2004/12/09

携帯電話にWindows


「KDDIは12月8日、2005年日本国際博覧会(愛知万博)向けに開発した情報端末「愛・MATE(アイメイト)」を公開した。OSにWindowsを採用した国内初の携帯電話端末となる。(CNETより抜粋)」

アイメイトは「ブルー」と「オレンジ」の2種類あり、通信機能があるのはオレンジの方だ。ブルーは入場券に埋め込まれた「ミューチップ」の読み取り ようとして使われるとのこと。ちなみにミューチップとは日立製作所が開発した無線機能を持った超小型のICチップで、紙に埋め込むために限界まで小型化し ている。愛知万博では入場券に埋め込まれるようだ。

通信機能がつく「オレンジ」の写真がCNETよりに掲載されていたが、手袋をつけて紹介しているのが、何となく面白い。なにか手袋をする理由でもあるのだろうか?

今回OSにWindowsを採用した結果、開発環境やソフトウェアが充実している為、開発期間が半年から1年間ほど短縮できたと言うことだった。確 かに愛知万博にむけて短期間での開発の選択肢としては正しいのかもしれない。でも背景として、LinuxやシンビアンOSを使用しなかった理由に、ドコモ とボーダフォンの影も感じる。ドコモはFOMAでLinux、ボーダフォンは702NKでシンビアンOSを採用しているからだ。
でも、今回は愛知万博のイベントのみの携帯端末なので、そこまで考えるのは考え過ぎかもしれないが・・・。

愛知万博での利用者の感触をみて、今後の製品として展開するかを判断するらしい。ただ、イベントでの反応をまつまでもなく、利用者の目からみると、現行見えているスペックだけでも気になる点がいくつかあるのも事実。

KDDI担当は「見た目はケータイだが、中身はパソコンと思ってもらっていい」と喋っているが、多分この言葉の持つ意味を、この担当は深く考えていないのも事実だと思う。
つまり、パソコンと定義する段階で、パソコンの持つポジティブな面と同様にネガティブな面も引き込まれ、それが携帯電話会社であるがパソコンメーカーでな いKDDIにたいする不安の面も助長される結果にならなければ良いと思うのだ。一番のネガティブな面として避けられないことは、当然の事ながらウィルスへ の対応だと思う。

携帯専用OSとして育ってきたシンビアンOSにも、一時ウィルス騒ぎがあったことを覚えている。特に今回はWindowsである。ネットのITサイ トを見れば、毎度出てくるのがWindowsの脆弱性とウィルスの記事だ。それへの対応はどうなるのであろうか?ウィルスチェックソフトを別途購入して下 さいって事になったら笑える。

パソコンと同様に、各種アプリのインストールと周辺装置の接続が可能となっている。そこで気になってくるのが、マンマシンインターフェースの部分。 つまり人が入力する際の仕方が気になる。従来と同様の数字部分を何回か押しての入力だと、対応仕切れない状況も出てくるのでないだろうか?
PDAと同様に、画面にペンを使っての入力も良いかもしれないが、画面の大きさを考えると、それも利用者としては遠慮したい気持ちが強いだろう。

それから、連続通話時間は150分、連続待受時間は30時間もパソコンとしてみても、携帯端末としてみても短いように思える。

多分この携帯端末は事業化したとき、対象顧客はビジネス利用を行う人達になると思う。OSの事を考えると、それなりの能力が必要なので、価格も高く なる事だと思う。まさしく、担当者が言いたいことは、この価格への伏線だと認識している。ビジネス向けであれば、当然に費用対効果の面で、この端末を利用 することへのメリットと使い方の提案を今後行ってくれる事も期待している。

ただ日本の通信会社で一番苦手な部分が、この新たな価値観の提言である様な気がする。できれば、使い方はお客様の方でご自由に考えてください、との突き放した事だけは止めて欲しいと思っている。

