2004/11/04

11月2日の「産経抄」について

11月2日の産経新聞コラム「産経抄」に書かれていたイラク人質事件の内容を読んで、自分に強い拒否反応を感じた。それはどこから来るのか、少し考えてみた。

産経抄の内容をまとめると次のようになる。
1.殺害犯グループはイラクに流入する外国人テロリストであり、目的は混乱を作り自己の存在を政治的に主張すること。
2.今回、上記の様な武装勢力との取引はどだい無理。
3.香田さんを美化する論調が目立つ、が戒めと反省が必要なのは、日本人の国際的無知と非常識

その上で、香田さんのご家族のメッセージを誉め、この春の人質事件の家族との差が天地ほどあると言っている。

僕はイラクの人達と今回の犯人達を同一に見てはいない。それに今回の無惨な事件がおきても、多くの人達は、自衛隊派遣問題議論は別にして、イラクに平和と安定を望んでいるし、日本に出来うる貢献をしなくてはならないと、考えていると思う。

上記1と2の内容から、産経抄では犯人グループの目的は日本人を殺すことであって、どんな取引も無駄との意見をもっているようだ。そうかもしれない、でもそ れと政府の対応の是非を論じることは次元が違う話だと思う。僕は産経抄が言う所の「一人の国民の命を救えなかった」事に対して不満を政府に投げかけている のではない。危険地帯に行くと言う事は、リスクを自分に背負い込む事だと考える。今回香田さんがどこまで自分のリスクを考えていたのかは不明だが、それとは関係なく国は邦人保護を行う義務を負っているのだと思う。

つまり、政府の義務である「邦人保護」をきちんと遂行していたかの疑問を提示しているのだ。今回について、政府が具体的に何を行ったのか明らかにしていない事が、一人の国民である僕に疑問と不安を抱かせている。そしてそれは多くの国民の問題でもあると考えている。

そして、今回問題としているのは、事件が明らかになったときの小泉首相の第一声であり、米軍べったりの探索と遺体の誤認騒ぎである。
同様に無惨に殺された韓国人の方の場合、犯行声明の後に遺体が発見されている。今回は遺体が先に発見された。その点について、以下の見方(全て中日新聞からの抜粋)がある。



「日本政府が同日朝、別の遺体をもとに「香田さんとみられる遺体発見」の情報を流したことを受け、犯行グループが“罠(わな)”が仕組まれていると勘違いして殺害時期を早めたとの指摘が出されている」
「さ らに、犯行グループの誤解を解くこともできず、人質を死亡させた日本側の「失敗」について教授は「最大のミスは小泉首相が犯した。フランスは自国民が人質 となった時、外相らをエジプト、ヨルダンなど中東諸国に派遣し交渉させた。しかし、小泉首相は熟慮せず、すぐに挑発的な声明を出してしまった」(バグダッ ド大のアブダルジャバル・アハメド教授コメント)


上記のコメントでわかる事は、香田さん殺害時期が早められた事、その理由として遺体の誤認と小泉首相の挑発的コメントが大きい、と言うのである。

産経抄に言わせれば、香田さんの死は確定済みなので、早いも遅いもないのかもしれない。でも僕はそうは考えていない。未来には何が起きるかわからないのであ る。脱出した人質もいると聞いているし、そのわずか2-3日の間で状況も変わるかもしれない。それが産経抄のいう所の武装勢力であったとしてもだ。1日で も生存期間が長ければ、蜘蛛の糸ほどの可能性でも起きるかもしれないのだ。自らその糸を断ち切る事はなんとしても避けたかったと言う事が、今回の対応への 疑問となって出ているのである。最大限の努力をした結果であり、それを国民にきちんと伝えられれば納得もいくだろう。

また、上記の様な政府の義務をきちんと遂行しているかをチェックする事が、マスコミを含むジャーナリスト達の使命だと思うのであるが、産経抄にとってはその様に考えてはいないのであろうか?

産経抄の要点3番目について、この認識は僕にとっては逆である。ネットなどで交わされる香田さんへの意見は、産経抄が言うところの「戒め」が殆どだと思う。 それが時として中傷に変わるときもあるが、今回の香田さんの行動に対しては不可解とのコメントが体勢を占めていたのが現実だと認識している。

だからこそ、香田さんご家族の息子に対する弁護に、親としての情愛を感じ、心が痛むのである。だから、この点についての産経抄の認識は不適切だと思う。それに、あくまでも憎むべきは、無関係な民間人の首を無惨にも切断した犯人グループである。

さらに、春のご家族の発言は、人質が犯人から言わされた言葉を親として伝えているに過ぎない。家族にとっては、自分たちではどうしようもない事なのである。その中で、子供を守るために、子供が言わされた言葉にすがるのは親の情だと思う。

産経抄はよく、「公」と「私」にけじめを持つ事を述べるが、上記の様な人質の親の心情に対しても、それを要求するのであろうか?要求する立場では無いと思うが違うのだろうか?

今回、僕も香田さんのご両親のメッセージを読んで胸が痛んだ。本音の部分での気持ちは自衛隊撤退の要望であったと思う。でもそれは言えなかったのではないか?

前回と違い、連帯する家族はなかったし、前回一部マスコミに当該家族は激しく叩かれているのも知っている。息子に対する非難も多いのもわかっていた。その上でのあのメッセージだと思う。頼りは政府だけという時に、どの様なメッセージを書けばよいと言うのだろう。
勿論、あのメッセージに書かれている事が本音ではないと否定しているのでは毛頭ない。書かれている内容はご家族の、嘘偽りない、1つの本音だと思う。でもも う1つの本音が隠されている。そして、その本音を出さなかったのは、産経抄の言うところの「公」の態度ではなく、無力感と孤独感を感じている1家族の必死 の対応以外何もないと思っている。

そう言う気持ちであのメッセージを振り返ると、日本は、(弱い立場に立っている)個人が思っている事も言えない国になってしまったのだろうかと思ってしまう。何も新聞を含むマスコミだけが言論の自由を有しているのではない。

ここまで書いて、今回の産経抄に対する僕の拒否反応がどこから来るのかが見えてきた。
まず、命の重さに対する恐れを感じさせない点、政府の行動をチェックすることなく被害者の行動を戒めることで終わりにしようとする姿勢、そしてご家族の心情 を理解する事なく自分の意見を推し進めようとする態度、これらの全てが僕にとって生理的に嫌悪感を持たせているのに気がついた。

補足:実は僕は長い期間、そして今も産経新聞の読者である。特に辛口の産経抄コラムは大好きだ。それは今回の事で大きく変わることは無いとは思うが、前回の春の時と同様に、非常に残念でたまらない。

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