今時ファシズムを持ち出すのもどうかと思うが、たまたまウンベルト・エーコ「永遠のファシズム」を読んだ。この文は1995年4月25日にヨーロッパ解放記念行事として、コロンビア大学が主催したシンポジウムにおいて、米国青年向けに英語で発表したものが基になっている。その中で、ファシズムを、いかなる精髄もなく、単独の本質さえなく、ファシズムはファジーな全体主義であり、多様な政治・哲学思想のコラージュであり、矛盾の集合体としたエーコの言説に同感した。また原ファシズムの芽吹きとして幾つか箇条書きで載せている。確かにナチズムは原ファシズムのから派生した一つの形にしか過ぎない。
以下にウンベルト・エーコにおける原ファシズムの典型的特徴の要点を備忘として残す。10年前の意見だが、今でも十分に面白い。
1.伝統崇拝により知の発展を押さえる
『ニューエイジと書かれた本屋のコーナーに聖アウグスティヌスとストーンヘンジが一緒に並んでいることこそ原ファシズムの兆候なのです』
2.非合理主義
『ナチズムが産業振興を誇っていたとしても、その近代性賛美は「血」と「土」に根ざしたイデオロギーの表面的要素でしかない』
3.非合理的主義は「行動のための行動」を崇拝する
『思考は去勢の一形態』、『知的世界に対する猜疑心』
4.意見の対立は裏切り行為
『いかなる形態であれ、混合主義というものは、批判を受け容れることが出来ません』
5.人種差別主義
『意見の対立は、異質性のしるしでもあります。原ファシズムは、ひとが生まれつきもつ「差異の恐怖」を巧みに利用し増幅することによって、合意をもとめ拡大する』
6.個人もしくは社会の欲求不満から発生する
7.陰謀の妄想(敵を作る)
『社会的アイデンティティももたない人びとに対し、原ファシズムは、諸君にとって唯一の特権は、全員にとって最大の共通項、つまりわれわれが同じ国に生まれたという事実だ、と語りかける。 (略) この陰謀を明るみに出すいちばんの手っ取り早い方法は「外国人ぎらい」の感情に訴えること』
8.敵に豊かさや屈辱を憶える
『ファシズムがきまって戦争に敗北する運命にあるのは、敵の力を客観的に把握する能力が体質的に欠如しているから』
9.平和主義は悪
『闘争のための生』、『平和主義は敵とのなれ合い』
10.大衆エリート主義
エリート主義は弱者蔑視を伴う以上、原ファシズムは大衆エリート主義を標榜しないわけにはゆかない。
『市民はすべて世界最高の人民に属し、党員は最良の市民であるわけですから、あらゆる市民は党員であるはず』
11.一人ひとりが英雄になる教育
『英雄主義は規律なのです。その英雄崇拝は「死の規律」と綿密にむずびついています』
『死こそ英雄的人生に対する最高の恩賞であると告げられ、死にあこがれるものです』
12.潜在的主義を性の問題に擦りかえる
『女性蔑視や純潔から同性愛にいたる非画一的な性習慣に対する偏狭な断罪』
ただ、性への擦りかえも困難なので、『原ファシズムの英雄は、男根の「代償」として、武器と戯れるようになる。』
13.質的ポピュリスム
『個人は個人としての権利を持ちません。量として認識される「民衆」こそが、結束した集合体として「共通の意志」をあらわすのです。人間存在をどのように量としてとらえたところで、それが共通意志をもつことなどありえませんから、指導者はかれらの通訳をよそおうだけです』
民衆の声を聞いていないといい、議会に反旗を翻す。
14.新言語を話す
『ナチスやファシズムの教科書は例外なく、貧弱な語彙と平易な構文を基本に据えることで、総合的で批判的な思考の道具を制限しようと目論んだものでした』
原ファシズムは時として何気ない装いで身近にいるかもしれない。過激な発言をする右翼や左翼、もしくは反日を叫ぶ人たちは、逆にその存在だけで、救いがあるのかも知れない。
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