月下美人

リンカさんのブログ「★ Rinka * Diary ★」に月下美人の写真。とても艶やかでまさしく美人だと思った。人に聴くと、サボテン科の花で一晩しか咲かないのだそうだ。
昭和天皇が太平洋戦争前に台湾に行かれたとき、この花を見られてお近くの人に「この花は何ですか」と聞かれたそうだ。その時「月下の美人です」と側にいた人が言い、それからこの花が月下美人として広まったらしい。
それよりも気になったのは、月下美人は花の後に、食することが出来るらしい。
「花を食べる」で最初に僕が思い出すのは「菊」だ。特に東北の食用菊はおひたしにして食べると本当に美味しい。
月下美人は一体どんな味がするんだろう。香りが芳醇だというので、味と共に香りも楽しむことが出来るのだろうか。
リンカさんはおひたしにして食べたとのこと。羨ましい限りだ。
月下美人は、花が咲くまで5年かかるらしいが、咲き始めると1年に4回咲くと聞いている。この美しさを、月明かりの中で堪能し、後日舌で味わう。これって花と団子の両取りだ^^。僕も育ててみたくなってきたけど、性格的に花を育てるのは難しいだろうなぁ(笑

2004/12/08

ガラスの仮面の新刊発売

「盲亀の浮木」とはこの事だと思う^^
ガラスの仮面の新刊が発売する。しかも全編描きおろしとのこと。41巻目がでてから実に6年。正直言って未完で終わると思ってました。新刊が出るとは全く思わなかった。全くあり得ないことはないが、それに近い希有な事・・・・盲亀の浮木(笑

適切ではないのはわかるけど、僕にとって新刊が出るのは、そのくらいの可能性でした。

すでにもう関係ないと思っているファンも多いんでしょうね。でもきっとその人達も、本音では気になっていると思うから、買うか、借りるか、漫画喫茶で読むかするんだろうなぁ。
僕?はい想像通りです(笑

そう言えば「ガラスの仮面」の食玩が発売されたと聞いて思わず笑ったことも、最近のことでした。

2004/12/07

RMTという仮想世界での現実

ネットゲームの種類にMMORPG(以下 ネットRPG)というジャンルがある。数百人から数千人が 同時に遊ぶネットワークRPGのことで、プレイヤーは、自分もしくはシステム側が与えた目的をもって仮想世界の中で生活する。多くの様々な人が集まるの で、他のネットゲームよりはコミュニケーションを楽しむ事が大きな要素ともなっている。僕は1年くらい前から、その1つである「MU 奇蹟の大地」(以下 ミュー)というゲームで遊んでいる。

最近そのミューを含むネットRPGで話題を呼んでいるのがRMTの話だ。RMTとはリアル・マネー・トレードの事で、仮想物品を実際のお金で売り買いする事を意味する。
RMTは殆どのネットRPG運営会社が「利用規約」の中で禁止事項として扱われている。その理由は、仮想世界に現実の貨幣を持ち込む事により仮想世界そのものの価値が崩れる事とだと思う。

ネットRPGの開発コストは一般PCゲームソフト(コンシューマソフト)の開発期間より短いとされる。
それはネット開発がベータ版と言われる評価版から、ゲームプレイを無料として、多くのプレイヤーによる公開テストを順次行い、テスト期間を短縮する方法をとっている事が大きいと思う。開発期間短縮は開発コストに跳ね返り、ソフトの投資回収期間にも影響を与える。
回収期間が短いと言っても、それはコンシューマソフトに較べての話で、一般には約2年と言ったところかもしれない。勿論それは参加者を多くする事で短期間 化することは可能であるが、その為にはゲームのバージョンアップによる新機能の追加を強いることにもなり、それによる開発行為により回収期間は、さらに延 長することになる。

つまりネットRPG運営会社側の戦略としては、新規参加者の増加と、参加者が出来るだけ長い期間を遊んでもらうことにつきる。
新規参加者獲得については、新規登録時に一定の無料期間を設け、敷居を低くしている。また特典を付ける事もあるが、数多くのネットRPGが既にあり、かつ 新たなゲームが頻繁に登場する状況下では、新規参加者の増加はかなり難しく、一人あたりの獲得コストをみても高くならざるを得ない。
尚かつ、ネットRPGのゲームシステム上においても新規獲得は難しくなっている。何故なら、多くのネットRPGは敵であるモンスターを倒すことにより得ら れる経験値を積み重ね、レベルアップを行うことで、さらに強くなり、また仮想世界での移動可能世界が広がるので、新規参加者は従来の参加者に較べて差が歴 然となり、ゲームを行うモチベーションが上がりづらい事。および、従来の参加者が既に仮想世界の中にコミュニケーションを楽しむグループを形成している が、新規参加者はそれらのコミュニケーショングループに入りづらさがある事、等があげられると思う。

