2004/10/21

岐阜の路面電車

昔国道246号線には玉電と親しみを込めて呼ばれた路面電車が走っていた。明治40年に開業した玉電は、日本での歴史の古い電車だったけど、時代のモータリゼーションの波に飲み込まれ、昭和44年5月にその長かった歴史に幕を閉じる。

しかし一部区間(三軒茶屋から下高井戸)は残されて、新型電車も配備して「世田谷線」として今でも頑張っている。世田谷線が残された理由は、専用軌道であること、代換手段としての交通機関がその区間において発達していなかった事などがあげられている。

しかし現代では、地球温暖化への対策として路面電車は見直され、政府は導入に積極的になっている。路面電車と今では呼ばれないらしい、欧米と同様に LRT(次世代型路面電車)と呼ばれるようになった。次世代というのは路面電車を街の交通機関として積極的に利用するために、駅とか電車をバリアフリーを 考慮し利便性を高めたと言う事だと思う。
しかしここに来て岐阜の路面電車が2005年3月末で廃止と決まった。岐阜の路面電車が廃止になる原因はやはり車に負けたのだと思う。

特に岐阜の場合、行政・警察側が電車と車の運行に打開策を提示してなく、双方の交通機関にとって運行が難しい状況になってきているらしい。逆に言えば行政側は路面電車でなく車を選択したという事だと思う。(玉電の時の状況と同じかもしれない)

世界的には路面電車は社会的資産と捉え、インフラは行政側、運行は民間委託の形を取っているのが通常らしい。日本の場合は鉄道会社がリスクを含めて丸抱えとなっいるので、行政側に見捨てられた路面電車が赤字になっていくのは目に見えている。
(つまりホームが危険、遅い、車の邪魔等の視点で路面電車が見られるようになっていったのだと思う)

国が積極的に推進し環境問題の順風の中で、実際は路面電車の経営が厳しく運行廃止になっていくのはなんとも皮肉な話だと思う。
そう思っていたら、なんとヨーロッパのコネックスという会社が、岐阜の路面電車の支援に乗り出し、11月中に事業計画書を提出するらしい。路面電車のイメージは地域密接型交通だと思っていた僕にとって、外資の登場は謎だった。

コネックス社はヨーロッパでの地域交通を手がけている会社で結構大手との事だから、十分に採算がとれての名乗りだと思う。でもこれで一時は廃止に決まった路面電車も生き残れる可能性が出てきたという事だと思う。

僕は岐阜の人ではない、当然に話題になっている路面電車にも乗った事がない。でも例えばサンフランシスコとかヨーロッパの都市の様に、路面電車を街の構想に取り込むと、きっと将来その街の為になるような気がしてならない。

なくすのは簡単だけど、なくした物は二度と取り戻せない。コネックス社の登場で、存続に対しもう一度話し合う機会が出来ただけでも良い事だと思っている。

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