」「イヤー・オブ・ザ・ホース」のニールヤング三作を一挙上映するようだ。爆音ナイトというのが笑える。ちなみに「グリーンデイル」はニールヤング初監督作品。

来年のビジネス書ベストセラーとADSLで得た教訓

米国のビジネス書は、既に来年のベストセラーが 決まっているのだそうだ。発売前からベストセラーになることがわかっている本とは「ビジョナリーカンパニー2」の続編である。「ビジョナリーカンパニー 2」は日本でもベストセラーになった「ビジョナリーカンパニー」の続編として2001年の12月に訳本がでた。ただし、この続編は日本での売れ行きは芳し くなかった。それは最初が日本で知られている大手優良企業が対象だったが、続編はあまり馴染みのない企業が多く取り上げられていたからだという。しかしア メリカでは現在に至るまで売れ続けていて、この本の信奉者も多いらしい。

この本では、経営者はカリスマ性でビジョンおよび経営戦略を練るのでなく、まず適切な人を選び、不適切な人は省く事から始めるべきとしている。それ から、業界における企業の厳しい環境の認識を持ち、単純で明快な戦略を立てる。また、人の意見に十分に耳を傾ける社風を育て、後継者を育て、かつ経営者の 代が変わろうとも企業が成長していく土台を作ることが大事と言っている。そしてこれらを行う経営者を「第5水準のリーダシップ」として「種を蒔く者」に位 置づけ、その後に脚光を浴びる経営者を「刈り取る者」とした。そして「種を蒔く者」の方がより偉大な経営者として見ている。

話を聞けばもっともな話だと思う。人材を選ぶ事でその企業の今後が決まると言っても、確かに過言ではないと思う。特に不透明な時代においては良い人 材は何よりの財産である事に間違いはない。問題は、その人材をどうやって選択するかだと思う。本書を読んで、考え方としてでるのが、揶揄もすると金太郎飴 としてバカにされる事への応酬かもしれないと言う事だ。企業文化が強いというのはある一面、同じ雰囲気の社員が多くなる事でもある。それは間違いではなく 企業が成功する為に必要な事である、とこの本は言っているようにも聞こえる。確かに、そのような組織は共有のモラルを持ち、行動に無駄が無く、目的に向 かってパワーを発揮すると思う。

ただ僕は思うのだが、全ての企業は社風と優秀な人材を持ち、ビジョンと戦略を持って、効率よく資産を運営しているのではないのだろうか?少なくとも 現代では、ビジョンおよび経営戦略を持つことは企業として当たり前の事だと思う。また過当なリストラが企業にとって愚かな結果に繋がることも十分にわか り、人材育成に力を注いでいるところが大半だと思う。その上で、なぜ企業に成功と失敗が繰り返されるのであろうか?

皮肉で言えば、現在はビジョン・経営戦略・ビジネスモデルの大流行でもある。職場にいてもこの言葉が聞こえない日はないと言ってもいいくらいだ。ビジョン・戦略・戦術を混乱して使う人も中にはいるが・・・
この状況下で、仮に立ち上げた事業が失敗した時に概ねの人が思うことは、戦略の甘さであり、ビジョンのなさ、と言うことになる。でも果たしてそれだけなのだろうか?

1つ例に挙げると、ADSL事業がある。当初ADSL事業はNTTは乗り気ではなかった。NTTにはISDNという、開発と設備投資に莫大な投資を 行った技術があったからだ。アメリカでADSL技術が流行ったのは、電話線の多くは地中に埋められていたため、光ファイバーなどの設備変更が伴う新技術に 移行しづらさがあった事による。その為に従来の銅線をつかったADSL技術が受け入れられた背景があった。

日本の場合、アメリカでADSLの商業的状況が見えてはいたが、銅線から光ファイバーに移行中でもあり、ADSL技術は1つの過渡的な技術との認識 が強かった。その結果、各大手通信会社のADSLへの歩みは遅くなっていった。それにISDNとの干渉も問題になり、ISDNをやめて一時的な技術である ADSLに変える人も少ない、との認識もあった。そこにADSL設備だけをもつ企業が登場した。イーアクセス、ACCAなどが代表的な企業であるが、彼ら はADSLへの投資に二の足を踏んでいた各通信会社の代わりに設備をもつので、十分に企業として存在価値を持っていた。同時期にNTTはADSL系のフ レッツ網が完成している。

これらの企業群には1つの特色があった。それは全て元々の通信事業者達であったと言うことである。だから、彼らの倫理・考え方に縛られていての行動 をとった。ADSLはNTT局内に設備を設けなければならないが、その工事許可は事前にNTTに対して申請しなければならない。通信事業は設備投資産業 で、莫大な投資を必要とするため、綿密な予測と損益の算出が重要になる。逆に言えば、必要な分しか投資は行わない事になる。

次ぎにADSL事業会社として出てきたのが、YahooBBである。YahooBBは母体をソフトバンクにあるので、通信事業者の持っている論理・ 考え方とは全く異質であった。彼らがまず行ったのは、NTT局内のADSL設備工事の多大な申請であった。そして至る所で行われたキャンペーン販売であっ た。彼らの動きを最初は冷ややかに見ていた各通信会社も、その内あわてることになる。あわててNTTに工事申請を行っても、既にYahooに押さえられて いるので、十分に売ることが出来ない状況に陥ってしまっていた。値引き合戦もYahooが最初に打ち出した。そして気が付けば、後発であったYahooが ADSL業者としてシェアがトップとなっていた。

何故、YahooBBがADSL事業においてトップになり得たのであろうか。各通信事業会社は、各社の優秀な人材を投与してきたと思う。投資もそれ なりに行ってきたことだろう。事業としてのビジョンも戦略も、それに伴う戦術もあったと思う。良くいわれる話が、YahooBBの場合、ビジネスモデルが あったと言うことだ。逆に言えば、他の企業はなかったという事になるが、それも個人的には考えづらい。

「イノベーションのジレンマ」がその答えを示してくれるように思える。「イノベーションのジレンマ」では、技術革新において企業が失敗する理由とし てあげているのが、その企業の成功要因であることを示している。つまり、お客様の声を大事にし、過去における成功から学んだ仕方を踏襲する事が、革新技術 を逃し失敗する原因となると述べている。
また初期の革新技術は、企業にとって旨みの少ない事業として現れるので、収入の多くをえている既存技術に固執せざるを得ず、それも失敗に繋がるとも述べている。

当初、ADSLはISDNから光ファイバーへの過渡的技術と考えていたが、結果から見ると革新技術だった。各通信事業者はADSLを当初旨みのある ビジネスとは考えていなかった。かつ、通信事業者の従来の品質固持の考えと設備投資の進め方に囚われ、十分な対応を行ってこなかった。ビジネスは今後来る 光ファイバーで行われると考えていた事もあるが、ISDNが売れていたこともあった。その結果、彼らなりに従前の予測とビジョンに照らし合わせて進んで いった結果、Yahooに負けてしまったという事だと思う。

上記のケースの時に、はたして「ビジョナリーカンパニー2」の考え方が出来るのであろうか?僕にとっては適用が難しいように思える。
人材の選択もこれらの革新技術の前では意味をなさないように感じる。優秀であり、その企業の理念に忠実な人材は、革新技術の前でも従前の企業の成長を考え、正しい判断を行おうとするだろう。その結果、ADSL事業のように競争に負けてしまう様に思えるのだ。

完全なるシステムは完全なるが故に弱いのだそうだ。その為最新のシステム理論では不完全を良しとするらしい。不完全なシステムは完全を目指す目的の ために動き、その為の存在理由もでてくる。これを人材に例えるのは無理強いかもしれないが、人材においても選択の過程の中で、一部は全く違う人材の選択も 必要なのかもしれない。

しかしそれだけでも足りないと思う。企業は既存技術による成長と革新技術による淘汰とが交互に繰り返されるとした時、革新技術のアイデアを企業の次 の収入源として、育てていく社風が必要になると思う。その為に必要なことはやはり「知識創成」の仕組みを企業内に作ることだと思う。ただ、問題なのは革新 的な素晴らしいアイデアがあったとして、それが企業の経営者層に近づく毎に、受け入れられようとする事から、従前の既存技術と同様の歩み方に変質してしま う恐れがあることだ。

その為には、全く新しい、つまりは革新技術の評価方法手順が必要になると思うが、その評価手順を企業経営者層に認識させなくてはならないだろう。まるで堂々巡りである。

それらの対応は残念ながら「ビジョナリーカンパニー2」にも「イノベーションのジレンマ」にも記載されてはいなかった。

来年出版予定の「ビジョナリーカンパニー3」は一体僕に何を教えてくれるのだろうか。
いまから期待と不安の半分半分の気持ちで待っている。

2004年12月11日土曜日

五輪開会式「わいせつ」?

間違い探しのクイズがあるけど、これはまるで「わいせつ」さがしのクイズのような内容だ。FCCさん、やってくれますね(笑

「米連邦通信委員会(FCC)が、8月に行われたアテネ五輪の開会式の放送に「わいせつ」な内容が含まれていたとする指摘を受け、開会式を独占放送した米NBCテレビからビデオを提出させていたことが10日分かった。」(河北新報社より

もしこれで「わいせつ」がFCCで明らかになった時って、一体どうなるんでしょうね?
アテネオリンピックのドキュメントビデオが18禁の棚に並ぶ様を想像する事が出来ません。なんか真面目に考えること自体アホらしい話です。
ただ、この「わいせつ」基準がアメリカの難癖の1つになっていくのでしょうか?だとすると、「わいせつ」の箇所を探すべく外務省で真剣に見ている人もいるのかもしれない。
それを考えてまた笑ってしまいました^^