2007/02/11

aikoのアルバム「彼女」における一つの解釈

aikoのアルバム「彼女」を何回か聞いてみて、歌詞の曖昧さにも関わらず、アルバムに含まれている曲に説得させられている自分に気が付く。それでは言葉で現してみようとすれば、それが全くうまくいかない。

このギャップはどこから来るのか、僕はアルバム「彼女」に収められている曲の何をどの部分をどういうふうに理解しているのだろう。それがこの記事の出発点である。まずアルバムタイトルの「彼女」からして曖昧である。「彼女」とは特定の彼女なのか、それとも不特定の彼女なのかがわからない。しかも、アルバムに収められている曲の中で、「彼女」を示すタイトル曲はない。唯一歌詞の中で一曲だけ「彼女」が使われている。
勇気を出して笑って問いかけた 今の事 今の彼女
すごく好きだよと照れて髪を触る 昔のあなたを見た
気付かないように 気付かれないように
「気付かれないように」と名付けられたこの曲は、おそらくアルバム「彼女」の中でもキーと思える曲でもある。何故キー曲なのか、それは他の曲が「あなた」と「あたし」の語り合いの中で為されているのに対し、この曲だけが「あなた」と「あたし」の他の第三者が登場するからである。以下、「気付かれないように」の解釈を中心にアルバム「彼女」を読み解こうと思う。

まずaikoの作詞はとても曖昧であり、それが解釈を拒んでいる。おそらく女性であれば、解釈など必要とせず、ただ肌で実感できるモノなのだろう。僕はそのこと、つまり女性であれば実感できる歌詞であること、を想像できる。であるならば、aikoの歌詞の中にあるのは男性になく女性にある「何か」と言うことになる。別に性差を強調するつもりもなく、肌で実感できる男性もいるかも知れない。でも少なくとも僕はそのように思う。

「気付かれないように」を素朴に解釈すれば、以前につきあっていた男女が出会い、一緒に街を歩きながら会話をしている情景を思い浮かぶ。「あたし」である女性は、「あなた」である男性の声を聞き泣きたくなる。しかし泣きたくなる理由が、昔の恋人関係に戻れない悲しみなのか、久しぶりに出会えたことの喜びなのかが、自分でもわからない。
声を聞いて泣きそうになるけど 何故だか解らない
もう戻れない悲しみなのか出逢えた喜びなのか
気付かないように 気付かれないように
問題は次の箇所である。「気付かないように 気付かれないように」、「気付かれないように」のみであれば、「あたし」が「あなた」を今でも好きなことを、「あなた」もしくは今の「彼女」に気付かれない気持ちが現れ理解しやすい。しかし、その前に「気付かないように」が、誰に対してなのかが曖昧となる。おそらくそれは、前文の泣きたい理由が判明しないことに掛かっている。

「気付かないように」「気付かれないように」は「あたし」もしくは「あなた」と今の「彼女」、さらには「あたし」を含む3人に対して向けられている。そして誰に向けられているのかにより、その内容も変わってくる。しかし僕はこの曲で重要なキーワードはやはり「彼女」だと思う。
ジラールのいう<欲望の三角形>、あるいは<模倣的欲望>は、男女の愛が直接的・
無媒介に生起するのではなくて、つねに間接的に触媒され、三角関係という迂路をたどることのグラフィックな顕現である。愛の対象への欲望は、同じ対象を欲望する第三の人間の存在をまって初めて生じるのであって、わたしの欲望と思えるものは、その実、他者の欲望(あるいはその模倣、反映)にほかならない。 (中略) ふたりいるところ、 かならず第三の人物がいる。2は3であって、恋愛とは三角関係なくして生じない。
(「ユリイカ」 平成8年11月号 「ご主人を拝借」  大橋洋一 から引用)
ジラールのいう<欲望の三角形>とは、ルネ・ジラールの「欲望の現象学」からとなり、内容は上記の通りである。「あたし」が「あなた」の今の「彼女」を意識していないはずはなく、逆に「彼女」の存在が、「あなた」への恋慕を増幅させる。「あたし」が「あなた」に一番聞きたいことは無論「彼女」のことである。そして、「あなた」と「彼女」との間では「あたし」が不特定の「彼女」の一人となる、そのことも「あたし」は気が付いている、しかし「気付きたくはない」のである。

「あたし」が「あなた」に向ける恋愛感情は、「彼女」を登場させることで際立たせている。そしてそれは歌詞の中に「彼女」が入っていない曲に対しても、アルバムタイトルに「彼女」を用いることで、すべての曲に反映させている。なんという才能だろうか。僕はただ恐れ入る。

もう一つ思うことは、aikoの歌詞の中で性を感じさせるのも「彼女」のみとなる。aikoが女性であるが故に、「あたし」も女性で、恋愛感情を抱く「あなた」は男性であると、暗黙のうちに了解されている。それゆえに、突然の「彼女」という言葉に僕は少し驚く。
勇気を出して笑って問いかけた 今の事 今の彼女
すごく好きだよと照れて髪を触る 昔のあなたを見た
気付かないように 気付かれないように
しかし、歌詞の中で「あたし」が女性であることは、作詞者がaikoであるため状況的に間違いないとは思うが、「あなた」が男性であることを示すモノはなにもない。「あなた」は女性かも知れない。同性愛的な状況でもこの歌詞の解釈は可能となる。いや、むしろ同性愛的な状況下の方が理解しやすくはないだろうか。例えば、「あたし」のことかもしれないが髪を触る仕草、そして指輪、久しぶりに出会った状況。なによりも「あなた」と「あたし(女性)」のどちらが主体としても通じる歌詞の曖昧さ。「あなた」が男性であるとしても問題はないが、女性と置き換えた方が僕にとってはさらに自然で、歌詞の曖昧さも少なくなるように思える。

同性愛的な解釈はアルバム「彼女」全体を通しても言えるかもしれない。歌詞の曖昧さは解釈を拒んでいるのではなく、その視点での内容であることからくる曖昧さなのかもしれない。徐々にではあるが、僕の耳にはそのような内容となって聞こえつつある。

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