2007/02/11

aikoのアルバム「彼女」における一つの解釈

aikoのアルバム「彼女」を何回か聞いてみて、歌詞の曖昧さにも関わらず、アルバムに含まれている曲に説得させられている自分に気が付く。それでは言葉で現してみようとすれば、それが全くうまくいかない。

このギャップはどこから来るのか、僕はアルバム「彼女」に収められている曲の何をどの部分をどういうふうに理解しているのだろう。それがこの記事の出発点である。まずアルバムタイトルの「彼女」からして曖昧である。「彼女」とは特定の彼女なのか、それとも不特定の彼女なのかがわからない。しかも、アルバムに収められている曲の中で、「彼女」を示すタイトル曲はない。唯一歌詞の中で一曲だけ「彼女」が使われている。
勇気を出して笑って問いかけた 今の事 今の彼女
すごく好きだよと照れて髪を触る 昔のあなたを見た
気付かないように 気付かれないように
「気付かれないように」と名付けられたこの曲は、おそらくアルバム「彼女」の中でもキーと思える曲でもある。何故キー曲なのか、それは他の曲が「あなた」と「あたし」の語り合いの中で為されているのに対し、この曲だけが「あなた」と「あたし」の他の第三者が登場するからである。以下、「気付かれないように」の解釈を中心にアルバム「彼女」を読み解こうと思う。

まずaikoの作詞はとても曖昧であり、それが解釈を拒んでいる。おそらく女性であれば、解釈など必要とせず、ただ肌で実感できるモノなのだろう。僕はそのこと、つまり女性であれば実感できる歌詞であること、を想像できる。であるならば、aikoの歌詞の中にあるのは男性になく女性にある「何か」と言うことになる。別に性差を強調するつもりもなく、肌で実感できる男性もいるかも知れない。でも少なくとも僕はそのように思う。

「気付かれないように」を素朴に解釈すれば、以前につきあっていた男女が出会い、一緒に街を歩きながら会話をしている情景を思い浮かぶ。「あたし」である女性は、「あなた」である男性の声を聞き泣きたくなる。しかし泣きたくなる理由が、昔の恋人関係に戻れない悲しみなのか、久しぶりに出会えたことの喜びなのかが、自分でもわからない。
声を聞いて泣きそうになるけど 何故だか解らない
もう戻れない悲しみなのか出逢えた喜びなのか
気付かないように 気付かれないように
問題は次の箇所である。「気付かないように 気付かれないように」、「気付かれないように」のみであれば、「あたし」が「あなた」を今でも好きなことを、「あなた」もしくは今の「彼女」に気付かれない気持ちが現れ理解しやすい。しかし、その前に「気付かないように」が、誰に対してなのかが曖昧となる。おそらくそれは、前文の泣きたい理由が判明しないことに掛かっている。

「気付かないように」「気付かれないように」は「あたし」もしくは「あなた」と今の「彼女」、さらには「あたし」を含む3人に対して向けられている。そして誰に向けられているのかにより、その内容も変わってくる。しかし僕はこの曲で重要なキーワードはやはり「彼女」だと思う。
ジラールのいう<欲望の三角形>、あるいは<模倣的欲望>は、男女の愛が直接的・
無媒介に生起するのではなくて、つねに間接的に触媒され、三角関係という迂路をたどることのグラフィックな顕現である。愛の対象への欲望は、同じ対象を欲望する第三の人間の存在をまって初めて生じるのであって、わたしの欲望と思えるものは、その実、他者の欲望(あるいはその模倣、反映)にほかならない。 (中略) ふたりいるところ、 かならず第三の人物がいる。2は3であって、恋愛とは三角関係なくして生じない。
(「ユリイカ」 平成8年11月号 「ご主人を拝借」  大橋洋一 から引用)
ジラールのいう<欲望の三角形>とは、ルネ・ジラールの「欲望の現象学」からとなり、内容は上記の通りである。「あたし」が「あなた」の今の「彼女」を意識していないはずはなく、逆に「彼女」の存在が、「あなた」への恋慕を増幅させる。「あたし」が「あなた」に一番聞きたいことは無論「彼女」のことである。そして、「あなた」と「彼女」との間では「あたし」が不特定の「彼女」の一人となる、そのことも「あたし」は気が付いている、しかし「気付きたくはない」のである。

