ソフトバンクがボーダフォンを買収した出来事はある一部の人達にとっては悪夢とまではいかないが、出来れば嘘であって欲しいと思ったことだろう。一部の人達とは携帯同業他社の経営者達のことである。彼らが恐れたのはソフトバンクという会社ではない、孫正義という一人の男にである。
2004年の総務省管轄の周波数帯割り当て協議のことを覚えていられる方も多いことだと思う。新規参入を目指したソフトバンクは念願の800メガヘルツ帯を申請したが、結果から言えば総務省の認可が下りなかった。あの時孫正義氏が吐いた名言を忘れることが出来ない。
「切手代(郵政民営化)より携帯電話代が多くの国民にとっては重要だ」
ITmediaの記事「買収でボーダフォンはどうなる?」を読んだ。記事の中では「価格破壊」という言葉でADSL回線事業参入時の孫正義氏を語っているが、それは片手落ちというものだろう。価格を安くすると言うことが、何を意味するのかを記者は認識していない。今でも価格設定が営業施策上最重要項目の一つである以上、先行者より価格を安くすることは新規参入者にとっては必須のこととなる。それは他のADSL回線事業者も当然に理解していたし、多少はNTTに較べ安めには設定していた。でもYahooBB並には出来なかった。何故YahooBBでは出来たのかという視点に欠ける。
価格を破壊的に安くするということは、それに見合った業務フローを造ると言うことでもあり、それ以上に新しいビジネスモデルを開発すると言うことだと僕は思う。そして技術革新はADSLという技術ではなく、そのビジネスモデルにあったと思うのである。何故孫正義氏のビジネスモデルが当時の他の回線事業者にとって革新たり得たのか。それは他の事業者が自分のビジネスを設備産業と考えていたことに起因すると僕は思う。当時の、そして今でも、大手の通信事業者の経営者は元NTT出身者でもある。NTTは電電公社時代から官民一体となり通信事業を繰り広げてきた。通信設備を新たに建設もしくは増設するには膨大な費用と期間がかかる。よって事前の計画は重要で、多少の需要変化は無視し、概ねは事前の設備計画に沿って行われる。初期の携帯電話の月額使用料が高かったのは、設備費用の膨大さもあることながら、その設備計画によるところが大きい。つまり徐々に設備を増やしていく事情から、初めは高めに料金を設定し加入者を増やさないようにしているのである。無理に一言で現せば、設備産業を従事する者達にとって、設備計画が主であり、その利用者は従といえる。その考えを孫正義氏は覆したと僕は思っている。つまりは設備産業であること自体は変わらないが、それ以前にサービス産業であったという意識の芽生えと言っても良いかもしれない。
勿論ADSL事業については、他の事業者達がADSL技術は光ファイバーまでの過渡的な技術であるとの認識が、YahooBBへの対応が遅くなったとも認める。しかしそこにも、他の通信事業者達の技術偏向の姿勢が見受けられるのである。設備計画重視という姿も、ある意味では技術者主導のビジネスとも思うからである。
孫正義氏はADSL事業によって、他の回線事業から見れば、価格破壊以前に通信事業者の設備計画に対する常識を尽く破壊した。それに対する嫌悪感は彼らの中には根強い。それが2004年の周波数帯域割り当て協議におけるソフトバンクへの対応の大元にあると僕は思う。あの時、ソフトバンクの孫正義氏だけが周囲と較べ異質であった。そしてその異質な存在の参入時期を遅らせる、そういう心理が協議会と他携帯事業者の双方にあったように僕は思っている。
その孫正義氏がボーダフォンを買収した。いずれは携帯事業に参入すると見ていたが、実はこんなに早く参入するとは想像だにしていなかった。孫正義氏は記者の料金についての質問に「今は詳細についてコメントする段階ではない」と答えている。
ITmediaの記事では安い価格の提示を予測している。その根拠としてバックボーンネットワークの自社設備利用が可能であることを述べている。確かに現在の利用者数を鑑みると安い料金設定は必須だと思う。よって少しは料金改定は行われることだろう。でもその幅は価格破壊のレベルではなく、一般的な値下げレベルだと僕は思っている。理由はノンリコースローンはボーダフォンのキャッシュフローを担保にしていることが大きいが、資本の投資配分として設備拡張のほか今後の展開、例えばIP化、に向けての諸々の設備増強に向けると思うからである。