結果的にネットRPG運営会社は、新規参加者増加も視野に落とせないが、力点を従来参加者の継続利用に持って行く事になる。ここでいう従来参加者とは、評価版もしくは課金開始当初からの古くからの参加者のことを示す。

従来参加者がネットRPGを続ける理由として、仮想物品を時間をかけ苦労して手にする達成感と、目的と仮想現実の中で話題を共有する事により得られるコミュニケーションの楽しさにあると思う。
RMTは、上記のような、仮想世界の中で楽しむ従来参加者の達成感を阻害する事につながるので、ネットRPG運営会社にとって重要な禁止事項になっていく。

ただしRMT行為自体は現行法的には違反行為ではない。個人同士の合意による売り買いの範疇であるからだ。著作権の問題を指摘する声もあるが、結果的にそのシステム内でしか使用できないので、現行法での規制では難しいように個人的には思える。
結果的に、ネットRPG運営会社で出来ることは、登録された参加者が違反行為を行った場合の即時登録抹消くらいしかなく、しかもRMTでの取引はメールな どで行うことが多い為、ネットRPG運営会社では違反者の特定がきわめて困難な状況にある。さらに特定者が見つかり、登録抹消を行っても、再度登録は可能 となっている。

しかもRMTがネット運営会社の利用規約上で違反行為となっていても、それの位置づけは登録抹消の理由の1つでしかない。また法的には違反行為でないので、当然にRMTに対しても擁護派と否定派の双方の価値観が出てくる事になる。

擁護派の言い分としては、元々ネットRPGシステムには不公平があり、その中で楽しむためにはRMTは必要であるとの認識だと思う。不公平な部分と は、前記のように概ねネットRPGは経験値を得ることでより強くなり世界が広がるが、同時に敵を倒すことで得られるアイテムも貴重で高価な物となる。また システム自体は参加者の長期継続利用を戦術としているので、レベルアップにはそれなりのプレイ時間が必要となってくる。その為、プレイする時間がない会社 員などは、多くの時間をプレイに費やすことが可能な人達に、プレイ以前に差が付いてしまうことになる。その時間差の部分をRMTで補うと言うことになる。

それに対する否定派の言い分は、RMTによる仮想現実世界の崩壊につながる事への危機感となる。RMTを行う者は、ネットRPGの中で仮想物品の取得が中心的となる。効率よく仮想物品を取得するために、BOTもしくはチートの利用につながる。
BOTとは道具・もしくはマクロにより、本来人が操作しなくてはならないキャラが無人で敵を倒し続ける事。
チートはネットRPGシステムにおけるセキュリティの脆弱性をねらいネット上を流れるデータを改ざんし自分に有利な方向に持って行く事である。
この両者とも当然の事ながらネットRPGの中では禁止されている。

その他に外国人労働問題がある。外国人労働問題とは外国から日本のサーバに入り、RMT目的で仮想物品を取得しようとする問題で、時として人を雇い 組織として行動を取ることも多い。彼らにとっては自国でRMTの話を行うより、貨幣価値の高い日本でRMTを行う方が効果があることになる。

これらRMT目的の人達は、目的は遊びではなくビジネスになる傾向があるので、仮想物品を得る事に対し、成果と効率を追求する事になる。
ネットRPGでは敵(モンスター)が発生しやすい場所が幾つかあり、当然に人気スポットとなっている。RMT目的の人は、仮想物品取得が目的なので、他プ レイヤーへの迷惑行為を意識する事が少ない傾向にある。例えば、人気スポットの独占、他プレイヤーが占有している場所の横取り、その為のPK行為等で、そ の結果他プレイヤーがゲームを楽しむ事を妨げる状況になっている。

さらに、RMT目的の人は様々な仕方で仮想物品を収集する事になり、仮想世界の中においても富の独占が起こる事が予想され、その結果仮想世界のバランスが崩れる事にもつながる。

RMTが横行するネットRPGは、上記の結果、従来参加者の自主的退会が多くなっていく傾向になっていき、最終的には運営会社がゲームを続けることが出来なくなると、否定派は言い分として持っていると思う。

しかも、ここにきてネットRPG運営会社にとって、RMT行為以上に問題となる事が発生してきている。それは「ハックサーバー」の存在である。
ハックサーバーとは、ネットRPGのプログラムとプロトコルがハッキング・解析され、勝手に無料サーバーが立ち上がってしまうことだ。
元々ネットRPGがコンシューマーソフトより有利な点として、不正コピーが出来ない事があげられていた。「ハックサーバー」はこの前提を揺るがせている。

