投壜通信としてのブログ
東京に住み帰宅難民になりかけた3月11日。それだけのことなのに3月11日のことを語るのに一年かかった。津波に襲われた人は語ることが出来るのにどのくらいかかるのだろう。それでも多くのメディアは語ることを促す。彼らの言葉は多くはない。しかし言葉の少なさは思いの少なさでは決してない。今年の3月11日は日曜日だ。
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