2006/02/28
千客万来
伊勢に行ったときにどうしても撮りたいものがあった。それはこの土地に伝わる注連縄で、中央に「蘇民(そみん)将来子孫家門」と書かれた符がついているものだった。ただ時間がなく撮れたのは「千客万来」の符だけだった。伊勢の一部では一年を通じてこの注連縄を門に飾っているとのことだった。この話は友人から事前に話を聞いていたので、実際に見てみたいと思ったのである。
言い伝えによれば、スナノオノミコトが旅の途中にこの地方に立ち寄り、一晩の宿を求めたそうである。最初に巨旦(こたん)将来の家に行ったがすげなく断られた。ミコトの身なりが貧相だったからである。次にミコトは巨旦の兄の蘇民将来の家に行った。蘇民は貧しかったがミコトを手厚くもてなした。その姿にミコトは感激し、この地方に悪い疫病が流行るからその時は蘇民将来の子孫と書いた符を家の門に貼りなさい、さすれば疫病から子孫を守ってあげましょうと言い残し去っていった。そこで早速蘇民は言いつけを実行し、その年に流行った疫病から身を守ることが出来た。逆に巨旦将来の一族は疫病によって滅んでしまった。
伊勢以外の多くの土地にも蘇民将来伝説が伝えられている。例えば京都とか信州などであるが、大筋ではそれほど内容は変わらないらしい。でも厄除けとしての姿形はそれぞれの土地毎で違うと聞いている。
この伝説の発祥元がどこなのかは僕には興味がない。僕が思うことは、その土地に伝わりその土地にあった形に変わって行ったと言うことは、蘇民将来伝説として一つにくくれる様に見えながら、実際はその土地毎で違うのだと言うことである。この国の単一性ではなく、複数性をそこに見るのである。
伊勢の「蘇民将来子孫家門」の注連縄を幾つか拝見することができたが、表札なども一緒に写ることから写真は控えた。それでも注連縄を見ながら、この伝説は文字の持つ力に何かを感じたからこそ成立したのではと思えた。文字が書かれた符があって注連縄は完成する。一つの部分の何が欠けても全体は成立しないが、やはり一番重要なのは文字であろう。当時の人がこの文字を理解し得たのかは僕にはわからない。でも自然に対する畏敬の念を、自然の象形から成り立つこの文字にも見たのではないかと僕は勝手に想像するのである。そしてその念は僕には本当のところでわからない部分でもある。
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