「あたし」が「あなた」に向ける恋愛感情は、「彼女」を登場させることで際立たせている。そしてそれは歌詞の中に「彼女」が入っていない曲に対しても、アルバムタイトルに「彼女」を用いることで、すべての曲に反映させている。なんという才能だろうか。僕はただ恐れ入る。

もう一つ思うことは、aikoの歌詞の中で性を感じさせるのも「彼女」のみとなる。aikoが女性であるが故に、「あたし」も女性で、恋愛感情を抱く「あなた」は男性であると、暗黙のうちに了解されている。それゆえに、突然の「彼女」という言葉に僕は少し驚く。
勇気を出して笑って問いかけた 今の事 今の彼女
すごく好きだよと照れて髪を触る 昔のあなたを見た
気付かないように 気付かれないように
しかし、歌詞の中で「あたし」が女性であることは、作詞者がaikoであるため状況的に間違いないとは思うが、「あなた」が男性であることを示すモノはなにもない。「あなた」は女性かも知れない。同性愛的な状況でもこの歌詞の解釈は可能となる。いや、むしろ同性愛的な状況下の方が理解しやすくはないだろうか。例えば、「あたし」のことかもしれないが髪を触る仕草、そして指輪、久しぶりに出会った状況。なによりも「あなた」と「あたし(女性)」のどちらが主体としても通じる歌詞の曖昧さ。「あなた」が男性であるとしても問題はないが、女性と置き換えた方が僕にとってはさらに自然で、歌詞の曖昧さも少なくなるように思える。

同性愛的な解釈はアルバム「彼女」全体を通しても言えるかもしれない。歌詞の曖昧さは解釈を拒んでいるのではなく、その視点での内容であることからくる曖昧さなのかもしれない。徐々にではあるが、僕の耳にはそのような内容となって聞こえつつある。

2007/02/08

ニュースステーションに見るメディアのゴミ言論の作成について

ことの起こりはつまらぬ事件の説明からだった。
「恋敵と思いこんだ女性空軍士官を襲撃しようとしたとして、誘拐未遂罪などで逮捕された米航空宇宙局(NASA)の女性宇宙飛行士、リサ・ノワク被告(43)が6日、第1級殺人未遂罪でも訴追された。NASAも同日、ノワク被告を停職30日間と宇宙飛行士の資格停止などの処分にするなど「現役宇宙飛行士による初めての犯罪」(フロリダ州のオーランド・センチネル紙)への衝撃が全米に走った。」(サンケイWEBより引用)
つまりはどこにでもあるような男女の愛憎から来る諍いの話である。ニュースソースとなり得たのは、容疑者が女性宇宙飛行士であったこと、彼女が恋敵を叩きのめすために1500Kmもの距離を不眠不休で走り続けた、という二点につきる。

もともとアメリカには未だに宇宙飛行士に対する特別視(ヒーローとする見方)が存在するようであるが、男女間の問題に職業は関係ない。気になったのは古館氏の言動であった。つまり、リサ・ノワクの宇宙飛行時の姿と逮捕時の姿の写真を較べ、その容貌のあまりの変化に驚く発言を述べたのである。確かにテレビで映し出された双方の違いは誰も目で見ても明らかだった。

希望と期待に目を輝かせた宇宙飛行時の会見、そして訥々と語る逮捕時の姿。しかし双方の写真の選択をおこなったのはメディアであるのも間違いない。逮捕時は1500Kmもの距離を、おそらく不眠不休で走り続けたのである。しかも恋敵への憎しみを胸に抱きながら。憎しみを別としても、1500Kmを走破すること自体、肉体的な疲労は限界を超えていたに違いない。その時の様相は普段と違うのは、彼女だけでなく誰でも同じではないだろうか。

メディアはわざわざ彼女の姿で一番違う二枚の写真を手にいれた。それは視聴者が望む理解しやすい姿の違いでもある。つまりは悪意ある者の姿は外に現れる、という幻想を具体的に提示したのである。でもそれが真実だとしたとき、現代に起こる様々な詐欺行為は事前に判明することになる。人は外見だけで内心はわからない。こんな単純なことを、何故にわざわざ否定するようなことを古館氏は語るのであろうか。