さらに番号ポータビリティ実施後の顧客囲い込みとして、料金値下げの方向は個人利用ベースではなくて、例えば家族割等の人との繋がりの中で料金を大幅に割り引くような事になっていくと思っている。つまりここで単独で料金値下げを行ったとしても、特定のグループでの割引もしくは長期割引競争の陰に隠れてしまう結果になる。
確かにYahoo等のソフトバンクが所有するコンテンツの力は大きいし、それらを効率よく利用することでボーダフォンに良い影響力を与えることになると思う。ただ現状のシェア及び売り上げに貢献する決定的な力になるとも思えないのである。そのくらいボーダフォンと他社とは、ネットワーク・技術・営業・端末・サービスの面で遅れていると思うのである。さらに、ソフトバンクがコンテンツに関して他社より有利だとしても、それらは追従が可能でもある。遅れた分がコンテンツの有利さで相殺するとも思えない。
孫正義氏が「10年後」の言葉で語るのは、正確に現状を押さえている証左だと僕は考える。また、ソフトバンクが保有するコンテンツ及びそれらを開発運用する知識ベースの財産が真に力を発揮するのは、現状の「携帯電話」の機能追加路線上にはないと思うのである。それは携帯端末がIP端末化され、個人情報管理端末として様々な状況下で主体的に使われる、そのような時になり初めて、通信事業者ではないソフトバンクの潜在力が発揮できると思うのである。「10年後」という言葉は、孫正義氏にとって携帯電話ではない携帯端末の、そのような先をみてのビジョンの様にも思える。
といって「10年後」まで何もしないと言うことではないし、それまでに様々な実験的なサービスを展開していくことだろう。失敗するサービスが多ければ多いほど、次の技術革新の糸口が見つかると思うし、ソフトバンクはそのような会社だと思う。
また記事ではブランド変更について、Jフォンからボーダフォンへの切り替えに混乱があり、その結果新規獲得者数が減っていった経緯があると述べている。確かに、メールアドレスのドメイン変更を含め顧客側に手間を与える事態になった。それにより混乱があったのも事実である。でもそれ以前にJフォンの凋落はあったのは間違いない。そしてその一つに「写メール」の成功が背景としてあると思う。
「写メール」の成功は良いことではあるが、その成功に固執する結果、新たな展開への投資配分が出来なくなりジレンマが生じる。つまりは「写メール」を拡張する方向に走りがちになり、それによって得た利益を、企業としての弱点を解消する事に効率よく使うことが出来なかった。そこにJフォンの敗因が隠されている様に思えるのである。さらにボーダフォンへのブランドの変更よりは、買収などの事務処理上、一時会社機能の停止による遅れのほうが、目に見えないが大きかったのではないだろうか。
今回ソフトバンクの買収により、ブランドの変更は行われるとのことであるが、僕は行うべきであると思うし、それも出来るだけ早く行わなければならないとも思う。多少の混乱は付き物であるが、新たなイメージを顧客に持たせる意味でも必要である。さらにその時、共に展開するキャンペーン及び料金を含めたサービスをどのようにするかで、ここ数年の状況が決まるとも思えてくる。
ただし、ADSL事業展開で成功したソフトバンクのモデルは、他通信事業者にとってもモデルとなったのも事実であろう。あれから時間もかなりすぎた。しかもKDDIを含め、各社にとって携帯事業は負ければ会社として持続できない状況下にある、当然に様々な事を考えていくことだろう。ADSL当時とは環境も何もかもが全く違う。厳しい競争がさらに展開していくことになっていくことだろう。そしてその中で、あらたな携帯の姿とサービスを模索し、さらに提案してくれる事を望んでいる。
追記:久しぶりにビジネスの記事を書いた。ライブドアと堀江元社長の話題が多かったが、彼については全く記事にする気がしなかった。ビジネス(に対する考え方)に関して彼らと僕とは何もかもが違う。といっても一緒に並べること自体が無理というものかもしれないが(笑
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