ネットRPG運営会社にとって、僕が思うに、「ハックサーバー」の乱立の可能性はRMT行為より脅威に感じているはずだと思う。
それは、前記の内容の通りに、参加者は新規より従来参加者が多いと思われ、他の競合ゲームも多いことから、新規参加者の大幅増加は期待できない。
よってビジネスとして利益を求める為には、ゲーム参加者を増やす為にゲームが出来る国を増やすことになる。元々ネットRPGのビジネスプランではグローバ ル展開が盛り込まれていて、それがバージョンアップ開発および運用費への増分支出根拠ともなっていると思う。かつグロバール展開の前提として不正コピー不 可があることに間違いはない。それが崩れるとしたら、ビジネスプラン全体が成り立たなくなる恐れが出てくる。

ネットRPG側からみると、RMT行為によるリスクは増大傾向にあるにせよ、全体から見るとまだ無視できる状況にある。それにRMTにおける問題の 難しさは、運営会社側での対応が難しい事なので、彼らにとっては法律の整備を期待するところが大きい様に思える。尚かつ、仮に日本での運用が失敗に終わっ ても、その他の地域で元を回収できれば問題はない。ネットRPGゲーム自体がプレイヤーにとって入れ替え可能であれば、逆にネットPRGゲームにとっても プレイヤーは国単位で入れ替え可能なのだ。
ただし「ハックサーバー」はそう言うわけにはいかない為、彼らにとってはRMT行為より脅威に感じる結果になる。

ただ見方を変えれば「ハックサーバー」の存在はネットRPGゲームへの不満がその動機にあるように思える。「ハックサーバー」への対応は技術問題へ 移行しがちではあるが、本質的な問題点を分析し、今後のゲームへの対応に生かされない限り、所謂「モグラたたき」的な状況になるだけで、真の解決には至ら ないように思える。しかも「ハックサーバー」への問題重視へのシフトの結果、残るは置き去りにされたプレイヤーとなるのは目に見えている。

上記の様な状況下で、僕はそれでもミューを楽しんでいる。実際の所、僕にとってはRMT行為もハックサーバーも無縁な存在だ。結果的に僕のキャラは 常に貧乏でもある。これをいわば「清貧」と言うのだろうと、一人自己満足になっている感もあるが、僕がゲームに求めているのがコミュニケーションを楽しむ ことでもあるので、それが気にしない大きな理由でもあると思う。仲間達とパーティーを組んで一緒に遊ぶことは本当に楽しい。そう言う僕が、ミューを背景に したネットRPGゲームを語ること自体に問題があるのかもしれないが・・・

僕が思うに、RMT擁護派とRMT否定派の双方の意見が擁立する事自体、価値観が違うので、当然のことだと思う。それら双方を否定するつもりはな い。僕にとって問題となるのは、プレイヤーとして楽しく遊ぶ環境が脅かされる事だが、それ以上に個人的に気になるのは法律による規制への動きだ。

プレイヤーとしての僕は、楽しく遊ぶ事が脅かされる事象の背景として、RMTの存在を認める。よって心情的にはRMT否定派に近い。
ただ、それ以上にRMT否定と擁護の2者選択を心理的に強要する環境が嫌いである。勿論、ゲーム上においては、まだそこまで至ってはいないが、全体の気分の盛り上がりとして、そこに流れる可能性を感じてしまう。
なぜ遊びで、どちらかに決める必要があるのだろう。それを求められる時は、僕は第三の選択肢としてある「ゲームをやめる」を選ぶだけの話だ。一緒に遊ぶ仲間達を除き、ゲーム自体は僕にとって入れ替え可能だからだ。

RMTは実際ネットRPGの草分けである「ウルティマオンライン」が始まった時から行われていると思う。それでも未だに「ウルティマオンライン」は 存続し続けている。ネットRPG運営会社から見ると、ビジネスプランの中で過去の経験からRMTについては盛り込み済みと考えられる。そして現行の状況で は、多分許容範囲内なのだろう。それが許容限界値近くになると法規制への動きになって現れると思う。

RMTは、詐欺行為およびその他の犯罪の温床になる可能性があると、指摘される場合があるが、それらは現行の法手順での解決が可能だと思う。なおか つ温床の規模が広がる可能性も否定できないが、現実的に考えてみて、他のネット利用と較べると個人的には広がるとは想像できない。