この二枚の彼女の写真は古館氏の語りによるテロップで、ある意味固定化されてしまう。そして、恐ろしいことを考える人は外面にそれが現れると言うことの証拠となる。古館氏の発言は正直ゴミ発言である。でもゴミ発言は何故か即時消費されることなく伝播する。また無意味な発言が誕生した。今日のニュースステーションでそれを僕は目撃した。

まぁ、こういうゴミ発言を述べたとしても時間の無駄かも知れないが、メモとして残す。

2007/02/05

Tokyo Tower、その陰影

Tokyo Tower

東京タワーを撮りに行く。一年に数回、無性に東京タワーを間近で観たくなる。そして、その欲望が発生する季節は何故か冬に偏る。着いた時間は、既に中には入れない時間で、駐車場にも車は数台しかみえない。数組のカップルがベンチで寄り添うように座り、じっとタワーを見上げている。寒い、東京タワーは吹きさらしの高台に建っているせいか、風が強い。カメラを持つ手が凍える。

何回か通っていても、思い通りの東京タワーが撮れたことは一度もない。じっとタワーを見上げると、そこには見慣れたいつもの姿が照明を浴びてたっている。見上げ続けながら、僕は周辺を歩き回る。

僕はどうやら遠景の東京タワーの姿が嫌いと言うほどではないが好みじゃないらしい。遠見に見える東京タワーは、上空に昇ろうとする意志を現す曲線、そしてオレンジと白に輝くロマン的な姿、それらが強調されすぎる。その姿は東京タワーの本質を見失ってしまう様に思える。

東京タワーの本質? それは相対化が一般的な状況では、それこそ、それぞれの思いの中で相殺されてしまう。でも多くの映画、TVドラマ、もしくは写真などで表象されるその姿は、概ね一つに固定化しているかのようだ。そしてそれが遠景のタワーの姿である。そして、僕はその姿に抗う気持ちが強いのである。

反作用としての東京タワーという意識からの見方ではない。もともと鉄筋を組み立てて造られているのは事実である。タワーの直下で見上げると、その様が手に取るようにわかる。そんなに美しいモノではない。そう思う。

では何故、僕は東京タワーを見に行くのか。おそらくその質問が逆に僕をこの場に向かわせているのである。約一年前に東京タワーについて書いた記事がある。今回読み返してみて、イメージが変わっていないことに少し驚く。逆に言えば、前段の質問から僕は止まったままでもある。さらに今は質問が一つ増えている。何故現在において、映画・TVなどで東京タワーのイメージの固定化が行われているのだろうかと。

2007/02/03

Phllips Glassの音楽 「Einstein on the Beach」の「knee1」

フィリップス・グラスの音楽の情報量の多さに僕は耐えられなくなる。 それはひとつの拷問に近い状況に一瞬陥る。でも聴かずにはいられない。例えば「Einstein on the Beach」の 「knee1」、これはもう僕の感性では音楽と認められない。僕の思考がネット上を駆け回り、その際に様々な思考、それも数十億規模の思考が僕の中に入り込み、それらの情報を処理せずにはいられない状況、理由不明にも関わらず突然の焦燥、処理しきれず勝手に動き回る手足、制御できない思考のうねりの中で、僕はただもがき続ける。それから逃れるにはストップボタンを押せばよい。でもそれが出来ない。

思考上の言語ゲームの中で革新的な人はいる、僕はそれに理解を示し受け入れることが出来る。表象のゲームの中で衝撃的な視覚現象を創造する人もいる。でもいずれそれも慣れる。思考することと見ること、それは同じ線分上にあるのかもしれない。強度はいずれ、さらなる強さを持つ何かによって変わられると思うのだ。でも聴くこと、それに僕は慣れない。

グラスの反復は、単なる繰り返しではない。無限に繰り返されるように思えるフレーズも、一番目と二番目、さらには三番目・四番目・・・・とは違って聞こえるのである。音符という記号の組み合わせは同じだろう、でも僕の耳には違って聞こえる。突然に、ドゥルーズの
「反復とは差異」の言葉を思い出す。そうかも知れぬ。グラスの音楽の中で、僕は何かが閃く。そうなのだ、時折グラスの反復は、僕の思考の波長と同調し、そこから何かが訪れる。その何かを期待して僕は彼の音楽を聴き続ける。

2007/01/26

スーザン・ソンタグ「写真論」読書以前に

飯沢耕太郎氏は彼の著書「デジグラフィ―デジタルは写真を殺すのか? 」(2004年)で、デジタル画像をフィルムによる写真と区別するため、「フォトグラフィ」ではなく「デジグラフィ」と呼ぼうと提唱している。幸いなことにその言葉が一般に流布することはなかった。

タイトルに惹かれ読もうと思ったが数ページ読み本を閉じた。「デジタルが写真を殺すのか?」という副題を付けるのであれば、著者にとって「写真」の定義を明確にする必要がある。そしてその定義がデジタル化により崩される状況を読み手に説得させなかければならない。それがなければ、その刺激的な副題は単に商業的な意味しかないと判断されても致し方あるまい。無論、最後まで読み切れなかった僕が言うことではないのではあるが。

フォトグラフ(photograph)のフォト(photo)はギリシャ語の「ひかり」を意味する「φωτοs」(フォートス)を語源に持つのは知られている。写真術が、光とそれに感応する物質との化学と物理作用がその技術の根本にあることを考えれば、「光の画」を意味する言葉「フォトグラフ(photograph)」の命名は適切なのかも知れない。でもその単語「フォトグラフ」の命名が技術的な理由でのみ語られるとすれば、これはあくまでも僕の想像の域を超えてはいないのだが、単純すぎるようにも思える。

「初めに、神は天地を創造された。 地は混沌であって、闇が深淵の面にあり、神の霊が水の面を動いていた。 神は言われた。 「光あれ。」 こうして、光があった。」

旧約聖書の創世記1章冒頭の一節である。

神の最初の言葉は「光(フォートス)あれ」であった。神と共に言葉 (「λογοs(ロゴス)」があり、その言葉から「光 φωτοs(フォートス)」が産まれる。ヨハネ福音書では神と共にあった言葉 (ロゴス)と光(フォートス)にはキリストが宿っていたと語られている。写真術が開発されたとき、そしてその術が「フォトグラフ」と名付けられたとき、キリスト教圏の人びとが旧約聖書の、もしくはヨハネ福音書の言葉を意識しなかったとは僕には思えない。そして幾ばくかの神に対抗する意識が「フォトグラフ」への命名に繋がった、そういうこともあったように思える。

神の真の光「フォートス」は、近代の技術により写真術となった。それでは「ロゴス」はいったい何になったのであろうか。写真術が開発された1839年から現在に至るまで写真が求めることは変わらない、と僕は思う。それは「ただそこに在る何か」を写し撮ることである。そしてそれにより人間が「世界」を収集しえた、現実を把握しえた、と感じ取れるまで、おそらく写真は撮り続けられるのであろう。そして写真を撮る眼差しの根本には神の眼差しが潜んでいるようにも思えるのである。

しかし日本において、写真の登場は西洋とは違っていた。江戸末期、写真術が日本に入ってきたとき、既に「写真師」と呼ばれる人たちが存在していた。明治の始まりと共に日本の近代は突然に始まったのではない。それは江戸末期から徐々に社会の変化はあったのである。

当時はちょっとした旅行ブームで、旅行代理店なども存在していたという。旅行者は、旅行する際に自分の似顔絵を細密画絵師に描いてもらった。そしてそれを「写真」と呼んだ。元々、「写生」と「写真」は中国の画論から派生した言葉であって、そこには明確な違いがあった。西洋からの「写真術」渡来により、「写真師」は徐々に絵筆からカメラに道具を変えていった。そして「写真」という言葉が残った。

「もちろん「写真」という言葉は、いわゆる写真、すなわちフォトグラフィーの訳語となるずっと前から、物の「真を写す」という意味で用いられていた。もともと中国の画論からきた概念であるが、中国では花鳥を対象とする「写生」と、道釈人物を対象とするこの 「写真」という言葉が使い分けられていたものであったが、日本ではどちらの言葉も山水花鳥人物のいずれにも用いられてきた。」
(「幕末・明治の画家たち 文明開化のはざまに」 ぺりかん社 編者:辻惟雄)


日本の「写真」黎明期に忘れてはならない人物がいる。下岡蓮杖や横山松三郎、内田九一のことである。彼らが「写真術」に至る経緯はその後の日本の「写真」を考える際に極めて象徴的である。一人は化学者から、一人は写真師(絵師)からの転職なのである。

