2005/02/07

シッピングニュース

「「津波が来るよ!」と、叫んで右往左往しているうちに、家の二階部分がゆっくりと流され始めた。すると兄は外に出て、家に縄をくくりつけて、ひたひたと水に浮いている家を引っ張り始めた。」(田口ランディ「津波の夢」から引用)
▼ランディさんのお兄さんが津波から家を守ろうとする姿に、僕は映画「シッピングニュース」を思い出した。映画の中で主人公の先祖は住み慣れた島を離れ、凍った海を家ごと移動する。家は縄でくくりつけられ、それを一族全員十数名で引っ張って移動していくのだ。映画の中で特に幻想的で印象的な場面だった。

▼住み慣れた島を離れるのは、土地が貧しくそこで生活することが出来なくなったからだ。しかも海が凍るほどの厳寒の中の話なので、状況も環境もランディさんの夢とは全く違う。でも、家を縄でくくりつける所作が同じ事で、僕はこの夢と映画を結びつけたのかもしれない。

▼ランディさんのお兄さんは「シッピングニュース」の主人公クオイルの様な人だったのかもしれない。僕のイメージはそこに繋がっていく。クオイルは劣等感が強く、うだつが上がらない中年の男だ。しかも浮気者の妻に先立たれ、残された二人の幼い娘と共に、クオイルの先祖が住んだ土地で人生をやり直そうとする。そこで地元の新聞社に勤めシッピングニュースを書き、新しい恋も知って、彼自身を取り戻していく。

▼勿論僕はランディさんのブログで、お兄さんが亡くなられていることを知っている。でも生きている者と死んだ者の区別は一体何処にあるのだろう。ランディさんの言葉を借りれば、「肉体的な兄は死んでいるのに、兄は私の夢の中でこの十年の間ずっと、啓示を与え続けている」のだ。あちら側でお兄さんがクオイルの様な生活をしているかもしれないと、僕が勝手なイメージを持ったとしても許して欲しいと願う。

▼その中でお兄さんは、時折ランディさんに向かってシッピングニュースを書き送っている様な気がする。ランディさん宛に送っているので、恐らくその他の方には伝わらない話なのだろう。でも間違いなくランディさんには伝わっているような気がしてる。

▼「シッピングニュース」は舞台となった土地、カナダのニューファンドランド島がまるで生きているかのように描写されていた。厳しい自然、漁業の不振から寂れていく町、その中で希望を失わない人々。その中で主人公は記事を書いていく。彼の文章には、優しくユーモアに溢れ暖かみがある。それは以前にニューヨークで書いた文章とは全く違っていた。

▼2月3日節分の日は、僕の父が数十年前に亡くなった日だった。僕が3才の頃に亡くなった父は、夢でも僕に何も語りかけてはくれない。でも時折母には何かを語りかけているそうだ。実を言えば僕の所にも来て欲しいと願い続けている。だからランディさんのこの話は僕にとっては羨ましい。

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