2007/12/12

「天国と地獄ってあると思う?」唐突に彼女が聞いてきた

「天国と地獄ってあると思う?」唐突に彼女が聞いてきた。いつものことだ。彼女はいつもそのことばかり考えている。同じ質問を何回してきたのかわからないほどだ。その時々の気持ちでやはり唐突に湧き上がる思いを自分の中に収めるのが苦手なのだ。
 
「僕はないと思っている」それもいつもの返事。その答えを聞いているようには思えずに彼女は続けて言う。それもやはり毎度のことだ。

「天国と地獄がないと思っているからこそ、いえ、ないと思えば何でも悪いことができるようになるよね」
 
「そんなことないんじゃないかな。たとえば、君は天国と地獄がないとしたら、悪いことなんでもできるの?」
 
しばらく考えているようなそぶりを見せるが、僕には彼女がどう切り替えしてくるのか知っている。
 
「あなたは天国と地獄があることを信じていいない」
 
「うん」
 
「神様っていると思う?」

やはり僕の質問を流したのだ。僕は彼女が天国の有無に関わらず、僕の倫理観からみて彼女が悪いことをするとはまったく信ずることができない。無論、あくまで僕の倫理観によればの話ではあるが。
 
「わからない・・・でも僕の中では神様を信じている気持ちがあるかもしれない」
 
「私・・・きっと地獄に落ちるわ」
  彼女は自分が地獄に落ちるとどういうわけか信じている。すかさず僕が答える。

「断言するけど、君は120%地獄にいくことはないね。僕自身のことはわからないけど。」 先ほど天国と地獄を信じていないと言ったにも関わらず僕は答える。
 
「なぜそんなことが断言できるの?」
 
「じゃあ君は何で自分は地獄に行くと信じているんだ?」
 
「私は怖い。地獄に行くのが怖いの」
彼女のその言葉でお互いが黙る。いつものことなのだ。月のうち少なくとも一回はこういうやり取りをする。

僕の父方の実家は神主をやっていた。母方のほうは浄土真宗だ。母方の影響なのか、子供の時分に祖母から天国地獄絵図を見せられたことがある。悪いことをすれば死んだ後こういう場所に行くんだよ、と言いながら見せてくれたその絵のおかげで僕は長い間一種のトラウマとも言える感覚を引きずった。今でもその絵のことを覚えている。閻魔大王を含め十大王がいる十の世界は、実に生々しく人間の苦痛がでていた、別の見方をすれば地獄は拷問の百貨店のようでもあった。それに比べ天国の絵は退屈そのもので何もない世界のように感じられたものだ。幼い僕はどちらの世界に行くの嫌だった。

僕は宗教には疎いが、浄土真宗ではお題目を唱えることで阿弥陀様が極楽浄土に連れて行ってくれるそうだ。昔の人は天国を気にし、今を生きる彼女は地獄を意識する。どちらがどうと言うわけではないが、その違いに彼女は気が付いているのであろうか。これもまた考えれば、神道には天国とか地獄の考えは存在しないように思うがどうなのだろう。黄泉の国があり、そこは死者の国である。そしてその国でもやはり生者の国と同様に自然の法則が作用している。イザナミノミコトが蛆に覆われていた姿をイザナギノミコトは見てしまう。イザナミノミコトは黄泉の国の食べ物を既に食べてしまったのだ。夫に醜い姿を見られてしまったことで、イザナミノミコトは怒り彼を追いかけることになる。正確には知らないが、神道では死ねば誰もが蛆に覆われることで、死者の格差はないように思える。

そして僕は思う。仮に彼女の言うとおりに天国と地獄があるとしよう。誰も見たものはいないのだ、僕らの宇宙とは別次元の世界があったとして、死後その世界に転移しないとも限らない。でもその別次元の世界、天国と地獄どちらに行くのかは、それこそ神のみぞ知るである。でも別次元の世界にせよ、天国と地獄の存在の根本には霊魂不滅の概念がある様に思う。この世界に僕が属している限り、人間に感知可能不能に関わらず、霊魂があるとしたとき何らかの物質で構成されているように思う。そして物質である限り、それは同じ構造で永遠に維持し続けることは難しいと思うのだ。

こうは考えられないだろうか。仮に神がいるとしよう。でもそのことと天国と地獄があるのは別の話だと。さらにいえば人は天国に行くために、地獄に行くべき行為をすることもあるのだ。そうはいっても、神仏が定める規範に人間はやはり知るよしもない。つまりは人間は天国と地獄のことを意識して生活するべきではないのだ。それであれば、人間にとって天国と地獄はないに等しいのではないのだろうか。モーゼの十戒も、その当時の規範に照らし合わせれば、現代の人間はほとんどがその戒律を犯しているではないか。

以上の簡単な僕の天国と地獄への考えを彼女に何度か話したこともある。約30分以上もかけた、こういう話が苦手な僕のプレゼンであった。その時、彼女は感心するほど熱心に話を聞いてくれた。そして聞き終わった後に僕に尋ねたのだ。
「それであなたは天国と地獄を信じてないの?」

0 件のコメント: