2004/10/19

猫の王国


家の近くにある公園は大きい。なにしろ昔にオリンピックが行われた場所だ。

その公園に隣接して大学があった。大学は建物の老朽化と手狭になったので場所を変えることになった。そして取り壊された跡には広大な空き地が出来た。空き地をどうするかで色々な人達がアイデアを持ち込んで議論したけど、結局ゴミ処理場で落ち着いた。

そしたら今度は付近の住民たちが騒ぎ出した。環境に悪いというのだ。しかもゴミ集積用のトラックが頻繁にくるので子供たちにとっても危ないとの声も 出て、住民たちは猛反対運動を繰り広げた。すると持ち主である都も「じゃいいよ、勝手にして」という事になって土地を業者に売ってしまった。

今度はそこに大きなマンションが出来る事になった。

でも決まるまでに長い時間がかかったので、その空き地はそのままほっておかれた。そしてそのうちにその空き地は猫たちの住処になっていった。

僕がその話を聞いたのは偶然だった。たまたま空き地の側を歩いている時に、土地を管理している人同士でその事を話し合っているのが聞こえたのだ。僕は中の状況が無性に気になった。空き地は背の高い塀に囲まれているので、中がどうなっているのか皆目見当もつかない。時折塀の隙間から猫が出入りしているのを見か けた。その隙間から空き地を覗き込んでも、見えるのは草がぼうぼうと茂っているのが見えるだけだった。

ある日の夕方に僕はその空き地の側を歩いていた。ちょうど塀の隙間のところに差し掛かった時、目の前を一匹の猫が目の前を横切った。あれって思って足を止めて猫の行く先を眺めた。そしたらそこには既に十匹近い猫たちが集まって思い思いの格好でいた。

そこにおばあちゃんが買い物カーとを引いてやってきた。おばあちゃんは猫達の側に止まると、買い物カートから猫の食事を順次出し始めた。猫達は「にゃあにゃあ」といっておばあちゃんの側に寄っていく。

僕はしばらくその様子を眺めていた。すると足下を何匹もの猫達が通り過ぎていくのがわかった。振り返ると例の空き地との隙間から、何匹もの猫がお婆ちゃんの所に行くために出てくるのが見えた。

最終的には20匹くらいの猫の集団が現れた。唖然とするしかなかった。季節は初夏の頃だ。噂には聞いていたけど本当の事だった。

おばあちゃんは猫達の食事が終わるとまた何事もなかったかのようにその場を立ち去っていった。二言三言、僕はおばあちゃんに声をかけたけど、今では内容は すっかり忘れてしまった。ただ、そのおばあちゃんは猫一匹一匹に名前を付けているようで、呼びかけて話をしている姿が印象的だった。

塀の 内側ではきっと素敵な猫の王国が在るに違いない。僕はすっかりその気になった。他国にはむやみに侵入すべきではない、塀があって良かったかもしれない。猫 の王国がどんな物なのかを想像するだけの力は僕にはなかったけど、きっと猫達の事だから勝手に頑張っているのだろう。

そのうちにその空き 地でマンションの工事が始まった。今ではすっかり巨大なマンションが完成している。付近の住民達はマンション建築反対の住民運動を繰り広げ、現在訴訟中で ある。僕はと言えば、束の間に現れ消えていった猫の王国の事を思い出し、国民達が無事に移民していってくれていればと願っている。

イラストは「アルテミス巨猫ファンタジー」から使わせて頂きました。

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