つまりは、日本において「写真」とは「科学的」な見方と「芸術的」な見方の双方が、時代と共にどちらかが重みを持ちながら歩んできているのだと思う。一方は、フィルム・レンズそして露出と絞りなどの化学・物理的要素に重みを置き、もう一方では構成と色と被写体深度に重きを持つ。両者とも重要ではあるが、西洋との決定的な違いは、 「フォートス」の意味に対する重みであろう。日本には幸か不幸かそういう呪縛はなかった。「写真師」の仕事に使う絵筆に変わる道具として登場し、それ故「フォトグラフ」は「写真」と訳され現在に至ることになる。

「フォートス」の意味に対する呪縛が無いことは、別の見方をすれば、日本の写真術発展史の中に、西洋における一つの革新的な意識の変化はなかったことも意味する。それが日本の今に通じる写真の状態が現れていると、僕には思うのである。つまりは、江戸後期に登場した「写真師」の延長線上に「写真家」は存在している。無論これは根拠無い僕の直観ではあるが。

飯沢氏が言うように、「デジタルは写真を殺す」ことはない、と僕は思う。もともと西洋が意識する「写真(フォートス)」はなかったのだから。世界にある数多いカメラメーカーの中で、日本のメーカーがデジタル化への移行が速やかに行われたのは、単に技術的もしくはビジネス面だけで捉えられるべきではないと思うのである。ただ、デジタル化への移行により、日本において殺されたものは確かにある、そしてその中に「写真家」が入るのは間違いないとも思っているが、大したことではあるまい。ただデジタル化により、数量面及び技術面から、写真の位置づけに大きな変化が行われ続けているのは事実だとは思う。

スーザン・ソンタグの「写真論」が捉えた射程の長さは、本評論が現在の日本における写真評論家達に与えている影響の強さを考えれば事足りる。2004年出版の書籍「写真との対話」 (近藤耕人編)の中で、「あらためてソンタグの「写真論」を読み返してみて、現代においても少しも古びていないことに驚いた」、みたいなことが書かれてあった。少なくとも誰彼の著作に関わらず写真に関する考察が日本に乏しいことは事実ではあるが、その理由として僕は前段で述べた、ソンタグの「写真論」に捕らわれ続けている日本の写真評論の現状が垣間見ることが出来る。

ただ僕が言うのは僭越ではあるが、仮にソンタグが現在に存命で活発な活動を続けていたとしたとすれば、おそらく「写真論」の内容は大きく変わったに違いない、と思うのである。それはソンタグが冒頭の語り、それがソンタグの出発点である限りに置いて、変わらずはおえない状況が現代にあるからだと僕には思える。

「この飽くことを知らない写真の眼が、洞窟としての私たちの世界における幽閉の境界を変えている。写真は私たちに新しい視覚記号を教えることによって、なにを見たらよいのか、なにを目撃する権利があるのかについての観念を変えたり、広げたりしている。写真は一つの文法であり、さらに大事なことは、見ることの倫理であるということだ。そして最後に、写真の企画のもっとも雄大な成果は、私たちが全世界を映像のアンソロジーとして頭の中に入れられるという感覚をもつようになったということである。」
(スーザン・ソンタグ 「写真論」 近藤耕人訳)

ネットおよびそこに展開するWEBの状況を鑑みたとき、現在において「写真」にそこまでの力があると実感は出来ない。問題なのは、その写真に辿り着くまでのアクセスなのである。アクセスへと及ぼす行為にこそ、そこにイデオロギーがあり、そして何を見たらよいのか、つまり何を知ったらよいのかを規定している。

現代においても「写真」は一つの文法であろう、でもそれはそれに付随するキャプションにより変化もする (これについてはソンタグも語っている)。でも如何に優れた写真とキャプションであっても、人に見られなければ何の意味もない。現在において文法となり、我々の倫理観を規定しているのは、日夜垂れ流されるネット上の情報であり、蓄積されネット上でいつでも参照可能な映像である、それへのキャプションとなるブログを含めた各種メディアの存在なのだと思う。

忘れていけないのは、グーグルなどのネットにおける検索システムが、展開する国家の要請によりフィルターをかけている事実である。そのフィルターは検索システムを提供する企業自体でもおこなう場合もある。例えば、二十世紀の代表的な写真の一枚である天安門事件の
「戦車を止める男」の写真は中国国内からアクセスは出来ない。無論、チベットなどへの侵攻における惨状も写真などが検索できるとは思えない。

