2005/03/03

ランディさんの小説「私に似た人」感想

「だけど、それが私だし、頭でわかっていることでもどうしようもなく破綻した行動をとってしまうこともある。それもまた個性だと思う。そういうダメな自分を家族や友人が見守って好きになってくれるから、この世界に愛があることを実感できたりする。」
(田口ランディ 「まかせる……ということ」から引用)

▼このブログに掲載している資料「まかせるということ」を読んだ。ランディさんの言葉ではないが、貴重な言葉の数々だと思う。ランディさんはこれらの言葉を「「マニュアル」でもなく、「道しるべ」と思って読んでもらえるといいな」と言っている。でも僕にとっては、「ダメな自分を家族や友人が見守って好きになってくれるから、この世界に愛があることを実感できたりする」のランディさんのひと言の方が救われる思いがする。

▼小説「ドリームタイム」の中の一編「わたしに似た人」の中で、ランディさんと一緒に旅した熊井道子さんはランディさんに言う。
「私ね、実は、田口さんが私のことをどう書いてくれるか、それを読んでみたかったの」
熊井さんはさらに続ける。
「(略)・・・そして、私がどんなふうに見えるのか、田口さんの世界の登場人物になってみたかったんだと思う」
それから二人はたらふく飲んで、すっかり酔って布団にもぐりこむ。そしてランディさんは石の視点で人間の事を眺めている夢を見る。そして朝、まだ布団の中にいるとき、ランディさんは次のように考える。
「(略)・・・私がどんなふうにみえるのか誰かの視点で書いてほしい。私をその人の世界に書き写し、意味を与えてもらえたら、きっと救われるだろう」
(「」内は田口ランディ「わたしに似た人」から引用)

▼きっとランディさんが書き表す熊井さんのことは、熊井さんの実体ではないと思う。でもそれを言ったら、熊井さん自身、自分が何者かわからないかもしれない。そう、それはまさしく今の僕と同じだ。本当に辛いとき、そんな中から自分を見つけたとき、振り絞るように語る言葉。その一言を発したときにも残る一抹の疑問。そしてさらに語り続ける。でも語れば語るほど実体から遠ざかる。もしかしたら、僕は自分のことを語ることができないのかもしれない。そんなふうに思う。

▼自分を語れない言葉。だから人に語ってもらうしかない。でも人に語ってもらう言葉は、語る人の世界に位置づけされる自分でしかない。それは書き手の思考によって、ある意味偏った姿の書き写しとなって、書き手の世界に位置づけられる。それでもきっとランディさんの言うとおりに救われることだろう。

▼僕にとって他者とは一体何なのか。それに僕も他人から見れば常に他者であり続ける。仮に僕が地球上で最初から1人だけだったとする。他には誰もいない。その時、僕は自分が孤独であると感じるであろうか。多分感じることはないだろう。人は他者との関係性において、言葉を作り社会を作りそして自分を作ると思うからだ。だから「孤独感」は他者との関係の中で産まれるような気がする。

▼ランディさんの小説「わたしに似た人」を読んだとき、漠然とそんなことを考えた。「わたしに似た人」とは、ランディさんと熊井道子さんの事だ。二人が似ていると言っているのは共通の友達である。二人はそれまで似ているとは意識したことがなかった。小説の中でもランディさんは自分から、この点が似ている、あの点が似ていない、などと評する事は一度もない。ただ、ランディさんにとって熊井さんとの同行は気を遣うことがなかった。それはまさしく「わたしに似た人」だった。

▼作家は何らかの現象を元に小説を書くとき、その小説の世界が作家の主観から創出している以上、併せて自分の事を書いていると思う。その中で「わたしに似た人」を書くと言うことは、どういうことなのだろう。僕が感じたのは、自分を語れない言葉を使い、他者との関係を小説中に記載する中で、(自分に似た人を書くと言うことは)、とりもなおさず結果的に自分の事を具体的に書くと言うことだった。小説の中で、ランディさんと熊井さんは、お互いにとって他者でありながら同一化している様に思えた。

▼「道子は丸い背中を私に向けている。目の前に道子の背中がある。その背中がとても愛おしかった。ああ、生きているんだなぁ、ってそう思った。熊井道子っていい奴だし、私は道子を好きになったみたい。
「あたし、熊井道子について、書いてみようかな」
思いは言葉にすると大げさだし、言葉は傲慢な道具だ。でも細心に注意深く、道子について書いてみたくなったのだ。」
(田口ランディ「わたしに似た人」から引用)

▼他者と自分との区分けが曖昧になっていく中で、ランディさんは熊井さんの背中をみて、生きてるんだなぁと感じ、好きになっていく。僕はこの小説の中で上に引用したこの部分が大好きだ。熊井さんに対する友情と信頼を感じる。それはランディさん自身に向けた言葉でもあると思う。

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