2005/05/22

散歩ゲームをはじめて思ったこと

散歩ゲーム」のルールは一つ、「100歩毎に写真を撮る」。勿論100歩に限定することはないけど、とりあえずそれでやってみた。単純なルールだが、最初はそれでも慣れなかった。でも中盤くらいから徐々にコツが掴めてきた。
やってみて、このゲームは想像以上に面白いと感じた。今後も続けていこうと思う。
それから、「散歩ゲーム」は何も歩数ばかりでもない、その都度ルールを決めればいいのだ。たとえば、seedsbookさんの場合、日溜まりルールとか、その都度色々と面白く決めていらしゃるようだ。

最初散歩をする場所を何処にするのか正直迷った。このゲームを僕に教えてくれたseedsbookさんの散歩道はライン川に近く、とても美しいところだ。それに見合う場所を考えてしまうのだ。
最初、二子玉川の川辺の散歩道であれば、見劣りしないだろうな、などと不埒にも考えていた。でも、はたとその選択は間違いであると気が付いた。

二子玉川の川辺には電車に乗れば7分くらいで着く。結構好きな場所ではあるが、頻繁に散歩する道でもないのは確かだ。最初の「散歩ゲーム」の場所は、やはりいつもの図書館への道が良いのだと思ったのだ。

都市郊外生活者なので、seedsbookさんの所のように自然は豊かではない、それは致し方がない。でもその中でも面白みを見つけることは出来る。そう思ったし、散歩は日常の生活の一環であるのだから、それこそふさわしいと思ったのだ。

seedsbookさんは記事「散歩ゲーム」の中でこう言っている。
『ヴィデオで散歩道を撮っても見えないものがこの写真と写真の間にある』
実際におこなうと、この意味がよく分かる。何回か、あそこの地点で100歩目になって欲しいと願った。その願いはだいたい叶えられない。
そのうちに、もしかすると、「散歩ゲーム」とは、この写真と写真の間にあるものを語るために、あるのでないかと思い始めた。

写真と写真の間にはブログ上では何もない。でもその間には、100歩という歩数と、それに見合った距離と時間が存在する。100歩目で止まり、そこで写真を写すと言うことは、偶然性の産物以外の何ものでもない。それはまさしくゲームだった。

時間と距離がパラメータとして起こるランダムな出来事。同じ散歩道でも、その結果、散歩ゲームで現れる写真は毎回別の顔を見せることになるのだろう。それを連続すれば、そこに一体何が見えてくるのであろうか。それは僕にもわからない。でも面白そうなことであるのは間違いなさそうだ。

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