遠くへ、行きたいと希った
そして僕は
遠くから、やってきた
遠くへの思いは
距離ではなく
時間でもない
この身を超えて愛する家族
信頼する友達
慈しみ尊敬する恋人
時として、ふと
見知らぬ人に思える瞬間に
見慣れた風景
住み慣れた街、そして祖国
使い慣れた言葉
時として、ふと
異国で、未だ知らぬ言葉と感じる瞬間に
そこに垣間見る距離感に
自分の位置を知る、その刹那に
僕はどこまで遠くに来たのかと
途方に思うのだ
僕は何から遠くに離れたのか
それは
生まれ育った家、故郷
馴染んだ風景
愛し忘れえぬ人
記憶に今でも残る書物
心のそこから笑いあった友達
もしくは
今を共に暮らす大事な人
それらの人たち
もしくは風景が
現前に立ち
変わったと思えるとき
自分の中の差異によって
遠くへを
感じるのだ
「あなたは変わってしまった・・・」
「この街は変わってしまった・・・」
確かに
あなたも、この街も
変わってしまった、かもしれない
でも一番変わったのは、おそらく
遠くに来てしまった
僕自身なのだ
遠くに
行きたくないという願い
この瞬間を時に刻み
留まりたいという希い
その思いが、ひとつのささやかな
幸せであるのなら
遠くへと希う
その心情には、何があるのだろう
時として
絶望感は人をその場にとどまらせ
幸福感は儚く過ぎ去る
遠くへ
もしくは
ここに居続けたい
双方のそれぞれの願いが
適えられることは
あるのだろうか
何故
そのようなことになるのだろう
何故の問いかけ
それは僕の悪い癖かもしれない
ここで何故と、問うことはやめにしよう
何故には責任を求める力が内包されている
そう思うから
「何故俺は変わってしまったのか」
「それはお前が悪いからだ」
でも、どうやって、どのようにして
問いかけたらよいのか
僕にはわからない
人間のエロス性について
語ったのは誰だったか
今では覚えていない
人間は振幅する、そこでは
そうは語っていなかったが
僕はそう思う
遠くへ、もっと遠くへ
見知らぬあなたと
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