2006/12/05

イェルサレムのアイヒマン

「イェルサレムのアイヒマン」(ハンナ・アーレント、いすず書房)を読み終える。2回読んだ。2回目はこの本の肝となる「十五章」「エピソード」「あとがき」を中心。ついでにアーレントの解説書も読んでみた。普段はこういう解説書は読まないのだけど、背景的なものを知りたいと思ったから。

これは感想にはなっていないが、凄く面白かった。それに読みやすかった。かつてミルグラムのアイヒマン実験の本「服従の心理」(河出書房)を読んだことがあり、その時からこの本を読みたかったが、アーレントの作品と言うこともあり、少し恐ろしさがあった。でも読んでみて、彼女(アーレント)の考えに同意出来そうな、そんな自分を発見した。そうであれば、続けて彼女の作品を読もうと思う。

ミルグラムと言えば「小さな世界」(六次の隔たり)で知られているが、おそらくアイヒマン実験の方が有名だと思う。「小さな世界」は最近「リーディングス・ネットワーク論」(勁草書房)の中に論文が翻訳され載っている。読んでみたが、思った以上に小論だったのに驚いた。

で、アイヒマン実験のことだけど、読み終えたときに、自分が組織もしくは社会の中で働くと言うこと、その中で「同調」とか「服従」とか、そう言うことを考えずにはいられなかった。

確か今から一年くらいまえに、スーダンの油田採掘権を日本のNGOが競争の末に得たと新聞に載っていた。その記事では、プロジェクトの立ち上げから権利を得るまでの苦労を一つの成功話として扱っていた。

会社員であれば、少なくとも知識レベルでプロジェクトに関する諸々の事は承知していると思う。故にスーダンの油田採掘権を得る迄にどれほどの苦労があったのかは多少なりとも想像できる。

問題なのは、その採掘権を取ったという嬉しい話の別面で、スーダン危機があり、人々が虐殺され続けていたそのさなかの出来事だったと言うことである。油田採掘権に支払うお金、もしくはプロジェクトにおいての必要経費として流れるお金は、一体何処にいくのであろうか。

アイヒマンは優秀な役人であり、効率よく業務をこなし、自分の仕事を満足に動かすために行動し発言した。様々な人物とあい交渉し、それをまとめた。そして、たたき上げの彼は努力で中佐まで辿り着いた。法律を守り、上司からの命令を把握し、その希望を叶えた。
彼の仕事がユダヤ人を虐殺する事でなければ、おそらく彼は善良な市民として一生を終えたことだろう。

この記事は、無論、本の感想ではない。感想を書くまで僕は消化し切れていない。

ただ、もし仮に、人間として守ってはいけない法律が施行されたとき、僕はその法律を無視できるだろうか。または、会社の業務が、大きな流れの中で人間の為にならないとき、僕はその業務を、周囲との孤立の中で阻止することが出来るだろうか。ある意味、周囲から傲慢とも見える姿勢を保ち続ける事が可能だろうか。

そんなことを考えた。

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