その中でRMT規制を法案化しようとする動きが、各ネットRPG運営会社側にある。僕はこの規制法案に付いては全面的に反対である。勿論どういう内 容を考えているのか、現状では全く不明であるが、規制を与えることにより、その他のネットの健全な利用も阻害される可能性が十分に考えられるからだ。

それにミューを中心に考えると、最近運営会社自体が始めた「RMTもどき」のサービスがあるが、これについてミュー内では批判を行うプレイヤーも多 い。僕にとっては「顧客囲い込み」のサービスの一環であって、ビジネス的には著作権を所有する仮想物品を売ること自体、問題のある行為ではないと思ってい る。
問題はミューにおける利用規約との整合性の問題とプレイヤーからの批判に対し何も行わない事だと思っている。
最近ミュー公式HPではプレイヤーからの批判が多いため、掲示板を閉鎖した。そして閉鎖の理由も明らかにされていない。過去においても、バージョンアップ延期を行った際に、プレイヤーの能力値不足を理由に挙げていた事もあった。
これらの事を考えると、ミューの運営会社は体質的に被害者意識が強い様に思えてしかたがない。その被害者意識の強さから、法規制に流れる事は容易に想像できる。

僕にとって、ミューを前提に考えると、運営会社にとっては問題が山積みだと思うが、まずやらなくてはいけないことは、プレイヤーに根付いた不信感を晴らすことだと思う。外部要因の不安材料があるにしても、まずは内部要因への対応だと思う。
多くのビジネスが内部要因への対応不足から潰れていったことを忘れてはならない。

2004/12/05

貴方は血液型による性格を信じますか?

僕は占い、星座、血液型等による性格判断とかが大好きだ。自分が判断に迷うときとか占いで決めるときもあるくらいだ。それに血液型判断はコミュニケーションの道具として有効だと思うし。
ところが血液型の性格判断もテレビなどで多く取り上げられると、懸念を表明する人も多いようだ。
(毎日新聞 「性格決めつけ」視聴者から抗議相次ぐ」)

その記事にあるように、子供らの中で不当な差別につながる事は避けなければならないと思うが、それは血液型の番組が問題なのだろうかと、つい思ってしまう。

人が生活すると、自分にとって嫌な奴と一緒に仕事をする事も出てくる。もしくは、好きな人でも嫌いな部分もあると思う。その時に、血液型は自分を「とりあえず納得させる道具」になっている。少なくとも僕の場合はそうだ。
また、僕はしないけど、人から「B型のこの部分が嫌い」と言われる場合も、血液型を緩衝させることで、言いたいことをソフトにさせる効果があるように思える。

しかし記事に書かれていた社会心理学教授の「大衆の常識のように定着してしまった」には思わず笑ってしまった。思わず言いたくなった言葉。

「先生方は大学の中だけでしか社会を見ていないのかもしれませんが、一般の人達は貴方が思っている程愚かではありませんよ。誰もが科学的根拠がない ことは知っています。多くの人達はそれらの話をコミュニケーションを潤滑に行うための道具として活用しているだけです。先生はその様に言うことで、ご自身 の生活の糧の領域を増やそうとされているのかもしれませんが、心配には及びません。先生方が活躍する場所は、世の中いくらでもありますから。」

僕は血液型による不当な差別が実際にあったとしても、それは単なる「引き金」でしかないと思っている。引き金を安易に提示すること自体が悪いことだ と言われればそれまでだけど。ただ差別したい対象がいる場合、する側はなんでも利用するのではないかと思ってしまう。問題は別の所にあるのではないのだろ うかと思う。それに必要なのは、差別を生む社会学的、心理学的な見地からの提言であり、それに基づく対応の検討だと思う。その為には、局所の対応でなく、 社会全体を捉えて、その中から本質を見抜く必要があるのではと、愚考している。

それが社会学者・心理学者の役目だと思うのだが・・・どうなのだろうか?

ただ、メディアが人に与える影響力に対して、僕自身が過小評価しているのが、この僕の記事の根底にあるかもしれない。もし血液型の番組の問題が、メディアにおける影響とその背景であれば、この記事では網羅できないし、荷が重たすぎる。

ちなみに、僕はB型、射手座です。
この組み合わせは、射手座の自由奔放な部分と、B型のマイペースが重なり、友人から言わせると最悪だそうだ。でもこれは誉め言葉として僕は受け取っている(笑