昔バイクで日本海まで海見たさに走ったことがある。これはその時の話だ。日本海から帰路についたとき丁度夕暮れで山道に入ったときにはすっかりと夜になっていた。僕は山道の連続するカーブを慎重に下ったり上ったりしていた。
その時に突然にバイクのライトの明かりが切れた。僕は慌ててバイクを止めた。下向きのライトの電球が切れたらしいが山道の途中でもあり他に車も人家もないことから僕はライトを上向きにして走行することに決めた。しばらく走っていると先に何か青色の光の点が見えた。人家も何もない山道だから僕はその光る点がなんだろうかと思ったが、近くによるとそれは信号だった。そして僕が近寄ると急に信号は赤に変わった。
繰り返し言うが人家もなにもない山道である。しかも当たり前のように車も通らないし、ここまでの道のりで車とすれ違ったこともなかった。信号は何もない場所にただそこにあったのだ。僕は信号が赤だったからバイクを停止線の手前で止めた。馬鹿らしい話だ、周囲に何もなければそのまま走り抜けても何の問題もない。でも習性というのか、教育の賜というのか、赤信号だから僕はバイクを止めてしまった。なぜこんなところに信号機があるのかという疑問さえ持たずに。
信号機はなかなか青に変わらなかった。周囲は夜の闇の中である。それで僕は気晴らしに周りを見渡した。すると左側に空き地があるのがわかった。そこには一台の古びたバスが止まっていた。そしてバスの横には何故だかわからないが電話ボックスがあった。その電話ボックスは薄明るい照明で中が照らされていた。人気のない山道に信号と電話ボックス。もしかすればここは山道と勝手に思っていたがそれは誤りで何処かの村の近くなのかも知れない、と僕は思った。そこでさらに人家がないか確認するために周囲を見渡した。でもそれは無駄だった。人家を見つけることは出来なかった。しかし僕が止まった場所、つまりは信号機の側には少し広めの沼地があることがわかった。
何故わかったかというと水の音が聞こえたからだ。それは小さな音で何かが飛び込む音だった。丁度魚が水面を飛び跳ねてまた水に入るときの音のような。何となく不安がよぎったのはその時だった。なんというか背筋から首筋にいたり急に凍るような感じが走った。なぜだか僕は広場の古びたバスの隣にある電話ボックスが気になった。そして視線をそこにうつすとそこにはうっすらと人影が見えた。そして突然に今度はまさしく大きな音を立てて水の中に何かが飛び込む音が聞こえた。もう僕には何が何だかわからなかったが恐怖心で一杯になった。この場に居たくはなかった。
でもまだ信号は赤である。でもそんなこと言っていられなかった。で、バイクのアクセルを開いた。でも急にアクセルを開いたものだからエンジンが止まってしまった。何かが僕に近づいてくる気配がした。僕は何度もエンジンをかけたが動かない。その何かは僕の背後まで来たように思えた。僕は叫び声を喉まで出かかったが、その時エンジンがかかった。あとは後ろを振り返らずにそのまま全速力で走り去った。
今から思うと全ては僕の妄想だったのかも知れない。でも不思議なことは世の中にいくらでもおこるし、特に山の中ではそれは多いとも思うのだ。
0 件のコメント:
コメントを投稿