2005/04/02

ライダーズハイ

以前に山川健一さんの「ライダーズハイ」という短編小説集を読んだことがある。「ライダーズハイ」というのは「ランナーズハイ」と同様に、オートバイに乗ることで高揚感がで、一種の陶酔状態になることだ。真面目に考えれば、そんな状態で走るのは危険だとなるが、そういう感じに近い「気持ちよさ」程度と思って欲しい。

日本海を見たくて、東京から二泊三日のツーリングをしたことがある。日本海までの道程は、概ね林道の利用を計画していた。でも林道自体が舗装されていたり、台風などの災害で寸断されていたりして、実際に気持ちよく走れたのは奥志賀スーパー林道くらいだった。

愛車はホンダXL250R、単気筒、250CC、OHCエンジンのオフロードバイク。ホンダ製の単気筒エンジンは、そのタフネスぶりで知られている。そのうえ、シートが素晴らしく、長時間座っても痛くならなかった。

日本海にたどり着き、海沿いの道を走り、直江津に着いたのが夜だった。ツーリングの時は寝る場所なんて何処でも良いと考えているので、途中の無人駅で寝ようと思っていた。だから、そのまま山道に入っていった。山に近づく毎に街灯は少なくなり、そして全くなくなった。谷間を縫うように走る道は、国道で完全舗装されているとはいえ、急カーブが連続し、僕は走ることに集中した。

夜の9時頃だと思う。突然にヘッドライトとスピードメーターの明かりが消えた。一瞬にして暗闇の世界だ。バイクを止めて懐中電灯片手に点検する。どうも電球が切れたらしい。でも死んだのはハイビームの電球だけだった。ほっと安心して、懐中電灯を消したとき。僕は驚いた。

9月の初め、天気は晴天、空には満天の星。月も出ていない。北アルプスの峰々が星明かりで、闇夜にさらに黒く浮き上がる。車の往来さえない山道の真ん中で一人僕は立っている。不思議な感覚に襲われた。自分がそこにいるような、いないような感じ。闇夜に融け込み、ただ意識だけが地表にとどまり浮遊している一種の目眩に似た幻惑的な状況。

しばらくそこに立ちすくんでいたと思う。それから僕は道ばたに腰を下ろし。空を見上げた。独りだなんて少しも思わなかった。恐怖も全くなかった。それより安心感が僕の心を占めていた。
風景と一体になったとも思わない。でもそれに近い感覚だろうと思う。しばらくこのままでいたいと僕は願った。でも長くは続かなかった。ゆっくりとバイクにまたがりエンジンをかける。単気筒の心地よいサウンドが夜の山間にこだまする。

実を言うと、この後僕は恐怖を味わう。でもそれは別の物語だ。今から思うと、この時の自然とのシンクロによって、普段では感知できない「何か」を取り込む準備が出来ていたような気がする。人には不思議なことがおこる。それは事実だと思う。

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