またソンタグも言っているが、写真の意味は、常にその写真の後からついてくる。写真の意味を変えるのも国家を含めた権力であり、もしくはその時点で主流となるイデオロギーに他ならない。アクセスへの方向を左右する力とイデオロギーが意識的に結びついたとき、おそらく我々の進むべき道は、選択が与えられているかのようで実際は操作されている、そんな状況に陥るのだろう。

しかも写真自体、本来的にバイアスがかかっているものなのだと思う。しかもそのバイアスは無自覚なことが多い。写真を撮るとは、写真に撮られない現象があると言うことであり、その現象を撮さなかったということから写真家は逃れることが出来ないのだと思う。

「さらに、忘れてならないのは、「ナショナル・ジオグラフィック」誌が創刊から8年目の1896年に、果敢な決断を下している点だろう。この年、本誌は世界の人々をありのままの姿で伝え、写真に細工を加えるようなことをしないという方針を打ち出している」
     (「ナショナル・ジオグラフィック傑作写真ベスト100」 編集長 William L.Allen)

「写真に細工を加えない決断」がそこにあったとしても、数万の写真の内から編集者が選択しキャプションを付けた時点で、その写真はメディアが意図するイデオロギーを補強する部品となる。「世界の人々をありのままの姿」とは一体どういうことなのだろう、それが一つのオリエンタリズムに陥っている可能性を誰が否定できるのだろう。ナショナル・ジオグラフィック誌は確かに良質な写真を世界に送り続けている、でも僕にとってはそれはあくまでも写真の「リーダーズダイジェスト」なのである。そして、僕にとって最も恐ろしいのは無自覚な思考である。

だからといってソンタグの「写真論」が、もしくは写真について語ることに意味が無いとも思わない。逆に各先達者を踏まえて、現状における「写真の考察」を新たに行う必要があると思っている。そして、そこに考慮を加えるとすれば、ソンタグの活躍した時期には想像も出来ないほどのデジタルカメラの普及だと思う。デジタルカメラはあらゆる道具に装着可能であって、携帯電話に付いたデジタルカメラはネット上の一つのノードとなり空間を瞬時に無効化する。

ネットワーク的な視点での写真論の登場が必要なのだと、僕は思う。そして、前段の僕の意見に矛盾するかも知れないが、少なくともソンタグの「写真論」の解釈次第で、それらも射程に入るか糸口が存在する可能性があるように、僕は思っている。


冒頭に戻るが、「デジタルは写真を殺すのか?」という質問は適切ではない。そもそも現代の日本に置いて「写真」を語ることに意味があるのかという質問の方が、写真評論にとっては重要なのだと僕には思える。しかし現在でも写真評論家は、写真専門誌上で「写真」だけを語る。彼等の射程の短さは、単に「写真」が人間の趣味の一つとしてしか、その位置が許されていないかのようである。故に「写真論」は現在の日本では全く浸透していない結果となってしまったとも思えるのである。

「写真の考察」をなおざりにしてきた日本の現状が、諸外国の各著作者達の「写真論」の邦訳が滞っていることにも現れている。2004年出版の書籍「写真との対話」(近藤耕人編)で中心となるのは、ベンヤミン、バルト、ソンタグの写真論御三家でしかない。そしてその中での対談で、写真家畠山直哉氏は語る。写真家の存在自体が無くなっているのではないかと。求められているのは、現代に即した、新たな写真への考察であり、その理論に基づき撮された写真なのである。

それには写真のことばかり考えている状況から脱しなければならない。そしてそれが現代の「写真家」に求められていることなのではないかと、僕には思える。つまりは人間にとって重要なモノの一つである写真の状況を堕としているのは、写真の専門家達なのだ。

この拙い記事は、僕が写真のことを考える出発点にする思いで書いている。だから僕が「写真の考察」を行う際の問題とする面をあげ、僕なりの答は殆ど書いていない。「何故写真を語ることに意味があるのか」という問いに対してもなおざりにしたままだ。ただ「見る」と
「知る」はギリシャ語では語源を同じにすると言うことと、「知る」ことが人間の「活動」の元だと思うのである。それに写真とは、それを人に見せた段階で多かれ少なかれ政治的なものに変化するのだとも僕は思う。答えになっていないが、出発点としてはそれで十分だろう。